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生命の花 改訂版  作者: 元精肉鮮魚店
第二章 竜の谷

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第二話 竜の谷-7

 相変わらずセーラムの構えには隙は無いが、そんな事は今更言うまでもない。

 賭けはここからであり、二三一の勝負は今この瞬間からだ。

 セーラムをトリックで釣る事は出来なかったが、それは彼女が正確に自分の攻撃範囲を知っていると言う事であり、それはこの半歩先である。

 先手を取るのは彼女だが、そこで上手くやらない限り勝ち目どころか近づくことすら出来ず勝負アリだ。

 盾を構え、身を低くする。

「カウントダウンした方が良い?」

 セーラムが槍を構えたまま声をかけてくる。

 こちらが改めて突撃を試みようとしている事は、セーラムで無くても分かる。

 剣で槍に戦いを挑む為には、剣の間合いに入らなければならないのは説明の必要も無い事実だ。

「なんならカウントダウンを頼もうかな。五から始めるかい?」

「面白そうだけど多分それをやろうとしたら、二とかで飛び込んでくるんでしょう?」

(バレバレ、か。まあ、そうだよな)

 竜の谷に来た直後であれば非常に効果的なトリックに思えたが、ここには一週間近く滞在している。

 その間、基本的には言いたい放題のエテュセを見ているので、当然その程度の騙し合いは警戒してくるのも不思議じゃない。

 それにそのカウントダウンの場合、セーラムに同じ手を使われてこちらのタイミングをずらされるリスクもある。

「それじゃ、行くぞ、姫様」

 二三一はそう言うと、一息に飛び込む。

 極端に大柄な二三一は典型的なヘビー級ファイターではあるのだが、それは機動力が低いと言う事には、必ずしもならない。

 特に直線的な突進であれば、二三一もかなり早い。

 エテュセのようなスピードファイターはその速さを直線の出入りだけでなく、左右にも複雑に動けることで実際より早く見せている。

 もし二三一がエテュセと同等のスピードがあれば、真っ向勝負も出来たのだろうが、残念ながら直線での動きでしか二三一にはその速さを出せない。

 そして、槍を相手にする場合、直線的な動きで相手を出し抜く速さと言うのはそこそこ非常識な速さが必要になり、それは無理である。

 では、どうするか。

 セーラムは並外れた実力を有し、二三一の戦闘能力を遥かに凌駕している。

 正確も真面目で純粋で真っ直ぐ。それこそ彼女の槍の突きと同じように、鋭く強く真っ直ぐである。

 だからこそ、賭けに出られる勝算があるのだ。

 セーラムが気付いていなければ、懐に飛び込むことが出来る手段があるので、二三一はそこに賭けた。

 見ている側は分からないくらいの変化だが、二三一は一度目と二度目の突撃の時にも盾の構えの角度を変えていたのだが、セーラムはその盾の正面を正確に突いてきた。

 こちらが分からない様に仕掛けたのだが、彼女はその微妙な変化に気付いて対応した。

 三度目の突撃の際、二三一はさらに盾の構えに角度をつける。

 受け止める為ではなく、受け流す為に。

 強く鋭く正確な突きと言うのは、槍を使う上で基本的な動きであったとしても、それは簡単な事ではない。

 突きが強ければ強いほど、当たり方が悪ければ大きく体が流れ、体勢を崩しやすくなる。

 セーラムは瞬間的に数回突く事が出来る。

 それらを全て逆手に取る。

 二三一の突進に対し、セーラムは同じように突きで対応してくる。

 相変わらず見た目からは想像もつかない、強烈で重い突きだ。

 一撃目は受け止める。

 盾ごと体を貫かれたかと思う衝撃だが、ここは耐える。二度目の突撃の際にこの衝撃は知っていたので、耐える事が出来た。

 瞬きの瞬間に二擊目が盾を突くが、それが勝負の分かれ目だった。

 二三一の賭けは、まさにここだった。

 セーラムは二度目の突進を止めた時もこの手段だったが、二三一はセーラムの突きの特徴に気づいた。

 それはさほど珍しい特徴ではない。

 二三一が盾に角度をつけて構えても、セーラムは盾の正面から突いてきた。それは彼女も立ち位置を微妙に変えていたと言う事。

 そして一撃目より二擊目の方が重いと言う事。

 武器戦闘の上でいえば、当たり前な事でもあるのだが、一撃目より軽い二擊目では通常突進に弾かれる事はあっても止める事は難しい。なので、一撃目より二擊目の突きの方が重かったため、二度目の二三一の突進は止められた。

