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紫羅義  作者: 海道 睦月
45/125

その45

 今までの戦いで、義勇軍は圧倒的に不利でありながら戦いに勝っている。そこには敵の心理を読みきった数々の策があったことを史瑛夏は知っていたのだ。そして義勇軍の性格も把握している彼が、そこから導きだした最善の策、それは自らが出て行って正面からの戦いを宣言することであった。

 二人が、まずいと思ったのは、これで、全ての策が封じ込められてしまったからだ。

 もし、五千の軍に勝ったとしても、彼らと戦えば、義勇軍も大打撃を受けるであろう、場合によっては最後の一兵まで戦い、双方共に壊滅するかもしれない。しかし、相手は五千の軍が全滅したとしても、城内にはまだ二万五千の軍勢が温存されている。史瑛夏たちは国のために自分を捨石にしようとしているのだ。

 羽宮亜が振り返って見ると、全員が「いいだろう、やってやる」と言わんばかりに史瑛夏を見据えていた。正面から正々堂々と、そう言われて、それを受けない者は義勇軍の中には一人としていない。

 神羅威がどんな策を進言しても、もはや誰も耳を貸さないであろう。羽宮亜は肩を落とし、ため息をついた。

 史瑛夏が五千の指揮を任されていたのは、国王が叔父だからという理由ではなく、行動力と責任感、そして、指揮能力と、そのずば抜けた頭脳を誰もが認めていたからなのだ。その彼の才によって羽宮亜と神羅威の力は完全に封じ込められてしまった。

「しかし、あなた方と戦う前に我らは戦わなければならない相手がいる。蘆震石という者が十万の軍を率い城に近づいている、彼らを叩かなければならない。蘆震石は貧しい者を救うという旗を掲げているが、それは覇権を自分の手に握るための偽りの旗だ、我らはあのような者に負けるわけにはいかない」

 史瑛夏も蘆震石の本質を見抜いていた。

「では、これにて失礼します。急ぎ城に戻り、戦いの準備をするので」

 史瑛夏は両の拳を結び挨拶をした。

「ご武運をお祈りします」

 紫羅義も他の者も、これから戦う相手に対するとは思えない態度と言葉で史瑛夏の一行を見送った。

「羽宮亜よ。すまんな、相手の策に嵌まってしまったようだ」

 紫羅義は相手の意図することを見抜いており、羽宮亜の気持ちもわかっていた。

「いえ、仕方ありません」

 羽宮亜にはそれ以上の言葉が思いつかなかった。

「まさか、十万の軍勢相手に五千で打って出て戦おうってんじゃないだろな、いくらなんでもそれじゃ蘆震石軍の大勝だぜ」

 馬元譚は相変わらずの大きな声で言うと、腕を組んで複雑な表情をした。

「いや、蘆震石では彼らには勝てないだろう」

 紫羅義はそう言いきった。

「なぜ、十万の軍勢が五千の軍に負けるのですか、野戦における大軍同士の兵法はわかりませんが、いくらなんでも十万と五千では勝負にならないでしょう」

 横にいた波流伽が不思議そうに首を傾げた。

「史瑛夏将軍の後ろにいる者たちを見ただろう、二百騎ほどだったが、人も馬も声ひとつ立てず前を見据えたまま動かなかった。そして、まるでそこに存在しないかのように静かであった、余程の練兵と指揮系統の確立ができていなければ、ああはならん。あの軍は強い、史瑛夏将軍が命じれば、兵は命ある限り、その命令を遂行しようとするだろう」

 紫羅義は史瑛夏の率いる軍の強さを説明した。

「それに、蘆震石の率いる者はほとんどが農民であり、戦いの経験のある者は五千にも満たないはずだ、彼らは農民を先頭にして後ろで高見の見物をするはずだ、それは史瑛夏将軍もわかっているだろう。先に城から出ておいて、先頭の農民兵が城に群がったときに後方の連中を叩くはずだ」

 紫羅義は遠くに離れていく史瑛夏将軍たちの後ろ姿を見ながら波流伽にそう説明した。

「しかし、気になりますね、欽隆成の言った確実に勝つという言葉が」

 神羅威はその言葉がずっと心の中に引っ掛かっているようだった。

「ああ、確かに気にはなるが、とにかく我らも進もう」

 紫羅義は全軍に向かって号令をかけた。


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