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生命の花 改訂版  作者: 元精肉鮮魚店
第二章 竜の谷

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第二話 竜の谷-8

「実に素晴らしい戦いでした。これまでこの谷に興味本位で足を踏み入れてきた者達が貴方達ほどの実力者であれば、私達もこれほど安泰では無かったでしょう」

「そんな、恐れ多いです」

「いや、それは俺のセリフだろ?」

 ラーの言葉に頭を下げるエテュセに、二三一はツッコミを入れる。

「セーラム、どうですか? お客人は同盟に値する実力を持っていましたか?」

「はい、陛下。これまでの数々の無礼、お許し下さい」

 驚く程態度が軟化したセーラムは、二三一に頭を下げる。

「今日は私に花を持たせてくれて、ありがとうございます。私も恥をかかずに済みました」

「え? い、いやいや、俺にそんな余裕はありませんでしたよ。それに、今日の事で分かりました。俺では姫様を相手に善戦する事は出来ても、勝利する事は出来ません。たとえ百戦しても、結果は全て同じになりますよ」

 殊勝な事を言うセーラムに対し、二三一は慌ててそう答える。

 厳つい大男な二三一だが、相手に下手に出られるとこういう感じでしどろもどろになる事が多い。

 嘘を吐くのが下手な二三一なのがよく分かるので、西の元収容所メンバーはよくからかっていた。

 しかし、セーラムと言う少女も非常に分かりやすい戦士である。

 この西側ではそれほど珍しくない考え方ではあるが、人物の優劣は腕力や戦闘能力によって決定される事が多く、戦士であるセーラムも典型的な戦士の考え方だ。

 勝利を収めたとはいえ、相手が相応の実力を示したと言う事で信用出来ると判断して態度を軟化したのが分かる。

 同じ戦士である二三一と同じように、セーラムも嘘は下手のようだ。

 今日の二三一との戦い方を見ても、駆け引きは出来ても嘘で騙すと言うタイプでは無さそうだった。

「女王陛下、私は西のメルディス女王の国との国交は賛成です。アリアドリはどうですか?」

「私も賛成です。黒衣の魔術師エテュセ様を有している以上、我ら竜の力によって不必要な弾圧に利用しようなどとはお考えにはなられないでしょう」

 いかにも執政官なセリフではあるが、これは言わなければならない釘でもある。

 戦士には戦士の駆け引きがあるように、政治家には政治家の駆け引きがある。

 そこには情の入る余地は無く、同じ地に住む者達の利と和の為の駆け引きは、戦士とは違いその先には多数の国民に影響するのだ。

 周囲からどう思われたとしても、泥を被る必要がある時には泥を被るのも仕事である。

 エテュセに対し、アリアドリは言っておかなければならなかったのだ。

 竜の力は安くない、と。

 もちろん、エテュセは竜に戦力としての期待はしていない。極端な話をすれば、竜の女王一体だけで竜の看板を手に入れられるし、それ以外の竜は周囲を威圧しすぎるのでいなくても良いのだ。

 が、三十体の竜の戦力と言うのは魅力が無いとは言えない。

 特にエテュセが行動限界と考えている西の大地の入口の街の先には、中央都レイギルやそこと戦争状態に入っている東のフラウロスと言う脅威が控えている。

 竜と言う防壁を得られれば、そう簡単に攻め込まれる事は無い。

 などと考えもしたが、御し得ない力なら無い方が良いとも考えられる。

「それではエテュセさん、私がメルディス女王にお会いしましょう」

「いえ、こちらに我がメルディス女王を呼びましょう。こちらからお願いに来たのですから、それが筋と言うモノです」

 エテュセはラーの申し出を断る。

 ラーは極めて温和な性格なのは分かったが、竜の気位の高さも同じように分かっている。

 下手にラーをこの谷から動かせば、亜人の分際で竜を顎で使うつもりか、と逆上して暴れだしかねない。

「さっそく明日にでもここを立ち、女王と共に再度訪れます」

「貴女や二三一さんを従えるメルディス女王、大変興味があります。どのようなお方ですか?」

「種としては、姫様と同種の亜人で、髪は女王と同じ銀髪です。おそらくですが、女王陛下とはお話が合うかと」

 メルディスも基本的には温厚な人物であり、立場を抜きにした雑談であれば、ラーとはさぞかし穏やかな会話をしている事だろう。

 また絵としてもラーとメルディスが並んでいるのは、さぞかし見栄えがするだろう。そこにセーラムまで入れれば、それこそ見事な絵になる。

 アリアドリならともかく、エテュセや二三一はもちろん、本来メルディスの隣に立っているべきスパードですらそこに入る余地は無いだろう。

 また、どちらもさほど主張の強い性格では無いので、二人の会談を実現してもその場で事が荒れる事はまず有り得ない。

 対外的にも竜の女王ラーを元収容所に呼びつけるより、この竜の谷へメルディスが赴く方が威圧的にならずに済む。

 散々言われている通り、メルディスにはすでにエテュセと言う破格の暴力が備わっているのだから、竜まで顎で使っているとなると周囲に与える恐怖が勝ちすぎると言うのもエテュセは配慮していた。