 二三一の仕掛けた、超高速の罠。

 セーラムは二度目の突進に対し『同じように』突きで止め、一撃目より二擊目の方が『同じように』重かった。

 それだけに、セーラムも二三一も『同じように』彼女の突きを受け止めると思い込んでいた。

 まさか二三一が一撃目を受け止め、二擊目までの瞬間に盾を捨て、その陰を利用して槍を躱して突進してくるとは思わなかったらしい。

「え?」

 セーラムはまったく手応え無く吹っ飛んでいく盾を目で追い、低い体勢で踏み込んでくる二三一に気付くのが僅かに遅れた。

 突きの力が空振りしたため、体も流れて体勢を崩している。

 今なら一撃は入れられる。

 狙うとすれば腕。

 木剣でも腕は折れるが、剣の腹で肩口を強打すればしばらくは腕が痺れて槍を持つ事も出来なくなる。

 その戦果で十分だ。

 二三一は低い体勢を起こし、木剣を横にしてセーラムの肩口を狙う。

 しかし、手応えは無く空気を薙ぐ音だけが響く。

 元々大柄な二三一と少女のセーラムでは、体格が違うと言う事もあった。

 それでも気位の高いセーラムは防ぐ事を考えて来ると思ったが、セーラムは崩した体勢を立て直すのではなく、そのまま倒れ転がるようにして二三一の攻撃を躱したのだ。

 セーラムは片膝を立てた状態で槍を突き出すが、万全の体勢ではない少女の槍は速さはあっても重さは足りない。

 二三一は手首を返して、木剣の腹でセーラムの槍を受ける。

 その槍を大きく上に弾いてセーラムに打ちかかるが、セーラムは上に弾かれた衝撃を利用して立ち上がり、さらに槍を回して下からすくい上げるように二三一の腕を狙う。

(マジかよ、どんなバネしてんだ)

 とても常識では考えられない動きを見せるセーラムに目を疑いながら、二三一は剣を返し、付いていないとはいえ刃の部分で槍を打つ。

 激しい音と共に、セーラムの持つ槍が折れる。

 勝負アリ、だ。

 二三一はそう考えてしまったが、セーラムは折れた槍を手放し、両手で二三一の右手首を掴むと、さらに飛びつくように二三一の右腕に両足を絡める。

 しまった、と思った時には遅かった。

 セーラムは勢いをつけて二三一を仰向けに倒すと、そのまま腕ひしぎ逆十字を決めようとする。

(関節技だと? 竜ってそんな器用な事教えてるのか?)

 関節を極められると、体格差や腕力の差があったとしても、痛みのせいで腕力だけで技を外す事は極めて困難である事を二三一は知っている。

 二三一は木剣を手放すと、左手で右手を掴む。

 腕が伸び切らなければ関節を極める事は出来ないのだが、セーラムはすぐに関節技を諦めると二三一の木剣を奪う。

 腕を引くタイミングで体を回すと、すかさず体を起こすのだが、その時にはセーラムの持つ木剣が二三一の左肩に置かれ、首筋に刃の部分を当てられる。

「勝負アリ、ね」

 セーラムは笑顔で二三一に言う。

 周囲からは大歓声が起こる。

「いやぁ、姫様お強いですねぇ」

 エテュセは拍手しながら、ラーとアリアドリに言う。

「どちらかといえば、私は二三一さんの方が信じられない動きをしていましたけどね」

 アリアドリがエテュセに言う。

「そういえば、ウチのアレが何か信じられない事をやったって話だったけど、私には見てて分からなかったんで教えてもらえますか?」

「おや、エテュセさんなら分かるかと思っていましたけど」

 それはアリアドリではなく、ラーの言葉だった。

 行く先々でエテュセは戦闘のプロと思われがちだが、エテュセの戦闘方法と言えば、強力無比な『ナインテイル』によって接近を許さず、一方的な暴力で蹴散らすと言うモノなので、意外な程戦い方には無頓着なのである。

