その121
半年ほど前、惨霧が討たれた後、月秀蝉と月秀羽の姉妹は親類を頼り、東に向かって歩いていた。
ある町を通りがかったとき、二人に声を掛けた者がいた。それが烈史健だった。
「お前さんたちは何者だい? 何かとんでもない気を感じるが」
烈史健は食い入るように二人を見つめた。
「それは気のせいでございましょう。我らは親類を頼って遠い道のりを東へ向かうところでございます。では、これにて」
姉妹は会釈をし、立ち去ろうとした。
「強い恨みの念を感じるな。俺ならその恨みを晴らす手伝いができるかもしれんぞ」
烈史健の言葉に二人は足を止めた。
「恨み?」
姉妹は顔を見合わせ、振り返って烈史健を見た。
「俺は烈史健と言う。今は、まあ、風来坊だな、流れ流れてこの町まで来たが、元はここからずっと東にある宣という国にいた。そこで国王を守る親衛隊にいたのさ。腕は部隊一だった。だが、親衛隊を率いる郭厳翔という将軍と折り合いが悪くてな、そこを飛び出したのさ。郭厳翔は嫌な奴でな、みんなに嫌われている」
烈史健は面白くなさそうに言った。
「で、風来坊のあなた様がどうやって我らの恨みを晴らす手伝いをしてくれるのですか?」
月秀蝉は冷めた目で烈史健を見ながら尋ねた。
「いや、どうやってと言われると返す言葉はないが、なんとなくお前さんたちに話せば、俺が郭厳翔を追い出して、親衛隊の頭になれるような気がしてな。五百の親衛隊を率いる立場になればお前さんたちに力を貸してやれると思ったもんでな。ふふ、なぜそんなことを思ったのか。誰かに呼ばれたような気がして、お前さんたちに声を掛けたんだが」
烈史健は頭を掻きむしりながら言った。
「そうですか。何か感ずるものがあって、私の子があなた様に声を掛けたのかもしれませんね」
月秀蝉は自分の下腹部を擦りながら上目遣いで烈史健を見た。
「子が……」
烈史健は首を傾げながら月秀蝉の腹の辺りを見た。
「五百の親衛隊ですか。五万の軍勢ならば考えますが」
月秀蝉は真顔で言った。
「五万? 宣国の軍は五万以上いるが、さすがにそれは」
烈史健は腕を組んでのけ反るような姿勢になった。
「宣の国王様は女がお嫌いかしら?」
「ん、いや、国王は女が大好きだが」
烈史健は前のめりになって月秀蝉を見た。
「なるほど。お前さんたちほどの女なら、国王も気に入るだろうし、言うことも聞いてくれるだろう。国王の命令ならば、俺は大手を振って親衛隊の頭になれるわけか。そして上手くいけばお前さんたちは国王を動かして軍勢を……ちょっと待てよ。五万もの軍勢で誰に恨みを晴らそうって言うんだ?」
烈史健は唖然とした顔で二人を見た。
「朝廷」
「朝廷だって?」
月秀蝉の返事に烈史健は息を呑んだ。
その烈史健の手を月秀羽が握った。
「力を貸してください。あなたの力が必要です。あなた様は我ら姉妹のためになんでもしてくれるはず。そうですね」
月秀羽が言うと、烈史健の体から力が抜けた。そして、ゆっくりと頷くと虚ろな目で語り始めた。
「親衛隊の中には俺の剣技に惚れ込んでる奴が多数いる。軍の中にも、城下の町にも知り合いは沢山いる。お前たちほどの美しい女ならば、手を回し、国王に会わせるなど簡単なことだ」
この日から二人の姉妹と烈史健は宣国を目指して歩き始めた。
高陽の城下に着くと烈史健は方々に手を回し、月秀蝉と月秀羽の話が国王の耳に入るように画策した。
国王に気に入られた姉妹は、会ったその日から国王を操りだし、唯国を攻め滅ぼすために朝廷乗っ取り計画に向けて動き出した。
郭厳翔は暴漢に襲われ命を落とし、国王の一声で烈史健が召し出されて親衛隊を率いる責任者となり、親衛隊は黒麒騎士団という名称となった。
月秀羽は暗示にかけた烈史健に命じ、黒麒騎士団の兵たちを数十人単位で呼び寄せ、次々と暗示にかけていった。
「あなた方は最強の兵なのです。敵を一人残らず倒しなさい」
姉妹の傀儡である騎士団は月秀羽に念を押されるように暗示をかけられ、紫羅義率いる引退兵団の前に立ち塞さがった。
「我が国に仇なす敵を一人残らず斬れ!」
烈史健が叫ぶと全員が剣を抜き、雄叫びをあげて駆けだした。
「話し合いもなにもなさそうだ、あの軍を叩き伏せなければ先には進めそうもない」
馬元譚は険しい顔で向かって来る黒い軍勢を睨みつけた。
「そのようだな」
紫羅義が剣の柄に手を掛けたとき、馬元譚と蔡文霊、徐世環の三人が前へと進み出た。
「ここは我らが抑える。司令官殿は城内へ入り、国王の元まで行ってくれ。中にどれほどの兵が残っているかわからん。だが、先に潜入した那岐の一族とともになんとか国王の元まで行ってくれ」
馬元譚はそう言うとさらに先に進みでた。
「行くぞ!」
叫びながら蔡文霊、徐世環がその後に続き、さらに紫羅義たちの横をすり抜けるようにして、おっさん兵たちが広がりながらその後に続いた。
「ご武運を!」
「我らに最後の場を与えていただき感謝します!」
おっさんたちは口々に紫羅義たちに言葉を掛けながら前へと進んで行った。
「みんな……」
紫羅義たちは引退兵たちの背中を見つめた。
「ここが我らの死に場所ぞ!」
馬元譚が咆哮とともに剣を抜き、駆けだすと、全員が一丸となってその後に続いた。