「と、言う訳で、私達は明日ここを離れさせていただきます」

「ええ。次は女王と共にお越し下さい。さ、では食事にしましょう」

 ラーはそう言うと、テーブルに並ぶ食事を勧める。

 この食事会に参加しているのはラーとエテュセ、二三一、セーラム、アリアドリの五人で、最初にラーと謁見した時のメンバーだけである。

「私、女王陛下との賭けに負けたのに、この美味しい料理頂いて良いのですか?」

「ああ、そういえばそうでした。それは一つ貸しと言う事で、いずれ返していただきましょう。ですが、ここで私達だけ食事しているのをエテュセさんだけ見ていて下さい、と言うのも酷ですし、なにより二三一さんが困るでしょう?」

「俺は構いませんよ。聞けばエテュセはまったく俺を応援していなかったらしいですし、何なら俺がエテュセの分まで食べても良いですから」

「黙れ、負け犬。むしろあんたの分まで私が食べる」

 エテュセと二三一の会話を、ラーは微笑みながら、セーラムは苦笑いしながら、アリアドリは不思議そうに眺めていた。

「お二人は仲が良いのですか? 悪いのですか?」

 アリアドリは不思議そうに尋ねる。

「そうね、仲は悪くはないわよ。ねえ?」

「仲が悪かったらこんな事怖くて言えません。って言うか近付けませんから」

「なるほど、そう言われれば納得出来ますね」

 二三一の言葉に、アリアドリが大きく頷く。

「それで納得されるのは、私は納得いかないんだけど」

「エテュセさんは怖いですからね」

 優しい笑顔でラーが言う。

「私、そんなに怖いですか? 背だって低いし、体だって細いし」

「エテュセさんの場合、そう言う事がどうでも良くなるくらい怖いんですよね。何故でしょうか?」

 柔らかい笑顔で、しかも楽しそうにラーが尋ねる。

「評判、でしょうか?」

 この話題に食いついてきたセーラムが、考えながら言う。

「それはあるでしょうね。私って実際以上に酷く言われているみたいですから、多分それで怖がられてるんですよ、きっと」

「いやぁ、お前の場合、評判通りだから怖がられているんだよ」

 無理にでも丸く収めようとしたエテュセだったが、二三一が口を挟む。

「そうですね。言われているほど好戦的ではありませんが、何と言いますか、評判を裏付けするくらいの迫力がありますから」

 アリアドリが頷いている。

 どうにも男性陣は味方してくれないらしい。

 確かにエテュセはセーラムやメルディスほど愛らしい外見ではないのだが、それにしても恐れられすぎている気がする。

 しかし収容所に入れられた時から、エテュセは異常なほど恐れられていた。

 やはり金色の目のせいだろうか、とも思う。

 正直なところ、エテュセは金色の目以外は人間の少女と何ら変わらない。黒衣の魔術師と言う服装も愛らしさとは程遠いかもしれないが、黒衣の魔術師などそれこそ掃いて捨てるほどいる訳で、異常に怖がられる理由にはならないはずだ。

