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生命の花 改訂版  作者: 元精肉鮮魚店
第二章 竜の谷

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第二話 竜の谷-4

「三日後だってね、御前試合。もう聞いた?」

「ああ、聞いた。姫様、活き活きしてたよ」

「ははは、血の気多そうだもんね。見た目には可愛いのに。でもメルディスも割とそういうところあるでしょ?」

「いや、メルディスが好んで戦いたがるところは見た事ないから、俺にはちょっと分からないな」

 その日の夜、例によってエテュセと二三一は合流して情報交換していた。

「どう、勝算の方は。私はあんたに賭けてるんだから、八百長とか無しよ。あんたが勝てば、私は美味しいご飯が食べられるんだから」

「いやいや、それは色々おかしいだろう。この前と言ってる事違うし、俺が姫様ボコっちゃったら、せっかく竜と友好的な関係を築いているところに、それはそれは深い溝が出来るじゃないか」

「出来ないから、心配いらないわよ」

 色々言い繕おうとする二三一に、エテュセは切って捨てるように言う。

「女王様も期待してたわよ。本気出してくれれば、姫様との戦いも見応えがありそう的な感じの話してたし」

「マジで? 女王陛下は俺の味方してくれると思ってたんだけど、意外と好戦的だったりするのかな?」

 二三一は不安そうに言うが、エテュセは首を振る。

「そんなんじゃなさそうだったけどね。陛下が言うには、ここには娯楽が無いから、今回の件は久しぶりのイベントなんだって。あ、それと女王陛下って回復魔術を身に付けてるらしいから、姫様にも傷跡残らないんじゃないの? 思う存分、ボッコボコにして大丈夫だって」

 エテュセはニコニコしながら言う。

 ラーに言った通り、エテュセも少し興味がある。

 戦士である事に誇りを持つ二三一だが、果たしてどれほどの戦闘能力を持っているのか。竜の姫であるセーラムはどれほどの戦闘能力なのか。

 ここに来るまでに野盗や暴漢に絡まれる事はあったが、エテュセや二三一にとっては取るに足らない程度だった。

 ほとんど地元にいないエテュセは、二三一やスパードが行っている軍事演習などを見た事が無いので、どれほどの力を持っているのかを具体的には知らない。

 二三一の事もそうだが、竜の姫と呼ばれるセーラムの実力も未知数である。

 ラーはセーラムの実力に太鼓判を押していたが、本当に竜側の代表になれるほどのモノなのか。単純に血の気の多いセーラムの暇つぶしに、都合よく利用されているだけではないのか、とも思う。

 それならそれで構わないところもあるので、そこをどうこう言うつもりも無い。

「姫様って槍使いなのよね? それに大して二三一は何で戦うつもりなの?」

「白旗かな?」

「なるほど、あんたは戦士としての自分を否定するわけね。潔い戦い方だと思うわよ」

「キツい事言うね。じゃ、ちょっと真面目に考えようか」

 二三一は腕を組んで考える。

「例えば闘技場みたいに、ある程度の広さで区切られた戦場だったと仮定した場合、槍って相当優れた武器なんだよな。外の戦場であれば、弓みたいな飛び道具を使って追い払うところなんだけど、闘技場じゃ意味がないからね」

「じゃ、こっちも槍使えばいいんじゃない?」

 簡単に言うエテュセに対し、二三一はいつもの苦笑いを浮かべながら首を振る。

「基本的に俺って最前線に出るだろ?」

「いや、知らないけど」

「基本的に俺って最前線に出るんだよ。だから、剣で戦う事が多いんだけど、槍との相性がとことん悪いんだ」

「そういうモノなの?」

「まあ、剣を相手に勝つ為に考えられた武器が槍だから、相性が悪いのは当たり前なんだけどね」

「そうなの?」

「そんな話を聞いた事があるってだけで、事の真偽は分からないさ」

 二三一は肩を竦めて言う。

「でも、槍って懐に入ればどうにかなるんじゃないの?」

「懐に入れるようなら、どうにでもなるよ。エテュセの『ナインテイル』クラスの武器があれば悩む必要も無いんだけど、俺には扱えそうにないからな」

 二三一はエテュセの方を見て言う。

 一般的に『ナインテイル』の異名を持つエテュセだが、その異名は彼女の持つ武器に由来している。

 エテュセが潜在的に持っている脅威の魔力に呼応した武器なので、非常識極まりないリーチと速度と破壊力を持つ破壊兵器になるのだが、魔力に乏しい二三一では武器としての形状を保てない。

 しかもエテュセはまったく無自覚なのだが、『ナインテイル』は使用者の魔力が尽きた場合、生命力すらも容赦なく吸収しようとする。

 エテュセであれば武器の優位もあるので、セーラム一人でどうにか出来る相手ではないので勝つ事も容易いだろうが、二三一はその武器を使う事は出来ない。

「でも、あんたが槍使えば体格差もあるし、リーチもこっちの方が長くなるから有利になるんじゃないの?」

「俺が槍使ったって、懐に入られる程度の使い方しか出来ないから、たぶん姫様には通用しないだろうね」

「バナナとかは?」

 エテュセの質問に、二三一は首を傾げる。

「君は何を言ってるのかな?」

「例えば、冷凍バナナを投げつけるとか。ほら、バナナを武器にするなんて考えつかないでしょ? 他にも戦闘が始まる前にバナナを食べ始めて、相手にちょっと傷んだバナナを上げて本調子を出させないとか、バナナの皮で足元滑らせるとか」