「さっぱり分かりません。でも、二三一が宣言してからの、ごく短時間の攻防が凄まじかった事は分かりました」

「最初の攻防ですよ。アレに姫様が気付いていれば、あれほどの苦戦は招かなかったんですけど」

 アリアドリはセーラムと二三一を見る。

「普通に考えた時、槍を防ごうとしている者の盾を突いた時、盾が遥か後方まで弾かれたりせず、二度目の突進の時のように受け止められるモノなんです」

 アリアドリに言われ、エテュセもようやくその異常さに気付いた。

 当然なのだ。

 盾の後ろには二三一がいて、その陰に隠れているはずであり盾が後方に弾かれると言う事は二三一の体をすり抜ける必要がある。

 セーラムの槍に盾を弾かれた時、二三一は三度目の突進と同じように盾に隠れていなかった、もしくはセーラムの攻撃に合わせて避けたのだ。

 盾に隠れていたと言う事は、セーラムの攻撃が見えていなかったにも関わらず、である。

「どんな方法だったかは分かりませんが、おおよそであったとはいえ、二三一さんは姫様の攻撃を察していた。それも本来なら攻撃を予測すら出来ないタイミングだったにもかかわらず、です」

 説明されれば、確かに二三一は恐ろしいレベルで駆け引きを行っていたのだ。

 だが、それでもセーラムはその上を行った。

 二三一の三度目の突撃は、言うなればカウンターによる防御方法だった。強い守り方をしていたはずの二三一が、躱して流してきたのだ。

 あの時セーラムは流された体勢であり、巨躯の二三一の術中にはまって彼の間合いで戦う事を余儀なくされた。

 通常であれば、二三一がここで先手を取った時、セーラムに打つ手は無かったはずなのだが、それでも彼女は驚く程冷静だった。

 二三一のカウンターが自身の上半身であると分かったのは、低い体勢で潜り込んできた二三一が攻撃の前に体を起こした事だ。さらに剣を振る時、空気抵抗の増える面での攻撃を仕掛けて来た。

 セーラムはあの瞬間で得られた僅かな情報だけで、二三一の攻撃を見事に回避した。

 その後の攻防でも瞬間毎にお互いの見事な対応で互角の勝負だったが、勝敗が決したのはセーラムの槍が折れた時だった。

「対戦相手が姫様でなければ、あの時で勝負はついていたんでしょうけど、姫様は負けず嫌いですからね。自分がやられたトラップを仕掛け返したんですよ」

 アリアドリはそうエテュセに説明する。

 セーラムの槍が折れたのは偶然だったのだが、あれは結果的に折れたのを利用したのであって、もし折れていなくてもセーラムは槍を叩き落とされた事を装う為に槍を手放していたのではないか、とアリアドリは予測した。

 あの超高速戦闘の中で自然な形で武器を失っていたら、たしかに二三一は引っかかっただろう。

 これまで極端に攻撃性の高いところばかりを見せてきたセーラムが、まさかそんな駆け引きを行ってくるなど予想もしなかったはずだ。

 盾で防いで突進すると見せていた二三一が盾を捨てたように、武器を使って勝利すると思わせていたセーラムが武器を捨て、相手から武器を奪う事を考えていた。

 もしエテュセでも引っかかっていたくらいの、見事な罠だ。

 だからこそ、二三一は勝ちを確信してしまった。

 通常であれば隙とは言えない一瞬の空白。セーラムはそこに勝機を見たのだ。

「実力の差ですね。ウチの二三一も、口ばかりではない戦闘能力を見せましたけど、全ての面で姫様の方が上だったと言う事です」

「また、お身内に厳しいお言葉ですね」

 エテュセの言葉に、ラーが微笑む。

「ですが、実力の差と言うより、本質の差が結果を変えたのではないでしょうか」

 ラーの言葉にエテュセは首を傾げるが、それはエテュセだけではなくアリアドリにも分からないようだった。

「セーラムは終始戦士でしたが、二三一さんは戦士と言うより騎士です。力の向け方や勝利の定義が違ったのですよ」

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