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紫羅義  作者: 海道 睦月
119/125

その119

 羽皇雅は皆に挨拶をすると火の前に座った。

「いや、いろいろなことが落ち着いてな、羽宮亜様に会ってみようと思ってな。俺の名付け親であり、義父みたいなもんだし、お主たちにも会えると思って、朱浬に出向いたのさ。羽宮亜様はたいそう喜んでくれたよ。あのときの赤ん坊がこんなに立派になったと。そして、青弧で隆斗様に力を貸してくれたとずいぶん感謝された」

 羽皇雅は羽玖蓮の顔を懐かしそうに見ながら言った。

「そうか、それで、親父に俺たちのことを聞いたのか?」

 羽玖蓮も懐かしそうな顔で羽皇雅に言葉を掛けた。

「そうだ、入れ違いで出発してしまったと聞いて、後を追いかけてきたのさ。俺も混ぜてくれ」

 羽皇雅はみんなの顔を見回してから、史蘭に目を止めた。

「こちらのお嬢さんは、もしかして……妹さんか?」

 羽皇雅は史蘭の顔を穴があくほど見つめた。

「いや、本人だ」

 紫羅義はしれっと言った。

「本人か」

 羽皇雅の言葉に皆は沈黙し、焚火のパチパチという音だけが響いた。

「いや~気持ちはわかるけど、認めたくないのもわかる、そりゃ俺も同じだ。でも、似てるからって、そりゃいかんぞ、辛いのはわかるが、真実は真実としてしっかりと受け止めないとな。うん」

 羽皇雅は何度も頷きながら紫羅義に語りかけた。

「いや、そうじゃないんだ」

 紫羅義は羽皇雅に今までの全ての経緯を話して聞かせた。そして、羽皇雅は史蘭と過去における色々な話をし、額に皺を寄せて、首を傾げまくった。

「信じられん。しかし、史蘭でなければ知らないことを知っている。ほんとに、お前たちと一緒にいると、面白いな。他では経験できないことを経験できる。来て良かった。実は家に帰っても退屈で気が狂いそうだったんだ。朱浬を訪ねて良かったぞ」

 羽皇雅は火に照らされている史蘭を見つめながら言った。

「どうしたんだ神澪?」

 紫羅義は隣に座る神澪の顔を覗き込んだ。

 神澪は額に手を宛て、険しい顔をしていた。

「単なる偶然なんでしょうか、羽皇雅がここに現われたことは」

 神澪はそう言って揺れる火を見つめた。

「紫羅義と羽玖蓮、そして、羽皇雅。三人によって惨霧は倒されました。そして、また、三人が集まった。それはつまり、天が三人を集めたということでは? 惨霧に縁のある者がこの謀反の裏にいるのかもしれない。そんな気がするんです」

 神澪は不安そうに言った。

「何か思い当たることでもあるのか?」

 紫羅義が尋ねると神澪は小さく頷いた。

「惨霧を倒したとき、山の上からその状況を見ている女がいました。直ぐに姿を消しましたが、私にはあれが惨霧に縁のある者に思えたのです」

 神澪は火から目を離すと、遠くを見透かすような表情で赤く染まった空を仰ぎ見た。

「妃、正室……惨霧の子を宿していたと? たとえ子を宿していたとしても、まだ生まれたばかりだろう。そんな子どもには何もできない。それに、城下に現われた女二人は子連れではなかったし、腹が大きかったという報告もなかったぞ」

