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紫羅義  作者: 海道 睦月
39/125

その39

 那岐一族と出会った後、簾国に向かっていたとき、その軍勢が近くにいると聞いて紫羅義は会いに行ったことがあった。

 敵の敵は味方であり、軍を率いている者がどんな人物か知りたかったのだ。

 羽宮亜たち二十騎ほどを引き連れ紫羅義は蘆震石の陣営を訪ねた。陣に近づくと周囲を警備していた百騎ほどの集団が前を遮った。

「何者か?」

 責任者らしい男が尋ねてきた。

「我らは天下の情勢を憂い、世のために何かをしなければならないと思い、集まった同志です、蘆震石殿のことをお聞きし、会いたいと思ってやってきました」

 紫羅義は丁寧に挨拶をした。

「俺の名は(きん)(りゅう)(せい)と言う、この軍の参謀長だ、蘆震石大将軍は何者でも受け入れる心の広い方であり、いつか帝位につかれるであろう、お前たちも末席に加えてもらいしっかりと働くがよい」

 欽隆成と名乗る者は紫羅義の対し、高圧的な態度で言葉を返した。

 そこへ丁度、取り巻きを引き連れた蘆震石がやってきた。

「どうしたのですか?」

 蘆震石はにこやかに欽隆成に尋ねた。

「はい、この者たちが我が軍に加わりたいと申しまして」

 欽隆成は蘆震石に両手を合わせ、礼をつくすようにして答えた。

「世の中のためにあなたの力を役立たせてください」

 蘆震石は仏のような表情をして紫羅義に話しかけた。

「いや、蘆震石殿に会って、我らはまだ若輩者だということを思い知らされました。この軍に参加する資格はまだないように思います」

 蘆震石の言葉に紫羅義はそう答えた。

「そうですか」

 にこやかだった蘆震石の表情が一瞬曇り、そのままプイと背を向け去っていった。

「愚か者め、後になって情勢が決まってから参戦しても、もうおのれらの居場所はないぞ」

 欽隆成は吐き捨てるように言うと背を向けて去って行った。

 紫羅義たちも蘆震石の陣営に背を向けて帰途についた。

「あの者が帝位についたら、魏嵐とたいしてかわらないでしょうね」

 羽宮亜が紫羅義の思っていることを代弁した。

 紫羅義は黙って小さく頷いた。

 このような勢力も東へ東へと数を増やしながら向かっていたのである。

 馬に揺られながら、羽宮亜と神羅威は自分たちの持っている全ての情報力と兵法の知識により、宰相であり、狡猾な孫夏亮が牛耳る簾国の城を抜く策を考えていた。

「我らは五百、簾国の兵は二万、まともに戦っては勝てる見込みはありません。那岐の衆の力を借りて、国王と、孫夏亮を亡き者にするのは容易きことなのですが、それでは我らが真っ直ぐに朱浬の都を目指す意味がなくなってしまいます。どんな策を考えようとも最後はかなり不利な総力戦になるでしょう」

 神羅威がそう話すと、紫羅義は爽やかに言った。

「そうか、お前たちに任せる」

「お前たちの言う通りに動くぞ」

 趙子雲と馬元譚も笑う。

「まったく、この人たちは。二万だぞ、二万」

 二人は顔を見合わせてため息をついたが、その反面、皆が自分たちに全幅の信頼をよせてくれていることを感じ、口元は綻んでいた。

 紫羅義一行が簾の城まであと三日というところまで来たとき、遠くに土煙が見え、千騎ほどの集団が一行に近づいて行った。

「討伐の軍か!」

 皆に緊張が走った。

 しかし、騎馬の集団は、紫羅義たちからだいぶ離れたところで一旦止まり、ゆっくりと近づいた。彼らの持つ旗には『郭』の文字が浮かび上がっていた。

「まさか、(かく)()(すい)か、だとしたら、質のよくない連中が来たもんだ、我らを取り込むつもりか」

 羽宮亜は自分と草たちの間を往復する連絡員から郭斯錘のことを聞いていた。

「金で雇われ戦いに赴く一団、その軍は強く、凶悪、凶暴である」と。

 志芭王朝の元、大基治大陸は統一されており、そこに存続する国々は王朝に従属という形になっていたが、小国同士の争いや国境付近での小競り合いは日常的に起こっていた。そんな国々が自国の兵の消耗を抑えるために郭斯錘の軍勢を金で雇うのだ。

 郭斯錘の軍はゆっくり近づき、紫羅義たちと相対すると、一騎が進み出てきた。


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