その27
「洸伯昌殿、物資の調達と、あともう一つ揃えて頂きたいものがあるのですが」
神羅威はここでも物資の調達係りをかって出ていた。
「おお、何でも言ってくれ、揃えられるものは何でもお渡ししますぞ」
洸伯昌は胸を反らせるように言った。
「女物の着物、それもなるべく派手なものを二百枚ほど。伯淳桂殿のところからも百枚ほど借りたのですが、好色ということならあと二百枚ほど借りられれば、さらに我らが優位に立てるのです」
神羅威はそう言うと、一点を見つめ、何か思い巡らしているような表情になった。
羽宮亜からの情報により、定海と涼東の地に関しては、その城の周辺状況や太守のことがある程度はわかっていたが、その情報の中には殷朱烈が好色という情報は入ってはいなかった。
「もしかして、定海での戦いは君の策なのだな、そうか、屋敷内には女物の着物の千や二千はある、赤い、特に派手な着物を二百枚揃えさせよう」
洸伯昌は神羅威を食い入るように見てから、そばにいた者に屋敷内の者全員ですぐにそれを集めよと命じた。
神羅威は準備が整い次第出発したいと洸伯昌に告げた。
ゆっくりはしていられない、定海太守である宇文奸の大事が、涼東太守である殷朱烈の元へ報告されれば、殷朱烈は兵を他の地から呼び寄せ、守りを最大限に固めてしまう。
大事が起これば各方面に早馬が飛ばされ、報告がなされる。農民の一揆で地方を治める太守が殺害されたとなれば、それはもちろん国王を経由して、朝廷にも早馬によって報告されるのだ。ただ、太守と副太守が殺害され、さらに、一揆の内容が内容なだけに定海の城内は混乱し、早馬は大きく出遅れると神羅威は読んでいたが、それでもできるだけ早く涼東に着くことを考えなければならなかった。
紫羅義一行は準備が整うと早々に涼東に向けて出発した。
道々において、神羅威は涼東太守、殷朱烈が治める城の攻略について皆に話した。
定海の城は前面が開けており、田畑が比較的城のそばまで迫っていて、朝昼の寒暖の差が大きいので、朝靄が発生しやすく、農民を使って正面から早朝に仕掛けた。だが、涼東の城は周囲が林や岩に囲まれていて、朝靄の発生もなく、同じ手は有効ではない。そこで農民の女たちに力を借りることにすると、その意味と城の攻略方法を説明した。
涼東の地に入ると村々を回り、我らは天意に従い、荒れた世を平定しようとする義勇軍であると説き、定海の村々と同じように食料を配給しながら、力を借りたい旨を説明して回った。
城周囲の様子を探っているときに、羽宮亜の手の者から、まだ定海での大事は伝わってはいないこと、そして城内の兵は三百であるとの情報が入ってきた。
準備が整い、作戦決行の時がきた。
涼東城の門の上にいた見張りが遠くにおかしな一団を見つけ、太守の殷朱烈に報告した。
「おかしな一団だと。攻撃してくる様子はあるのか?」
「はぁ、それが、数百人はいるであろう、女ばかりの一団でして」
報告の者は自分で言いながら首を傾げていた。
「女だと!」
殷朱烈は身を乗り出して叫ぶとすぐに立ち上がり、城門まで行き、上に駆け登った。
「う~む、確かに女の一団だ、派手な着物を身に着けてはいるが、高貴な者たちのいでたちとも思えんな、何者だ?」
殷朱烈は無意識のうちに舌を出し自分の唇を舐め回していた。
城の中の兵も女からは遠ざかっている、女の集団と聞いて、兵たちは持ち場を離れ、城門の上に集まってきた。
いくら太守でも、意味もなく捕らえよというわけにもいかない、彼の中にも少しは部下に対する威厳と呼べるものが残っていた。
そのときだった、女たちは城の様子に気が付くと、慌てたように逃げ出した。
「おお、やつら逃げ出しましたぞ、怪しい奴らだ、これは全員ひっ捕らえて尋問するべきです」
隣にいた部下が、殷朱烈の心の中を読み取って、これ幸いと進言した。
殷朱烈にしてみれば、彼の言葉は我が胸中の的を得たりと言わんばかりのものであった。
「よし、全員で出て、一人残らず捕らえよ、馬は前を塞ぐ三十騎だけにして、後は歩にて一人一人捕まえて城内に連れてまいれ」
命令を下すと、殷朱烈は満面の笑みを浮かべた。
門が開けられ、城兵全員が飛び出していった。
戦いではない、狐狩りのようなものだ、全兵が楽しそうに笑いながら走り、前方の女たちを見ていた、いや、全員が女しか見ていなかった。しかも、一人一人が連れ帰るとのことがあって城門は開けられたままになっている。
城内の兵たちは長い間、戦いらしい戦いも起こらず、会えば頭を下げる農民や商人しか相手にしていなかったので、剣さえ持っていればと練兵もせず、退屈な日々を過ごしており、そんなだらけた兵を注意する者もなく、慢心と油断が上から下まで浸透していた。
本来ならそれを諫めるはずの殷朱烈でさえ、女たちを捕らえるのに、馬と剣で囲まずに、歩にて追いかけ捕らえよと、遊び気分で部下に命じたほど、城内にはだらけ気分が蔓延していた。それでも、定海の大事が早馬によって報告されていれば、警戒してこのようなことはなかったであろう。
逃げる女たち、それを追う兵の群れ、そして、それを城門の上からニヤニヤと笑いながら目で追う者たち、そこにいた全員に危機感などは微塵もなかった。
騎馬で行く手を遮られた女たちはひと塊になり、そこへ歩兵たちが追いつこうとしたとき、騎馬隊の隊長はおかしなことに気が付いた。確かに女もいる、だが、どう見ても、女の着物を頭から被った不自然な者が女たち以上に多かったのだ。




