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紫羅義  作者: 海道 睦月
73/125

その73

 報告を受けた隆徹は侵入者がいたと聞いて驚き、そして肩を落とした。この警備の中で浸入する者がいるということは内部に手引きした者がいるという証明でもあるのだ。その事実が隆徹の心に深く突き刺さっていた。

「やはり、内部に手引きする者がいるようですね、そんなことができるのは、かなり上の役に就いている者でしょう。しかし、どうやってこの警備の目をくぐり抜け、内部に入り込んだのか」

 羽宮亜は顎に手を当てて首を捻った。

「あのときか!」

 皆が神羅威を見ると、彼は天井を見上げ、何かを思い出しているようだった。

 そんな神羅威を見ながら羽宮亜も声を出した。

「そうか、反乱軍が姿を現したのは挑発に来たのではなく、鵬山雅殿の荷馬車を調べさせることなく城内に入れるためだったのか」

 羽宮亜は両の拳を握り締め、唇を噛んだ。

 次の日、鵬山雅は仕事が終わり、日も暮れかかった道を家路へと向かっていた。

 前から警備隊の一団がやって来る、場所により数十から数百の兵が一隊となって城の周辺を巡回しているのだ。鵬山雅は警備の一団とすれ違い、その後姿を目で追いながら、暫くの間、立ち止っていた。

 大きくため息をつき、歩き出したそのとき、雑木林の中から声がした。

「鵬山雅殿、もう一つ頼みがある」

「もう一つだと? 一回限りと言ったではないか!」

 鵬山雅は驚き、低い声で林に向かって返答した。

 声に反応するかのように林の中でいくつかの影が動き、数人の男が鵬山雅の前に姿を現した。その男たちを見た鵬山雅は声も出せず、大きく口を開けて息を呑んだ。

 林の中から出てきたのは、叙崇国と城の兵たちだった。

「やはりそうであったか」

 叙崇国は険しい表情で鵬山雅の前に立った。

「し、知らない、私は何も知らない!」

「何を知らないのだ? 何について知らないと言うのだ。それを聞かせてもらおう」

 叙崇国の言葉に鵬山雅はその場に崩れ落ちるようにへたり込んだ。

 鵬山雅の告白により城内に侵入したのは四名とわかった。

 一人は倒し、残りは三名。早くこの者たちを始末しなければ城内に不安と疑心が広がるばかりでなく皇帝の命さえ危ういのだ。彼らは並の者ではなく、どんな術や技を使うのか底が知れない。そればかりでなく、いつまた鵬山雅のように家族を人質にとられたり、脅されたりして、敵の手先になる重臣が現れるとも限らないという不安もあった。

 隆徹は場外の警備兵を増員するとともに、重臣たちの家族を全て城内に移動させ、さらに城内の者全てに対して単独で行動することを禁じた。だが、これらの措置で侵入してしまった者たちをどうにかできるわけではない。彼らは姿を隠し、周囲の様子を伺い、隙があれば隆徹に襲い掛かってくるのだ。

 城の中は張り詰めた空気に包まれていた。城兵だけでなく、波邪斗や那岐一族の間にも緊張した空気が漂っていた。

「長殿、この戦いにより命を落とすのは覚悟しています、ただ、一目だけ、波流伽お姉さんに会いたいのです」

 波邪斗が連れてきた一族の中にただ一人だけ女がいた。名を(こう)(りん)と言い、波流伽の妹のような存在であった。

「う~ん」

 紅燐の言葉に波邪斗は唸った。

 以前の波邪斗なら「ならん」の一言で終わりだったが、波邪斗も年をとり丸くなっていたのと、隆徹や叙崇国と出会い、人間も変わってきていた。

「城に着いた後に波流伽と会って孫の顔も見たが、俺とてそれ一度きりだ、波流伽は今や皇帝の妃、皇后だぞ、そう簡単に何度も会うわけにはいかんのだ。しかも、今はこの状況なのだ、とても無理であろう……が、しかしだ、婿殿になんとか頼んでみよう」

 波邪斗は自分に言い聞かせるように言葉を吐き出した。

 本来ならば、ゆっくりと親子の対面という場面もあったのだろうが、城に着いてすぐに悸翠のことがあり、その後、敵が城内に侵入し、それどころではなくなっていたのだ。波邪斗はとりあえず羽宮亜に相談してみた。

「確かに今の状況で、皇后様と会うというのはどうかと思いますが、単独ではなく波邪斗殿が一緒ということであれば、陛下もお許しになるでしょう」

 羽宮亜はそう返事をすると早速、隆徹に願い出てくれた。

「そうだな、波流伽も悸翠の件で気持ちは沈んでいる、義父殿と妹分ということであれば気も少しは上向くかもしれん」

 隆徹は許しを出した。

 波邪斗と紅燐は波流伽の元に案内されると平伏して挨拶をした。

「皇后様におかれましては、心身ともにお健やかであらせられ……」

 そこまで言うと、座っていた波流伽は身を乗り出して、床に両手をついた。

「やめてください、父上、紅燐も。そんな挨拶は必要ありません」

 呆れた顔で二人を見た。

「はっはっは、まあ、そう言うな、今やお前は皇后様だ、形だけでも挨拶せねばな。しかし、まさか、婿殿が皇帝の血筋とは夢にも思わなんだ、我が娘ながら、お前の人を見る目には驚いた」

