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  作者: 湯城木肌
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 九月四日、午前十時の三年二組教室。黒板の前ではおじいちゃん教師が数学を教えている。黒板に並ぶ白い文字達は九割方数字と記号だ。おじいちゃん教師曰く、数字は世界共通言語だから通じるだろうとのことだった。説明も最小限にほぼ数式だけがおじいちゃん教師の口から飛び出す。

 あたしは教室の最前列の一番左の席に座り、窓から差し込んでくる日光を体に受けながら黒板に記されていく数式をノートに書き写す。口語的説明は書き込まず、黒板に並んでいる文字しかノートには記さない。意味や言語的説明が欲しい時は教科書に書かれているものを読めば済む話だ。ただ今のところノートの内容を理解出来ないために教科書を開いたことはないが、中学校という義務教育期間内であれば当然だろうと思う。

 あたしが中学校に登校してやることは、授業内容を聞いて黒板に書かれた内容を丸写し、学校輪側が出した指示をそのまま実行することだけだ。自主的な行動と言えばトイレに立つ程度で、時たまくる同級生の言葉に相槌か返答を打ち、その日の授業を終えて下校する。その様子を見られ、模範的な生徒だ真面目な生徒だと一時期教師達に言われたことがあるが、あたしはただのクズでしかない。上の人間の、学校内では教師の指示に従っていればあたし自身が傷つくことはないという考えで行動しているだけなのだ。決して模範的でも真面目でもない。模範的なのは学生時代にしか堪能できない恋に遊びに大忙しの真知子さんだろうし、真面目なのは部活と勉強どちらにも手を抜かず文武両道を体現している宇賀さんだろう。

 学校は好きでもなければ嫌いでもないが、卒業したくはない。学校は社会と隔絶され、別世界として存在しているある種の特区のようなものだと兄が垂れ流していたテレビ番組の年寄り達が語っていた。与えられた課題を指示通りに受け取り、こなすだけで評価される世界だ。挑戦する必要がないためあたしには合っている。

 この学校という狭い世界の中に閉じこもっていればあたしが傷つくことはない。未来から現在の先を見下ろせなくとも生徒でいることを続けられればいいのにと思う。要はあたしが傷つかなければいいのだ。来年から高校までも義務教育下に入るらしく、モラトリアム期間が強制延長される。同級生は口々に文句を垂れ流していたが、あたしは卒業が近づくたびに義務教育期間が伸びればいいのにと願った。

「はい、では今日の授業はここまで。復習をしっかりしておくように」

 おじいちゃん教師がそう告げた直後、黒板上に設置されたスピーカーからチャイム音が流れる。数式ばかりの教え方のため理解できないと生徒達はおじいちゃん教師を非難していたが、チャイムが鳴る直前に毎回授業終了の言葉を告げることだけは感心していた。

 チャイム音が流れている間に学級委員の宇賀さんの号令で皆が規律し、礼をする。音が鳴り終わるまでにおじいちゃん教師はさっさと教室から出た。

 あたしは自分の書いたノートを軽く眺め、閉じる。今回の内容も理解に苦しむところはなく、すんなりと頭の中に入ってきた。成績は県内でも上位に入ると教師達に告げられたが、実感はない。ただ言われたことを消化しているだけで、勉強をしたことは一度もないのだ。勉強にこれといった興味は無く、学校で与えられるものが勉強なだけであって、それをこなしているにしか過ぎない。高校も名門を受験する気は無く、義務教育内の流れで通うことの出来る地元の学校を選ぶつもりだ。

 教科書とノートを机の引き出しの中にしまい、続けて次の時間の授業教材を取り出す。机の上に置いたのは社会の教科書と社会用ノートだ。筆記用具は定位置である机の左前に整理している。

 休み時間の主な過ごし方は窓越しに校庭を見下ろすか、次の授業の教材を眺めるかだ。社会の教科書を軽くめくると歴史の重大な事件や戦いの様子が写真や言葉で語られていた。後半のページには国同士の戦争の様子が描かれている。戦争を経験していればあたしの価値観は変わっただろうかと考え、首を横に振った。想像を膨らませ、仮定の話をしたところで何の意味もない。

「二十二世紀は、平和です」

 教科書を閉じ、窓から外を見下ろしながら次の授業開始を待った。


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