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紫羅義  作者: 海道 睦月
108/125

その108新章

 隆斗たちが朱浬の都に帰り着いてから半年ほどが過ぎた。

 隆斗は皇帝の兄ではあるが立場としては家臣であり、皇帝の側近として政治に携わらなければならない。だが、彼は政治のことなど全くの無関心であり、日々、羽玖蓮や神澪とともに、剣の鍛練や自然の息吹きを感じとる修行に明け暮れ、西に珍しい物があれば飛んで行き、東に人物がいると聞けば駆けて行った。

 彼らは青弧の地から戻った後、そんなことを繰り返していたのである。

 そんなある日、隆斗の元に羽宮亜からの使者がやってきた。

 夕暮れ時の茜色の空を眺めていた隆斗に使者は恭しく頭を下げて言った。

「宰相から明日の朝廷義会には必ず出るようにとの伝言を預かってまいりました」

「そうか、ご苦労。しかし、今更念を押して朝議に出ろとは何かあったのか?」

 隆斗は顔を空に向けたまま横目で使者を見た。

「謀反の兆しがあるようです」

「謀反?」

 隆斗は暫しの間、複雑な表情で使者の顔を見ていた。

「確かに皇帝が代替わりした時に謀反の旗が振られることは多い。しかし、長く続いた治世の中で大騒ぎになるほどの反乱が起こるとは思えんが。また、惨霧のような者が現れたのか?」

「惨霧……ですか?」

 隆斗の言葉に、何も知らない使者は目を細めて不思議そうな顔をした。

「いや、なんでもない。明日は必ず顔を出すと宰相に伝えてくれ」

「はっ、承知致しました。」

 隆斗の言葉を持って使者は引きあげて行った。

「謀反か。この平穏な世で誰が謀反など? それにしても、謀反話で宰相が俺を呼ぶとは。なにかよほどのことがあるのか」

 隆斗は腕を組んで、首を右に左に小さく振りながら使者の後ろ姿を見ていた。

 その日の深夜、隆斗は寝付かれずに仰向けになり天井を眺めていた。

 視界の片隅に白い影が写り込み、彼はそちらに目をやって仰天した。そこには白い服を着た一人の女が立っていた。

「何者だ? どうやって入った?」

 隆斗が飛び起きて問うと女はか細い声で語り始めた。

「私の名は翅苑。あなたのお父上とともに魏嵐と戦った者です。あなたにどうしても伝えたいことがあって来ました。宣国の(しゅう)()という地に()()という村があります。そこにいる()()()という娘に史蘭の魂が転生します。転生しても史蘭の記憶を持っているわけではありません。あなたが行って呼び覚ます意外に方法はありません。時間が経てば記憶は完全になくなり、二度と史蘭の魂が目覚めることはないでしょう。急ぐのです」

 翅苑は隆斗にそれだけ伝えると壁に同化するように消えた。

「待て! おい、消えるな」

 叫びながら隆斗は飛び起きた。

「……夢か。しかし、夢にしてはあまりに現実的な。宣にある愁葉、華保村」

 隆斗はまだ翅苑が立っているような気がして辺りを見回した。

 心の底から愛した相手をそう簡単に忘れられるものではない。辛い記憶が蘇り、彼は両手で頭を抱えた。

 次の日、朝議に出ると重苦しい雰囲気の中で重臣たちが集まってきた。そして隆斗の顔を見ると彼らは一様に驚いた。

「これは隆斗様、朝議に出られるとはお珍しい、どうされたのです?」

 皆、驚いたが、隆斗の顔を見ると誰もが明るい顔になった。

 自由奔放で掴み所のない皇帝の兄、しかし、誰にでも平等で裏表が一切ないこの青年を誰もが気に入っていた。

 本来なら重臣の一人として朝議に出席しなければ厳罰ものなのだが、誰もそれを咎める者はいなかった。隆斗は二百年以上続く王朝の中で特例中の特例だったのである。

「いや~、今日は宰相に呼ばれてな。しかし、みんなどうしたのだ暗い顔をして。謀反の話のせいか?」

 隆斗は重臣たちを見回した。

 重臣たちは謀反と聞いてまた暗い顔になった。

「ただの謀反ならよいのですが、その謀反の首謀者が宣国の崇命秦国王なのです」

 重臣の一人が重々しく口を開いた。

「宣国、崇命秦だと?」

 隆斗は呆気にとられたような顔でその重臣を眺めた。

「何かの間違いではないのか?」

 隆斗が驚くのも無理はなかった。

 宣国は隆斗の父である前皇帝の隆徹時代から忠臣の筆頭とも言われ、隆徹が皇帝に即位したすぐ後に、宣国では国王が病に倒れ、崇命秦が一九歳の若さで国王となった。

 志芭王朝での治世の元、宣国は肥沃な土地を活かして農業を推進するとともに、商人に対しても広く門を開け、全ての品が揃う場所と豪語するほどだった。

 宣国には人、物、金が集まり、国は潤い続け、ついには、五万をはるかに超える兵力を擁するほどの大国となったが、崇命秦は傲ることなく志芭に忠誠を誓った。

 崇命秦は年の近い隆徹の元に参内と称しては顔を出し、二人は朝まで飲むほどの気が合う仲だった。

 隆徹が他界したときは、涙が枯れるのではないかと思われるほど泣き続け、次男の流堅が即位したときは感極まって大泣きをして、羽宮亜が肩を抱いて宥めたほど崇命秦の心は朝廷に傾いていた。

 宣国は志芭の南西側に位置し、まさしく南の守りの要であり、崇命秦は志芭の重臣や近隣の国から最も信頼されていた。その崇命秦が謀叛と聞いて皆、暗い顔をしていたのだ。

 流堅が姿を現し、座に着くと、宰相である羽宮亜が進み出て上奏した。

「宣国に謀叛の兆しがあり、間者を百名ほど放ち調べておりました。宣国が軍勢を集め、志芭に侵攻しようとしているは明白なる事実でございます」

 羽宮亜の言葉に青年皇帝は立ち上がった。


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