 評判は服装で恐れられていると言うのであれば、収容所で恐れられる事も無かったはずなので、やはり目のせいだろう。

 それから他愛もない話を続けていたところで、ラーがエテュセと二三一をじっと見ている事に気付いた。

「女王陛下、どうなさいました?」

「いえ、美味しそうに食べているな、と思いまして」

 ラーに言われ、エテュセと二三一はお互いを見る。

「美味しいですよ? ねえ、二三一?」

「いや、あの、田舎者にて、無礼はお許し下さい」

 きょとんとしているエテュセと違い、二三一は慌てて口元を拭うと頭を下げる。

「いえいえ、そんな事を言うつもりではありませんでした。ただ、私は美味しそうに食べている表情と言うのが好きなのです」

 ラーは笑顔で言う。

「竜の大半は食欲を満たす事を優先するので、あまり味覚と言うモノが発達していないというか、味と言うモノを気にしない事が多いのですよ」

 ラーが言うには、竜は口に入れて空腹が満たせて消化できるのであれば、肉も野菜も岩石も同じと考えるモノが大半なのだと言う。

 この料理はラーの手作り、と言う訳ではないがラーの趣味は料理らしい。

 しかし、せっかく手の込んだ料理を用意しても、セーラムやアリアドリでもない限り反応は素晴らしく薄いと言う事で、いかに味に無頓着かが分かる。

 だが、竜には興味の薄い食事と言う行為が与える影響は、極めて大きいとラーは考えている。

 一般的に竜は炎を吐く事が出来ると思われているが、その一方で冷気や毒ガスを吐き出す竜がいる事も知られている。

 元を正すと同じ種だった竜だが、その生息地域や食事環境によってまずは吐き出す息に、それからほどなく鱗に変化が現れ、やがて体型なども変化していくと言う。

 洞窟の中に潜む竜が多いのは、自身の変化を嫌う竜が多いからとラーは分析している。

「もっとも、私も竜の中ではさほど長く生きた部類ではありませんので、まだ研究途中です」

「まあ、私も女王陛下もこの谷では年長者ではありますが、竜全体から考えると若輩ですからね」

 アリアドリは笑いながら言う。

「この流れからだったら自然な事だと思うのですが、失礼ですがお二方はどれくらいの年齢に?」

 エテュセも聞こうとしたのだが、先に二三一が尋ねた。

「年齢、と言う概念が私達には曖昧なので、正確な年齢と言うのは私にも分からないのですが、私がセーラムやエテュセさんくらいの事か、もう少し後くらいに遥か西で世界を分断する壁が作られたと聞きました。見た事はありませんが」

「私は女王より少し年下ですが、私もそんな話を聞いた記憶はあります」

 ラーとアリアドリは、特に気を悪くした様子も無く答える。

 世界を分断した壁は、ある日突然現れた説が根強く語られているが、それはその壁がいつ作られたのかを正確に記した文献が残っていない為である。

 最有力説は二百年以上前の禁呪による大虐殺を食い止める為に作られたとされ、設計者は不明になっている。

 その当時の前後と言う事は、ラーもアリアドリも二百年以上、場合によっては三百年ほど生きている事になる。

 人間の寿命と比べると長いのだが、亜人でも三百年はもちろん、千年を生きる者はさほど珍しくない。

 メルディスやセーラムの様な種の亜人は、極めて長寿な種として知られているが、生物と言っても植物であれば木などは樹齢数百年などの大木は一般的とさえ言える。

 亜人種でもそうだが、文献の中の竜は千年や一万年生きるモノだと記されている以上、二、三百年くらいであれば確かに若輩扱いになるだろう。

 ラーやアリアドリは竜の中でも特異な種であるらしく、二人ともこの姿で長く生きて来て、研究に力を入れてきた。

 その結果がこの竜の谷である。

 竜は群れで動くとされているが、ごく少数でありコミュニティーを作って生活する事など稀な事だ。

 その群れのリーダーはもっとも長寿で強力な個体が選ばれるのは、動物の群れと同じことだが、ラーはそれを一から作り上げた。

 最初はアリアドリが協力し、それから他の竜が集まってきたのがこの谷である。

 実際にはラーやアリアドリより年長の竜も、この谷にはいると言う。

 分かりやすいところでは、老騎士ガルムウィックなどがそうだ。

 年功序列、と言うわけではないが、竜は年長者を敬う傾向が極めて強い生き物であるにもかかわらず、ここではラーを女王と慕っているのも奇妙な現象と言える。

 ラーは、竜の言う種の本能やこれまでの常識さえ打ち破るカリスマ性を発揮しているのだが、もちろんそれについて行けない、もしくは理解できないモノも出てくる。

 それをアリアドリが上手く誘導して、危ういながらも谷はまとまっていると言えた。

 谷の問題としては、女王を慕うのはごく少数の竜と全ての亜人、残りの竜はアリアドリにひとまず従っていると言う状況である。

 アリアドリは女王に絶対の忠誠を誓っているようだが、アリアドリは他の竜を支配出来ている訳ではないので、竜の不満が爆発した時には彼一人では抑えられない恐れがあると言う事だった。

「そう言う意味では、こちらも『ナインテイル』の戦力をアテにしているところもあるのですよ?」

 と、笑えない事をラーは笑顔で言っていた。

 我の強い竜をまとめていると言うだけで大したモノではあるのだが、やはり問題と言うのはどこにでもあるみたいだ。

 それともう一つ、エテュセにも確信出来た事がある。

 第一印象から感じていた事ではあるのだが、アリアドリは何か隠している。

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