表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
紫羅義  作者: 海道 睦月
50/125

その50

 紫羅義たちは城内でゆっくり休息し、補給が完了すると、再び東に向かって進み始め、姜の隣国、(えん)の国を目指した。

 羽宮亜には常に各地の情報が連絡員によってもたらされており、苑国の内情、兵力が彼の元に入ってきた。羽宮亜はその情報を紫羅義に伝えた。

「国王の名は()(しょう)(かく)と言い、独裁的恐怖政治を行い、民からは慕われておらず、兵力は二万。()(りょう)という地には国王の弟である()(げん)(たつ)という太守がおり、そこには()(げん)(こう)という将軍が率いる二千の重騎兵団ありとの報告がきています」

「独裁的恐怖政治か、民を苦しめているのだろうな」

 紫羅義は大きくため息をついた。

「重騎兵団とはなんだ?」

 趙士雲が身を乗り出して尋ねた。

「他の兵とは別に行動する重装備を纏った兵団らしいのですが、詳しい情報は入ってきてはいません」

 羽宮亜が答えると趙士雲は唸りながら腕を組んで空を仰いだ。

 義勇軍の一行は民を苦しめているという話を聞かなければ、地方を治める県令や太守を相手にすることはなく、そのまま通過していた。頭領である国王を服従させれば、各地方は抑えたのと同じことであり、逆に言えば、太守を服従させても、国王を取り込まなければ何の意味もなさなかった。

 義勇軍はすでに八千を数え、地方の太守程度ではどうすることもできないほどの存在となっており、朝廷からの命が下りない小国の王たちは、自ら軍を動かすことはなく、様子見を決め込んでいて、自国領内の義勇軍通過を黙認していた。だが、苑国ほどの規模となると、朝廷からの反乱軍討伐の命により即座に軍事行動を起こさねばならず、義勇軍はこれと真っ向から戦わねばならなかった。

 重騎兵団が何者なのか、義勇軍にもたらされた情報ではその正体は掴めず、羽宮亜と神羅威はまずその一軍の正体を確かめるべきだと進言した。

 敵を知らなければ、いくら強者揃いの義勇軍でも何倍もの兵力に勝つのは無理であり、戦いの先頭に立って向かってくるであろう敵の正体を探るために、紫羅義たちは巡回していた苑の警備兵三十名ほどを生け捕りにし、彼らから、重騎兵団の正体と、その戦い方を聞き出した。

 捕虜たちの話から、重騎兵団とは矢も剣も通用しない幾重にも重ね合わせた竹の鎧に全身を包まれた一団であり、動きこそ遅いが、その強さは尋常なものでなく、敵の数が少ない場合はこの軍団だけで敵を追い詰めるが、敵数が多い場合は苑の城にいる国軍も行動をともにし、(ほう)(よく)の形という攻撃隊形により敵を叩くことがわかった。

 鳳翼の形と言うのは、重騎兵の後に国軍が続き、敵が武器の通じない重騎兵に手を焼いている隙に、後方の国軍が左右から回り込み、敵を囲い、殲滅するという戦い方で、その形から鳳凰がくちばしで前方の敵を突き、翼を広げ、覆うような形なので、鳳翼の形と呼ばれるという。

 捕虜の話はまだ続いた。

 重騎兵を率いる夏元昂将軍は好戦的であり、逃げる敵を追い詰めて叩くのを自分の勲章としているし、将軍だけでなく軍を構成している兵たちも、好戦的な者を集めたのだと捕虜は語った。

 苑国の呂鐘殻国王は民をかえりみることはなく、それどころか、弟である峨諒の太守に命じ、重騎兵を使い、民に恐怖を植え付けて、搾取を強要しており、国王の元には(しゃ)(げん)(せき)将軍というこれもまた恐怖により権力を維持しようとする者がいて、苑国はまさに、恐怖と腐敗が蔓延している国であることがわかった。

 この国を叩くにはまず、峨諒の重騎兵を打ち破らなければならないが、それは困難を極める戦いであった。夏元昂将軍、謝厳蹟将軍、重騎兵、二万の軍勢、これだけを倒さなければ前には進めない、敵が強いからといって避けて通るわけにはいかないのだ。しかし、さすがに皆の表情は険しかった。

剣も突きも蹴りも重騎兵には通用しない、いったいどう戦えばいいのか、しかも、相手は重騎兵だけではない、その後ろには謝厳蹟将軍が率いる二万の苑国軍がいるのだ。

「重騎兵のことは聞いたことがある」

 紫羅義が口を開くと、皆が一斉に紫羅義を見た。

「俺を育ててくれた李玄朴という者が話してくれたことがある。竹を煮立てた油の中に漬けて体に合わせた形に曲げ、それを幾重にも重ね合わせて鎧を形作ると言っていた」

「油……か」

 紫羅義の言葉に神羅威が反応した。

「捕虜を逃がしましょう」

 神羅威はポツリと言った。

 捕虜となった苑国軍の見廻り兵三十名は、木と縄で作った簡単な檻の中に収容された。彼らは剣を取り上げられていたが、短刀くらいは隠し持っているので、檻の縄を切って逃げることは難しいことではない。だが、十名ほどが四方から見張っているし、誰かが叫べばすぐに皆が駆け寄ってくるだろう。捕虜たちは逃げる機会が来るのを待っていた。

夜も更けた頃、捕虜たちが寝たふりをしながら、逃げる隙をうかがっていると、交代で来た見張りの一人が酒を持ってきた。

「どうだ様子は?」

「ああ、大人しく寝てるさ」

「酒でも飲もうや」

「こいつら逃げ出す様子もなさそうだ、飲もう、飲もう」

 見張りの兵は一個所に集まり、酒を飲み始めた。

 捕虜たちはもうすぐ逃げ出す機会が訪れそうだと、寝たふりをしながら聞き耳を立てていた。見張りの兵たちは、雑談の中で先行部隊と本隊とが合流する場所やその日時、作戦行動の内容までもかなり詳しく話し、そのうち酔って寝てしまった。

「今だ!」

 捕虜たちは起き上がり、縄を切ったが、逃げ出したのは一人だった。

 見張りから思いもよらぬ作戦内容の情報を掴んでしまった今、全員で逃げれば作戦内容は漏れたと思い、変更されてしまう。敵は自分たちの数を正確に数えてはいないだろうから、一人なら逃げても気づかれない。捕虜たちは暗闇の中で話し合い、一人だけを逃がすことにした。

「うまくいった、ちゃんとこちらの情報を伝えてくれよ」

 逃げて行く捕虜の後姿を、寝たふりをしながら目で追い、そう呟いた見張りの兵は神羅威であった。

 強敵を叩き潰す罠を作るには周到な準備が必要であり、それには時間が必要になるし、さらに敵をその罠に確実に誘い込まねばならない。神羅威はそう考え、繊細な情報を捕虜に与え逃がしたのである。

 苑国にも反乱軍討伐の命が下っているはずだし、その討伐すべき相手が八千の兵力で、一ヶ月後に()(しん)という地に集結すると知れば、呂鐘殻国王は必ずその日時に合わせ、全軍をもって、討伐せよと命じ、呂厳辰太守にも重騎兵の出陣を命じるはずである。

 神羅威はそれを一気に叩こうとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