その40
「私は郭斯錘と言う者だが、紫羅義殿の一行とお見受けする」
郭斯錘は両の拳を強く握り合わせ、挨拶をした。
「そうですが、我らに何か御用ですかな」
紫羅義が前に出て答えた。
「いや、我らの仲間が、あなたらしい一行を見かけたと知らせてきたので、どのような御仁なのかと思い、挨拶に伺ったまでです。あなた方のご活躍は我らの耳にも届いておりますぞ」
郭斯錘は紫羅義と後ろに控える者たちを品定めするような目付きで見回した。
羽宮亜が前に出て紫羅義と並んだ。
「私は羽宮亜と言う者です。私もあなた方のことは聞いています。金で雇われ動く軍であるとか。士たる者、君主に仕え、国を支え守ることが本懐ではないのですか、なぜ、あなたたちは金で動くのです?」
羽宮亜も郭斯錘と後ろに控える者たちを品定めするような目付きで見回した。
「君主か、我らにも仕える王がいた。だが、その王が暗君で、それを取り巻く重臣たちが奸臣であった場合はどうするのか、しかも、そんな連中が忠臣である者たちを私利私欲のために粛正したとしたら、どうするのか。貴殿にはそんな経験がおありかな?」
郭斯錘は羽宮亜に尋ねた。
「あるぞ!」
後ろから趙子雲が叫んだ。
彼もまた私利私欲にはしる者に陥れられ野盗になったのだ。
「それならわかるだろう、元が農民なら田畑を耕すこともできよう、だが我らは武人の家に生まれ、武人として生きてきた、この手に鍬を持つことはできない。仕えたいと思う君主もそう簡単に見つかるものでもない、かと言って霞を食って生きることもできぬ、金で雇われ、戦いの中で生き抜くしか他に方法はなかったのだ」
郭斯錘はやるせない気持ちを吐き出すように叫んだ。
「なるほど、確かに今の世では己を賭けて仕えるほどの名君と呼べる者は少ないかもしれない。力を持ちながら野盗にならないのは、まだ誇りを持っているからなのか。私の聞いていた情報とは少し違うかもしれない」
羽宮亜は郭斯錘の顔を見て、そして、彼が不思議そうに紫羅義を見ていることに気がついた。
郭斯錘が見ていたのは紫羅義ではなく、彼の背負う剣の柄であった。
「あなたの背負っているその剣を見せてはもらえまいか」
郭斯錘が言うと紫羅義は背を向け、剣を見せた。
「おお、その剣はまさしく劉健皇将軍のもの、なぜあなたがそれを?」
郭斯錘は身を乗り出して尋ねた。
紫羅義が全李鵬との出会い、そして劉健皇将軍の家に行ったことや夫人とのやりとりを話して聞かせると、郭斯錘とその部下は、話を聞きながら驚いていたが、やがて話が終わるとうなだれて肩を落とした。
「そうですか、劉健皇将軍は天に召されましたか、いつか、将軍からこの簾の国を正すべく立ち上がると、そんな声が掛かるかもしれないと、心の奥底で望んでいたのですが」
郭斯錘は目を伏せ、暫く考え込んでいた。
彼らは劉健皇将軍の部下だったのだ、私利私欲に走る重臣とは宰相の孫夏亮のことであり、粛正された者とはまさしく劉健皇将軍のことであった。将軍が隠居を勧告されたときに国を捨てた者たちとは今、目の前にいる郭斯錘たちであった。郭斯錘は暫し考え込んだ後、馬を降り、紫羅義の前に来て片膝をついた。
「あなたが劉健皇将軍の意志を継ぐ者であるならば、私もあなたの後に従いたい。いつまでも傭兵家業をしているわけにはいかない、士として我が身を国の将来のために捧げたい」
郭斯錘の姿を見て全ての部下が馬を降り、彼に従い紫羅義を頭と認めた。
「国境にいる劉賢誠殿にこのことを知らせよ、きっと軍を率いて彼も馳せ参じるだろう」
郭斯錘は部下にすぐ劉賢誠のところに行くように命じた。
郭斯錘の部下が劉賢誠の城に行き、事の成り行きを説明すると、話を聞いて、劉賢誠は国から離れることを決め、賛同する部下二千を従え、城を後にした。
劉健皇の家を出て一ヶ月後、義勇軍は郭斯錘の一千と劉賢誠の二千を合わせ、総勢三千五百になっていた。
「あなたの元には志を持つ者が集まるでしょう」
紫羅義は空を仰ぎ見ながら、全李鵬の言った言葉を呟いた。
神羅威は腕を組み、目を閉じて、地蔵のように動かなかった。
紫羅義に従う者が増え、劉賢誠たちの話から現在の敵の内部事情が明確に掴め、義勇軍の兵力も大幅に増え、前とは状況がかなり違っている。しかし、簾国城の兵力はニ万、しかも、相手は堅固な城の中にいる、義勇軍が圧倒的に不利なのは変わってはいない。
神羅威は郭斯錘たちから城内の内部事情や孫夏亮の性格、兵の性質や周囲の地形を詳細に聞き、それを元に最良の策を打ち出すために考え込んでいたのだ。
「敵を知り、己を知る。人の和、天の時、ここまでは揃った、後は地の理か」
神羅威は目を見開き、羽宮亜を呼んだ。




