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紫羅義  作者: 海道 睦月
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46/125

その46

 数日後、紫羅義たちの軍は、唯の城周辺を見渡せる丘の上にいた。

 今まさに十万の蘆震石軍が城を目指し進んでいるところであった。城門が開き、中から史瑛夏の軍勢が出てきた。

「なぜ、正面から出るのだ、農民と正々堂々と戦おうとでも言うのか」

 丘の上から見ていた者たちにはその行動が理解できなかった。

 そのとき、黒雲臥が左手前方にある林を指差した。

「あの林の陰に妙な一団がいます」

 そこには百人ほどの女と子どもらしき姿があり、それを囲むように数百の武装した者たちが立っていた。

「まさか、人質では?」

「なんだと!」

 神羅威の言葉に趙子雲が吠えた。

 彼らが丘から駆け降り、そこへ着くと、欽隆成の部下なのであろう、紫羅義たちの顔を見知っている者がおり、ニヤニヤしながら前に出てきた。

「この者たちは何だ?」

「人質よ、やはり蘆震石様は頭が良い、城内の兵の家族をこちらが押さえておけば奴らは手も足も出まい、今朝、人質をとったことを城に知らせてやったのさ、さあ、あいつらはどうするかな」

 紫羅義が尋ねると欽隆成の部下は身振り手振りを交えながら愉しげに語った。

「十万の軍に、さらに人質だ、勝ちは明白だな」

 他の者たちも下卑た声で笑った。

 趙子雲が馬から降りて歩み寄り、無言で一人を張り飛ばした。それが合図だったかのように皆が馬から降り、あっと言う間に欽隆成の部下は半分以上が叩きのめされ、残りの半分は脱兎の如く逃げ出した。

「紫羅義殿!」

 趙子雲が馬上の紫羅義に向かって叫んだ。

「わかっている、人質をとるような者を許すわけにはいかん」

 紫羅義が返すと、隣にいた波流伽が「ふっ」と笑った。

 那岐の村で囲まれた中から出るときに、紫羅義は波流伽を人質にしたのだ。しかし、そのときとは状況が違う。

「叙崇国よ、君の一門で人質を守っていてくれ。他の者は城へ向かう。よいか、敵の敵は味方にあらず、我らの敵は私利私欲のために他の者を踏み台にしようとする者全てだ。蘆震石軍を敵とみなす、行くぞ!」

 紫羅義は馬を返し、城へ向かい、他の者もそれに続いた。

「そういうことだったのか、史瑛夏将軍よ、我らが行くまで持ちこたえてくれ」

 紫羅義は全速で城に向かった。

 蘆震石は人質をとったことだけを城内に伝え、具体的な条件は付け加えなかった。

 蘆震石が人質という策を考え出したのは勝つためというより、相手を追い詰めて、それを楽しむという嗜虐的性格を満足させるためであり、降伏を勧告するより、曖昧にした方が己の楽しみが増えると思ったからだ。

 蘆震石の予測は当たっていた。城内の兵の多くは近隣の村に家族がいる、誰の家族が人質となったのか調べる時間はなかったのだ。何の条件も相手が言ってこない以上、城を守るために疑心暗鬼のまま戦うしかない。城の中で籠城するより外にでて突破口を開く、史瑛夏将軍は決断し、五千の兵とともに城門から飛びだした。

 史瑛夏の家族は城内に暮らしていたので人質の心配はなかったが、部下たちの誰の家族が捕らえられているかわからない。士気は低下し、満足な命令も下すことができず防戦一方であった。

「史瑛夏将軍指示を! 我らはたとえ家族を捕らえられていようとも、城を守るために戦います」

 兵たちは叫んだが、史瑛夏は号令をかけることができなかった。

 城に押し寄せる大軍を防ぐだけで一杯であり、そうしている間にも、史瑛夏の部下は一人、また一人と傷つき倒れていった。


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