 羽玖蓮は冷めた口調で言った。

「わかっています。わかってはいますが、気になるんです」

 神澪は小刻みに首を左右に振った。

「神澪の言うことは思いすごしではないかもしれないぞ」

 羽皇雅は懐に手を入れ、鈍く光る銀色の玉を取り出した。

「憶えているだろう、この玉のことを。惨霧の体からこれを回収した、その後、この玉は黒っぽくなった。それがまた銀色の光を放ち始めた。これは何を意味すると思う?」

 羽皇雅は掌の上に乗せた二個の玉に険しい視線を向けた。

 紫羅義も神澪も羽玖蓮も無言まま羽皇雅の手に乗る玉を見つめていた。

 そんな紫羅義たちに近づく二つの影があった。

 その影たちは木々や林に巧妙に姿を隠しながら近づき、相手に気取られないように軍全体を見回し、頷き合うと、夕暮れの中にその姿を消した。

 その二つの影は宣国が派遣した高陽を取り巻くように監視させている間者たちだった。

 次の日の早朝、引退兵団は高陽城を目指し出発しようとしていた。

「昼には高陽城に着くはずだ。我らの意志は皇帝の意志、そして志芭王朝の意志だ。今日、宣国の運命も決まるだろう。急ごう」

 紫羅義は全軍に号令をかけた。

 引退兵団が走り始めて暫くした頃、紫羅義たちを確認した二人の間者が高陽城の中へ飛び込んで行った。

「五百ほどの軍が北西方向から向かってくるだと?」

 報告を聞いた楊元勲と緋汪義は険しい表情で前に跪く間者を見下ろした。

「はい、我らが見たときには既に野宿を始めていましたので、どこからどこに向かっているかまでは確認できませんでしたが、あの場所にいるのなら、愁葉を経由した朝廷の軍である可能性は高いと思われます」

 間者は頭をさげたまま答えた。

「愁葉……王琥来将軍は何をしていたんだ。そんな軍勢のことは何も報告が来てないが」

 楊元勲は複雑な表情で緋汪義を見た。

「命令書を受け取っているなら、王琥来将軍は本隊と合流するために、義諒に向かっているはずだ。将軍が国王と宣国を想う気持ちは強いが、今の国王には疑問を感じているということか、あの男を愁葉の警護に派遣したのは失敗だったか。もし、朝廷の軍を見逃したのなら懲罰ものだな」

 緋汪義は腕を組み、口を歪め、唸るように言った。

「まあ、懲罰は後の話だ。そんな軍勢が来るならすぐに迎え撃たなければ。すぐに月秀蝉様、いや国王様のところに行って対策を講じよう。黒麒騎士団を動かし、叩き潰す準備をしなければ」

「そうだな」

 楊元勲が言うと緋汪義は頷き、二人は小走りで崇命秦の元に向かった。

「国王様、楊元勲様と緋汪義様が火急の用事とのことで、参っておられます」

 国王の側近が崇命秦の前に跪いて報告した。

「無粋な奴らだ、今でなくてはいかんのか?」

 国王は二人の姉妹を両側に侍らし、酒を飲みながら目の前で華やかに舞う女たちの姿を目で追っていた。

「は、火急の用事とのことで」

「舞は終わりだ! 通せ!」

 崇命秦は女たちを下げよと手ぶりで指示し、不機嫌そうに言った。

 楊元勲と緋汪義は崇命秦の前に出ると間をおかずに城の危機を伝えた。

「五百の軍勢だと。どこから来た? 今までそのような報告はなかったぞ!」

 崇命秦は不満いっぱいの顔つきで叫んだ。

「申し訳ありません、先ほど、周辺に放ってある間者が戻り、報告がありました。軍勢が朝廷の軍ならば、我が国のほぼ全軍が出撃している間に説得を試みようと向かってくるのかもしれません。攻めるにはあまりに数が少なすぎます」

 そう言って、楊元勲は崇命秦を見てから、その隣に座る月秀蝉を見た。

「その数で向かって来るのなら、何かしらの策を携えておるのだろう。たとえ、戦う意志がみられずとも、中へ入れるわけにはいかん。城の中には守備の兵三千を残しているはずだ。それに黒麒騎士団もいる。それで、なんとかせい!」

 崇命秦は不機嫌そうに言った。

「しかし、もしものことがあります。周辺の間者からは他に軍勢が接近してくるとの報告はありませんが。万が一を考えて、義諒に向かう軍の中の三千に引き返すように命じられてはいかがかと思いますが」

 緋汪義も崇命秦を見ながら、月秀蝉を気にするようにチラチラと見ていた。

「国王様、兵を戻すのはいかがでしょうか」

 月秀蝉が崇命秦に囁いた。


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