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紫羅義  作者: 海道 睦月
31/125

その31

 次の日、一行は山に入る道の前に着いた。

「ここで待っていてくれ、何日かかるかわからんが、必ず戻る」

 そう言い残して、紫羅義は叙崇国を伴って山の中に入っていった。

 途中からは、道らしきもの、としか呼べないような林の中を進み、次の日の昼にやっと村に辿り着いた。

「叙崇国よ、ここからは私一人で行く。すまないが、ここで待って、二日経っても俺が戻らなかったら、山を降り、皆の元に戻ってくれ、後のことは羽宮亜と神羅威に託す」

 紫羅義そう言って村の中に入って行った。

「人の気配はする。気配はするが人の姿は見当たらないな。とりあえずどこかの家に挨拶でもしてみるか」

 紫羅義そう呟いたとき、一人の若者が姿を現し、近づいて来た。

「こちらへどうぞ」

「どうやら我らの動きはすでに掴まれていたようだな、ただの農民の村とは違うというわけか」

 紫羅義は周囲を見回しながら、案内の者の後に続いた。

 先には広場らしき場所が見え、そこには百人ほどの人間が立っていた。全員が黒装束に身を包み、顔を隠し、目だけを出しているが、ただ一人、中央に立つ人物だけは顔を晒していて、それがおそらく叙崇国の言った長であろうことは紫羅義にも容易に推測ができた。

「この村の長である波邪斗様です、誰であろうと長の前では武器を帯びることは許されません、剣をお預かりします」

 若者は紫羅義から剣を受け取ると、一礼をして去って行った。

「紫羅義殿、何用でここに来られたのか?」

 長は静かな口調で紫羅義に問いかけた。

「もう名乗る必要もなさそうですね、我らのことはすでにご存知の様子。あなた方の持つ力を貸して頂きたい。我らが、そしてあなた方がこの先も安泰に暮らせる世を作るために。また、それが天下万民のためでもあると信じております、今の朝廷では世の人々は安心して暮らすことはできません、魏嵐皇帝の元、賄賂と搾取と権力闘争が横行し、民はいつその命を奪われるのかと、暗い日々の中で生きています。今の王朝が続けば世の中は疲弊し、この国は腐敗の一途を辿ります。命をかけて、現王朝を倒さなければならないのです、これが我らの天命だと思っています」

 紫羅義は熱く語った。

「あなた方の動向は涼東の戦い以後ずっと見ていた、人物も、思想も、その力も知っている、だが、我ら一族があなたに力を貸せば、謀反人となり、その道が誤まっていれば、我ら一族は間違いなく滅ぼされる、そう簡単に力をお貸しするわけにはいかない。しかし、貴殿にその力があると認めることができれば考えよう、試してみるか?」

 長からそう言われれば、紫羅義も後に引くわけにはいかない。

「わかりました、いかようにも試されるがよいでしょう」

 紫羅義の言葉が終わると同時に、黒装束の者たちは音もなく移動し、二人を幾重にも取り囲んだ。

「この囲いの中から抜け出てみよ、人を率い、覇を唱えようとする者は、これから幾多の困難に直面するであろう、この程度のことを乗り切れぬようではとても力を貸すことなどできん。この者たちはその場から動かぬ、ただ、わしは違うぞ、隙があれば即座にお主に飛び掛かり、その命を絶つ。わしに背を向けようものなら、それで終わるぞ。どんな方法でもよい、とにかくこの囲みから抜けてみよ」

 波邪斗は腕を組み、紫羅義を見据えた。

 誰も動く者はいない。

 紫羅義は一通り周囲を見回すと、波邪斗に向かって走り出した。

 波邪斗は身構え、二人の距離がお互いの間合いに入ったと思われたとき、紫羅義は波邪斗の頭上を跳び越え、彼の後方にいた一人に掴みかかり瞬時に後ろに回り込んで、懐に隠し持っていた短刀を首に突き付けた。

「お主、気でもふれたか、そのような者を押さえて何になると言うのだ」

 波邪斗も周囲の者も紫羅義の予想外の動きに困惑を隠せない様子だった。

「長殿はどのような方法でもよいからここから抜け出よと言われた。抜けるには人質を捕まえるのが一番です。この者は他の者とは違う、この中で唯一の女だ。しかも長殿の後ろ側に立ち、周りの男たちは、この女の周囲だけは立つ間合いが狭かった。つまり長殿に関係する重要な人間なのでしょう」

 紫羅義は短刀を首に当てたまま、後方に少しずつ移動して囲みの中から外へ出ようとした。誰もその場から動かなかったが、長が命ずれば、一気に跳びかかられるのは目にみえていた。

「掛け声一つで俺の命も尽きそうだな」

 紫羅義がそう呟いたとき、押さえていた女が笑い声をあげた。

「お父様、我らの負けです。この状況の中で私のことを見抜くとは恐るべき洞察力、私はこの人に従ってもよいと思います」

 娘は顔の覆面部分を下げ、紫羅義の腕の中で力を抜いた。

「やはり娘だったか」

 紫羅義は一瞬安堵した表情を見せたが、すぐに険しい目で周囲の様子を伺った。

「紫羅義殿、確かにこれはわしの一人娘で、名を()()()と言う」

 波邪斗はそう言うと、今度は娘に向かって尋ねた。

「波流伽よ、良いのか、ほんとうにそれで良いのか?」

 波邪斗が念を押すように尋ねると、波流伽は黙って小さく頷いた。

「そうか」

 波邪斗は目を閉じ大きく息を吸い、しばし留めると大きく息を吐き出し、目を見開いた。


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