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紫羅義  作者: 海道 睦月
42/125

その42

 二千にも及ぶ兵を反乱軍に吸収され、そのまま見過ごしたと聞けば朝廷が黙っているはずはない、この話はきっと朝廷に伝わる、国王は、そして、この国は、大丈夫なのかと、兵が口々に噂していると腹心は報告した。

 簾国には、蘆震石の軍勢や、紫羅義の反乱軍の討伐の命令はまだ朝廷から届いてはいなかった。劉賢誠たちが紫羅義たちに賛同せず、義勇軍だけが迂回して通過していったのなら、知らなかったと言い訳もできる、しかし、ここで反乱軍の数が大幅に増えたと知ったならば、簾国は疑われ、確かに朝廷が、魏嵐皇帝が黙っているはずはなかった。

 国王は呼びつけられ、その場で投獄されることは間違いない。

 そして、待ってましたとばかりに魏嵐の腹心か身内が派遣され、この国の王に収まる。補佐する臣たちも連れてくるはずだ、そうなれば孫夏亮を含む重臣たちは間違いなくお払い箱になるか、場合によっては責任を負わされ投獄される可能性もある。

 確かに人の口に戸は立てられない、どこから劉賢誠たちのことが朝廷に報告されるかわかったものではない。孫夏亮は重臣を集め、説得した。

「確かにそれはまずい!」

 重臣たちも青冷めた。

 反乱軍殲滅が全員一致で決まり、重臣たちは紫羅義たちの現在位置をすぐに調べ始めた。そして、反乱軍らしき数千の騎馬が城からそう遠くない道を二日前に通過していったとの報告を受けた。

「劉賢誠を反乱軍に加えてしまい、このまま見過ごせば重い罰を受けるかもしれません。魏嵐皇帝がどのような人物かは、国王様もご存じのはず」

 孫夏亮が進言すると、国王は真っ青になって震えだした。

「討て、やつらを一人残らず斬れ、すぐに追撃しろ!」

 国王は重臣たちに向かって叫んだ。

「三千の兵を城に残し、残りの兵は全て反乱軍追撃に向かえ、奴らは目と鼻の先にいる、軽装でよい、食料も最低限にし、すぐに出発せよ、斬った数が多ければ恩賞も大きくなる、紫羅義という者や劉賢誠を斬れば、恩賞は思いのままだぞ、行け」

 孫夏亮は将軍たちを呼び、すぐに追撃せよと命じた。

 城内に兵三千を残し一万七千の兵は城門の外に集結した。

「全速で追えば、半日もあれば追い付く、奴らは我らと戦うことを避け、逃げて行くのだ、追う側が断然有利であり、しかも我らの兵力は奴らの四倍以上だ、追いつけば勝ったも同然、恩賞は思いのままぞ」

 指揮する将軍は兵たちを煽り立てた。

 一万七千の軍勢は土煙を巻き上げ、紫羅義一行の追撃を開始した。

 (すう)(りん)という地を紫羅義たちは進んでいた、いや、進むふりをして、そこで追ってくる簾国軍を待ち構えていたのだ。

 その周辺は広大な荒れ地が続いていたが、崇林の地は山が迫り、反対側は林で比較的狭くなっていて、ここで追撃の軍は、前方を進む四千の軍を捉えた。

 後方から追って来る大軍に気付き、紫羅義たちの軍はあたふたと方向を変えた。

「見よ、奴ら、慌てているぞ、全軍このまま突っ込め!」

 簾国兵を率いる将軍は剣を抜き、それを合図に全兵士が剣を抜いた。

 紫羅義たちの軍はやっと方向を変え、モタモタと前に進み出した。

「波流伽よ、お前は俺が守る!」

 紫羅義が隣を走る波流伽に向かって叫んだ。

「お心遣いは感謝しますが迷惑です、我らには我らの戦い方があるのです。手出しは無用に願います」

 はっきりした口調で言い返す波流伽に紫羅義は言葉を失った。

 両軍がお互いに顔がはっきりと認識できる距離まで来たとき、追撃軍の足元から土煙とともに枯れ葉が舞い上がり、いきなり馬たちが前のめりに転倒し、軍の前方は将棋倒しの状態になり大混乱に陥った。

紫羅義たちは膝が隠れるほどの小さい穴を無数に掘り、その上を小枝と枯れ葉で覆い、わざともたついて、追撃軍をそこに誘い込んだのだ。

 喚声が上がり、今度は紫羅義の軍が全速で追撃軍に向かった。先頭に立つのは劉賢誠と、その父である劉健皇大将軍が率いていた部下たちである。

「このときを待っていたぞ!」

 彼らはうっ積していた怒りを爆発させ、鬼の形相になり、軍の中央を裂くように突っ込んでいった。それと同時に横の林からも喚声があがり、伏せていた趙子雲が率いる別動隊が追撃軍の側面に突入した。

 勝ちと恩賞しか見ずに駈けてきた追撃軍は思いもよらない罠と、伏兵によってその指揮系統は完全に麻痺し、軍として機能させることはもはや望めるものではなかった。しかも、相手は桁外れに強い、劉賢誠とその部下たち、そして、郭斯錘はまるで鬼神の如く怒りの剣を振るい、次々と相手を倒していった。側面から突入した趙子雲とその部下たち、そして叙崇国とその仲間たち、彼らの強さに追撃軍は圧倒され、翻弄された。

 紫羅義は戦いながら波流伽の姿を追っていた。

 波流伽たち、那岐一族の者たちは三人が一体となって次々と敵を倒していた。一人でもその強さは並外れているのに三人一体では、相手はひとたまりもなく、一瞬で倒されていく。

 那岐一族の使う剣は闇から闇へと蠢き、相手を確実に仕留めるものであり、野戦においても、相手を確実に倒すことのみを考える。彼らにとっては、正々堂々も一対一もないのだ。

 その戦い方を見て、波流伽が手出し無用と言った意味を紫羅義は初めて理解した。


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