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紫羅義  作者: 海道 睦月
112/125

その112

(こっ)()()()(だん)と呼ばれる五百ほどの兵がいるとの報告があがってきているのですが、その存在、所在がはっきりしないのです。何処に配置されているのか、何を目的としているのか、極秘で動いているらしく、向こうに潜入している間者にもはっきりしたことがわからないとか」

「黒麒騎士団か、何者だろうな? まあ、とにかく行ってみないことには何もわからん」

 隆斗は自分の両膝を叩いた。

「我が軍と宣国軍が交戦する前に隆斗様が崇命秦国王を説得し、停戦命令が発令されるならそれが一番いいのです。謀反を煽る者の策略で多くの命が失われるなど、もうたくさんです。隆斗様、お願いします。どうか戦いを回避させてください。正規軍が出発するまではまだ間があります。できる限り早い出発を」

 神羅威は悲痛な声をあげて隆斗に訴えた。

「わかった!」

 隆斗は力強く頷いた。

 次の日、隠密行動をとる引退兵団は朱浬の都を後にした。

 隆斗を先頭にし、その左右には副司令官として羽玖蓮、参謀長として神澪が馬を並べていた。そして、三人の後ろには馬元譚が続き、その後ろには蔡文霊と徐世環が五百の兵を率い続いていた。

「む~、落ち着かん。この場所は」

 馬に揺られながら羽玖蓮は渋い顔をしていた。

「副司令官はいい、だが、この場所は嫌だぜ」

 羽玖蓮は隣の隆斗を訴えるような目で見た。

「ん~、俺も嫌だ」

 隆斗は思いっきり首を左右に振り、その隣で神澪がため息をついた。

 そんな三人を後ろから馬元譚が怪訝そうに睨んでいた。

「また、何か企んでるんじゃないだろな」

 馬元譚は前を行く三人の後ろ姿を順に見ていった。

 この配置は羽宮亜、神羅威、波流伽、そして、皇帝である流堅の四人から厳命された位置どりであり、隆斗も他の二人も王朝を代表する四人から厳命されればさすがに首を横に振ることはできなかった。

 隆斗の性格をよく知る羽宮亜と神羅威は後ろから馬元譚に睨みを効かせるような配置で動くようにと波流伽と流堅に進言し、二人の言葉に皇帝は大きく頷き、隆斗たちに軍の先頭に立つように命じた。

 隆斗たちは軍の最後尾から付いて行き、適当なところで離れるつもりだったが、そんな思惑が羽宮亜と神羅威に通用するはずはなかった。

 雷神の生まれ変わりのような馬元譚に背後を付かれ、さすがの隆斗たち三人も大人しく進んで行くしかなかった。

「な~にを話してるんだ? この三人が軍を率いる相談などするはずもない。どこで、どうやって姿を消すか話し合っているのか……うるさくて聞こえん」

 隆斗たちの背中を見ていた馬元譚は眉を上下に動かしながら首を後ろに回した。

 馬元譚の左右後方には蔡文霊と徐世環が馬に揺られており、その後ろには定年兵たちが続いていたが、 彼らはうるさかった。とにかく、うるさかった。

 剣を納めれば、彼らはただの話し好きなおっさんの集合体だったのだ。

 戦友たちに取り残され、ずっと命の捨て場を探し続けていた中年兵たち。

 戦いとなれば生を求めることなく、命を捨てて敵に向かうであろう、まさしく最強の者たちであった。だが、世間話は大好きだった。

 戦いの狭間に取り残され、仲間の亡霊に取り憑かれた彼らは妻も娶らず、家族との縁も断ち切り、他の人間が踏み込めない特殊な時間の中で生きてきた。息子や孫の話こそでないが、戦いにおける昔話や武勇伝、剣の技や素手による戦いの方法、竹による生活用品の作り方から戦場での食料確保のコツまで、彼らの話は尽きることがなかった。

 大陸の中で間違いなく最強の五百名であったが、間違いなく一番隠密行動に向いてない五百名でもあった。

「しっかし、うるせえなあ、後ろのおっさんたちは」

 羽玖蓮が呆れたように言うと、隆斗も神澪も苦笑いしながら小さく何度も頷いた。

 馬元譚も後ろの者たちの口にはさすがにうんざりしていた。

 朱浬の都を出発してから二十日ほど後、引退兵団は志芭の国と宣の国の境となる川にさしかかった。

 林を抜けると、そこは、小石の広がる河川敷であり、中央を流れる川は無数の小さな白波を煌めかせていた。川の反対側にも河川敷は続き、対岸は草地になっており、その向こうは林に覆われていた。

「ここを渡れば宣国か。この先に愁葉の地があり、そして、そこに華保の村があるのか」

 隆斗は川を見下ろしながら呟いた。

「無数に小さく波立っているということは、川の中も小石であり浅いということだ。川幅も広くはない。行きましょう、隆斗様」

 隆斗たち三人の後ろから馬元譚が急かすように言った。

 隆斗は馬を返し、馬元譚を見て、さらに、その後ろに続く兵たちを見回した。

「宣国の王である崇命秦は我が父と兄弟のように仲が良く、俺にとっては叔父のような存在だった。できることなら戦いたくはないのだ。崇命秦の魂に呼びかけたい。父の名を聞けば彼の中で何かが目覚めるかもしれん。これより先、俺は紫羅義を名乗る。隆斗の名はここまでだ!」

 隆斗が叫ぶと、馬元譚は目を見開き、そしてさらに、後ろに続く兵たちの間にどよめきが広がった。そこに並ぶ兵たちは馬元譚を含め、紫羅義を名乗った隆斗の父とともに一緒に戦った者たちだったのである。

「紫羅義……」

 馬元譚は目を細めて、懐かしそうに隆斗の顔を見つめ、その後ろにいた者たちは燃えるような目で視線を隆斗に集中させた。そして、内から湧き上がる力と喜びを確かめるように隣同士で腕や肩を拳で突き合った。

「行こう!」

 紫羅義が叫び、河川敷に降りると、後ろに続く者たちは、これから戦いでも始まるのかと思わせるような雄叫びをあげた。

 紫羅義が横を走る神澪を見ると、神澪は紫羅義を見て大きく頷いた。

 出発前、神澪は隆斗に進言していた。

「お父上の名を使わせてもらいましょう」

「父上の……紫羅義の名か?」

「紫羅義の名は現志芭王朝を樹立させるために命がけで戦った者たちにとって、神格化された名です。あなたが名乗れば、兵たちは力を最大限に発揮するでしょう。全ての力がその名前の元に一つになるのです。何処かで宣言してください」

「わかった。また使わせてもらおう父の名を」

 神澪の進言を聞き入れた隆斗は国境で紫羅義を名乗ることを宣言した。

 前を駆ける三人の背を馬元譚は険しい顔つきて睨んでいた。

「小賢しいまねを。どうせ神澪の入れ知恵だろう。紫羅義などと名乗りおって」

 馬元譚はそう呟くとニヤリと笑った。

 瀬になっている川は浅く、中央でも股下程度の水深であり、紫羅義の軍勢は川を一気に渡った。

 小石が連なる河川敷から上がろとしたとき、羽玖蓮が右手方向を指差した。

「見ろ、林から軍勢が姿を現したぞ」

 羽玖蓮の言葉に全員が右手方向に視線を向けた。

「林の中に潜み、この瀬を渡る者を見張っていたのか」

 馬元譚が叫ぶと、軍に緊張が走った。

「止まれ!」

 紫羅義は自軍を止めて、遠くの林から飛び出し、広がりつつある軍勢を凝視した。


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