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紫羅義  作者: 海道 睦月
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32/125

その32

「わかった。力を貸そう、だが、我らにも掟がある。わしの意思とは別にその掟を守るために二つの試練を乗り超えなければならない、()()()よ、ここへ」

 波邪斗は一人の男を呼んだ。

「この男と戦って勝たねばならない、それが掟の一つだ」

 真沙旗と呼ばれた男は眼光鋭く大柄な男だった。

 紫羅義は剣の師であり、育ての親である李玄朴から素手で敵を倒す体術は叩き込まれていた。だが、相手は長きに渡り、闇から闇への刺客家業を生業としてきた者たちの技を受け継ぎ、鍛えてきた者たちであり、とても彼が太刀打ちできる相手ではなかった。

 紫羅義は叙崇国の戦ったときの様子を聞き、気になることがあった。しかし、ここまで来たらもう後に引くことはできない、掟に従い、目の前の相手を倒すしか道はなかった。

「始めよ!」

 波邪斗は紫羅義の意思を確かめることなく合図をした。

 真沙旗は合図とともに間をおくことなく紫羅義に詰め寄より、まるで複数の手を持つ阿修羅の如く手刀を繰り出して攻撃してきた。

 紫羅義はかろうじて受けたが、受ける度に風が舞い、服は裂け、避けたにもかかわらず、体には刃物で切られたような裂傷ができた。

「やはりそうか、この者たちの技は、俺の剣の技と同じく森羅万象と対話し、風の力を我が物として操るものであったか」

 紫羅義は叙崇国が倒されたときの話を思い出していた。

 既に服は十数か所も切り裂かれたが、体への致命的な傷はまだ負ってはいなかった。

「なんとかしなければ、このままでは……」

 そう呟いたとき、真沙旗の姿は紫羅義の視界から消え、次の瞬間、紫羅義は後ろから首に手を回された。

 かろうじて左手を間に差し込んだが、真沙旗はおかまいなしにその左手とともに強い力で締め上げた。もし、左手を差し込むのが間に合わなければ紫羅義は一瞬で締め落とされていただろう。だが、危機的状況には変わりはなかった。

 紫羅義は締めあげられながら、虚ろな目で、右手を伸ばし、掌を上に向け呟いた。

「大地の精よ、草の精、木の精よ、その力を貸してくれ」

 草や木の葉が紫羅義に向かって小さく小刻みに震えだし、周りの大気がゆっくりと彼に集まり始め、掌の上に陽炎のようなものが立ち昇った。

「む! やはりそうか」

 波邪斗は目を見開き、紫羅義の手を凝視した。

 幸運なことに真沙旗は体を密着させ左側を向いて渾身の力で首を締め上げているので、紫羅義の動きには気がついていなかった。

 紫羅義は薄れる意識の中で、残る力を全て掌に集中し、それを後ろに立つ真沙旗の頭めがけて叩き込んだ。空気が弾けて波紋が広がり、それが一瞬でまた元に戻るように動き、それを喰らった真沙旗はヨロヨロと目の焦点が合わないまま後ろに数歩さがると、大地に仰向けに倒れ込んだ。

 紫羅義はその場で片膝を付き、かろうじて意識を保もち、立ち上がろうとしたとき、腕を抱えられた。

 腕を抱えたのは波邪斗であった。

「お主の大厳での戦いは聞いていた。どうやら、我らと同じ力を身につけているようだな、よくぞ真沙旗を倒した、一つ目の儀式は終わった、だが、もう一つある。今は傷の手当をするのが先だ、時が来たら迎えに行かせる、それまであの家で休むがよい」

 波邪斗は配下の者に紫羅義の傷の手当てと後の面倒をみるように命じ、真沙旗の無事を確認すると、娘の波流伽とともに、村の中ほどにある大きな屋敷に向かって去って行った。

 紫羅義は近くの家に案内されて傷の手当てをしてもらい、横になっていた。

「使いを出して、叙崇国に知らせるか。いや、まだ掟がもう一つ、それを確かめてからにするか……どんな掟なのか……」

 紫羅義は天井を見つめながら、疲労のためにいつの間にか寝てしまっていた。

 次の日は村中の者が慌しく動き回っており、夕刻に迎えの者が来た。

「長がお待ちです」

 後を付いてゆくと波邪斗親子が向かった大きな屋敷に案内された。

「さて、また誰と戦うのか、あるいは他の試練が待ち受けているのか。今度は何だ?」

 紫羅義はそんな言葉を吐きながら屋敷の中に入って行った。

 屋敷の中は広間の仕切りである襖が外されていて、三つの広間がつながっており、そこには大勢の人間が座っていた。

 中央の広間の上座には波邪斗が座っており、その隣に座るよう案内されたが、その場の雰囲気から婚礼の儀式であることは紫羅義にもすぐにわかった。

「どうやら誰かの婚礼の儀に客として招かれたようだ、それだけ中に入り込めたということか」

 少し満足した気分で紫羅義は辺りを見回したが、新郎、新婦は最後に登場するらしく、それらしい男女の姿はまだ見当たらなかった。

「どなたかの婚礼があるのですね」

 紫羅義は隣に座る波邪斗に尋ねた。

「うむ、娘の波流伽の婚礼なのだ」

 波邪斗はドカっと中央に座り、全ての席を見回していた。

「あの娘か、あの気の強さを絵に描いたような。夫となる者は苦労するだろうな」

 紫羅義は横を向いて小さな声で呟いた。

「おめでとうございます」

 紫羅義は作り笑顔で波邪斗に向かい、祝いの言葉を述べた。

「うむ、おめでとう、我が婿殿よ」

 波邪斗は紫羅義を見てニコリと笑った。

「いえいえ……は? ええ? ちょっとお待ちください、我が婿とはいかなる意味なのでしょう?」

 紫羅義は思わず体をのけ反らして、そのままの姿勢で波邪斗に尋ねた。


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