 波邪斗は座り直し、腕を組んで頷いた。

「感じたのです、私を人質にとろうと後ろから押さえ込んできたとき、私はその気になれば、逃げるどころか、その場で彼を倒すこともできました。でも、あの人の体から一体となるような懐かしい何かが流れ込んで来たのです。きっと前の世でもわたしたちは深い縁があったのでしょう」

 波流伽の話を紅燐は口を開け、目を丸くして聞いていた。

「本当に、そのようなことがあるのですか?」

 首を傾げて不思議そうな顔をする紅燐を見て波流伽は楽しそうに笑った。

「ふふふ、あなたにもいつか現れますよ、そういう人が。久しぶりね、紅燐」

「はい、会えて嬉しいです」

 波流伽の言葉に紅燐は力いっぱい返事をした。

 紅燐は波流伽より五歳ほど年下であり、両親は彼女が幼い頃に亡くなり、その後は波邪斗に引き取られ、波流伽とともに育てられた。二人を育てた母が亡くなると、その後は波流伽が姉となり母となって面倒を見ながら一緒に日々の鍛錬に励んだ。

 幼い少女といえど、いつ戦乱に巻き込まれるかわからない、自分の命は自分で守るしかないのだ、己を鍛えることに甘えは許されない、二人は泣きながら歯を食いしばって己の体に技を叩き込んだ。波流伽がいたから紅燐は辛い日々に耐えることができたのだ。彼女が波流伽に一目だけでも会いたいというのは当然のことであった。

 三人は時の経つのも忘れ、尽きることのない昔話に花を咲かせた。

「そろそろ警備に戻るか、こうしている間にも奴らは闇の中を動き回っているだろう」

 笑っていた波邪斗の表情が厳しくなった。

「紅燐、気をつけるのですよ、彼らは並みの者ではない、いかなる場合でも油断してはなりません」

 波流伽は心配そうに紅燐を見た。

「わかっています、油断はしません、それに、私には大勢の子どもたちがいます。お姉さんも知っているでしょう、今も辺りを警戒してくれています」

部屋の中を見回すと、揺れる明かりのそばを数匹の蛾が飛び回っていた。

 二人は波流伽との別れを惜しみながら再び城内の警備へと戻っていった。

「紅燐よ、お前は(りゅう)()と組んで警備に当たれ」

 波邪斗の命により、彼女は流輝の元へ向かった。

 流輝は那岐の副将とも呼べる男で判断力に優れ、剣の腕は波邪斗さえ上回り、地に手を置けば、周りの全ての気脈を感じとり、相手がどこに隠れていようともその場所を正確に知ることができた。

 紅燐は流輝の元に行き、二人は城の壁に沿って歩き出した。等間隔に置かれたかがり火は流輝と紅燐の影だけを白い壁に浮き上がらせていた。

 数人で探索して敵を発見したところで並みの者では逆に倒され、兵の被害が増えるだけだと判断した隆徹は、城内の警備兵に侵入者の探索はせず、百人から二百人を一隊として要所と思える場所の警戒にのみ当たるよう命じていた。そのために、出入り口や壁の低い場所以外、建物の周囲に警備の兵は見当たらなかった。

 暫く歩いていくと、流輝は突然立ち止まり、壁を見上げた。

「ここが何か?」

 紅燐は周囲を見回してから流輝と同じように壁を見上げた。

「俺だったら、ここから登る。ここの壁は高いが、どちらを見ても警備の兵は見えない、並みの者なら無理であろうが、奴らなら登るだろう。建物の様子はもう殆ど掴んでいることだろうから、中へ侵入するならここかもしれない。しばらくここで様子を見よう」

 二人は闇に潜んで、敵が現れるのを待った。

 どれほど時が経っただろうか。

「来たぞ」

 流輝は地面に置いた手を見たまま紅燐に合図をした。

「私はまだ何も……」

 紅燐は流輝の横顔を見つめた。

「二人来る」

 そう言った流輝は紅燐を見て一瞬体を震わせた。

「子どもらを呼んだのか?」

 流輝が独り言のように呟くと、紅燐は無言で頷いた。

 二人が敵の近づきつつある方向を睨んでいると、一人の男が姿を現し、壁の前に立ち、辺りの様子を伺い始めた。男は上を見上げると懐から鉤の付いた細い縄を取り出し投げ上げた。

「私が行きます、流輝殿はもう一人の動きを追っていてください」

 紅燐は静かに剣を抜き、音もなく相手に走り寄り、斬りかかった。

 剣は相手の肩をかすめたが、男は剣が振り下ろされる寸前に気がつき、身をひるがえし、構えた。

「城の兵ではないな、俺は司鬼一族の(てん)()と言う、お主の名だけは聞いておこう」

 男は自信ありげに名乗った。

「私の名は那岐一族の紅燐、お前を中に入れさせるわけにはいかない」

 紅燐が気を集中させると、どこからともなく無数の蛾が現れ、つむじ風に舞い上がる木の葉のように渦を巻きながら二人を囲んだ。

「なんだ、これは?」

 天破が叫ぶと同時に無数の蛾が彼にまとわりついた。

 身動きができなくなった天破に、紅燐が斬りかかろうとしたとき、後方から流輝が紅燐に斬りかかった。剣と剣が激しく当たる音がして、男が飛び退いた。

 紅燐は流輝が自分に斬りかかったのではないことを瞬時に理解したが、その男がどこから現れたのかは全くわからなかった。

「紅燐、この男はお前の影の中にいたのだ」

 流輝の言葉に紅燐は全身に鳥肌が立つのを感じていた。


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