「まあ、却下だろうね。御前試合で『俺の使う武器はバナナです!』と宣言する事が、すでに俺には無理な行動だし」

「それは面白そうだけど、確かにその宣言は私でも無理だわ」

 さすがにエテュセも苦笑いする。

「姫様に挑む時には、まあ、一番使い慣れた剣で挑む事にするよ。下手な小細工して勝つより、実力を示す事が一番重要な訳だし」

「それもそうだけど、あ、そうだ!」

 エテュセは何か思い出したように、手を叩く。

「あんた、必殺技とかあるの?」

「はあ?」

 先ほどのバナナの件と同じく、二三一は首を傾げる。

「君は何を言っているのかな?」

「ほら、よくあるじゃない。『何とかかんとか斬り』とか、『超何とか斬』とか、そういうの。技名を叫びながらやるんでしょ?」

 エテュセが尋ねると、二三一は眉を寄せて腕を組む。

「俺も本とかで読んだ事あるけど、アレって実在するモノなのかな? 少なくとも俺には無理なんだけど」

「と、言うと?」

「エテュセの『ナインテイル』なら大丈夫かもしれないけど、俺の場合、長い技名叫びながら剣を振っても力を入れづらいんだよな。魔術師とかなら自分の魔術を叫ぶのは見た事も聞いた事もあるけど、物理戦闘ではまだお会いした事は無い」

「何か作らないの?」

「三日で? それこそ無茶だろう」

「構えとかは? 何か特殊で劇的な強そうな構えとか無いの?」

「君は何を期待しているのかな? 俺にそんな事を期待されても困るよ。俺って誰かに教えてもらった訳じゃなくて、単純に身体能力に頼った野蛮戦法だから、そういう技とか持ってないんだ」

 基本的に、という話になるが、西の大地では二三一のように身体能力に優れたモノは武器を持って戦う際に、技などに工夫するというより身体能力に頼った戦い方になる。

 迫害を受けて少数ならともかく、多数で群れる事の少なかった事情を考えると、当然と言える。

「二三一なら、何かそういう必殺技とか持ってるんじゃないかと思って期待したんだけどな。何か無いの?」

「無いよ。色々話は聞いた事があるよ。何だっけ、『イアイギリ』とかそういうの」

「あ、聞いた事あるかも。たしか、ロウソク切るんだよね?」

「いや、別にロウソクを切る技ってワケじゃないだろ? 俺も詳しくは知らないけど」

 二三一は肩を竦める。

「でも、一対一の御前試合みたいな戦いだったら、そういう技とかも有効なのは分かるんだけど、これまで必要無かったからなぁ」

 戦闘の技が必要な日常を送っている場合、色んなモノを見直した方が良いだろう。

 エテュセはそう考えるが、その場合はエテュセも色んなモノを見つめ直す必要があるという自覚はある。

「実際に技を使えなくても問題無いんじゃない? 例えば『超必殺断空次元竜閃輪舞剣撃斬三の太刀零式』とか言ってみれば?」

「それを叫ぶのは、武器がバナナって叫ぶくらい恥ずかしいな。具体的にどんな技かもイメージ出来ないし」

「私ならそれ叫ばれたら、どんな事してくるのか気になって出方を見るけどね」

「まあ、先手は取れるかも知れないけど、やっぱり恥ずかしいかな」

 二三一は乗り気ではない。

 しかし、言葉と言う武器の効果は無視出来ないのは知っているみたいだ。

 槍の優位と言うのは、剣より先に攻撃できると言うリーチによる優位である。言葉で先手を取れれば、懐に入る隙も作りやすくなる。

 エテュセのように気楽なトークを続けながら虐殺を繰り広げられる例外も存在するが、少なくともセーラムに対しては有効な手段でもある。

 もしセーラムと対戦するのがエテュセなら、変な技名でも武器がバナナでも利用して優位に立とうとするだろうが、二三一はそれには強い抵抗があるみたいだ。

「ま、いいや。あんたが姫様をどう攻略するか、楽しみにしてるからね」

「いざとなったら、さっきのエテュセが言ってた超必殺何とかかんとか零式を使わせてもらうかも知れないけどな」

 二三一は笑いながら言う。

「ところでエテュセ、ここの空気をどう思う?」

「ん? 暖かいわね」

「いや、気温じゃなくて、ここの空気は収容所に似てる気がする。今の状態じゃなくて、昔の収容所に似てる気がするんだ」

「そう? 別に竜が亜人を虐待してる訳でもないし、亜人も強制的に働かされてる訳でも無い、それに女王も所長とは似ても似つかないし、私はあんまりそんな感じはしないけど?」

 エテュセが首を傾げると、二三一は腕を組んで真面目な表情で言う。

「確かにエテュセには分からないかも知れないな。俺も強制労働組だったから、感覚だけなんだけど、エテュセが体を張って時間稼いでた時に似てる気がするんだ。何か、タイミングを計ってる感じかな?」

「うーん、私はイマイチそんな感じはしないかな。もしここで反乱を企んでるとしたら、その中心はアリアドリだろうけど、アイツが女王に勝てるとは思えないわね。もしアリアドリじゃなかったとしたら、ソイツは女王とアリアドリを相手にしようとしてる訳でしょ? 正気の沙汰じゃないわよ」

「でもな、エテュセ。あんたも所長に勝てるつもりで反乱を企んだんだろ?」

 二三一に言われ、エテュセも考え込む。

 確かに、収容所で反乱を企てたのはエテュセであり、あの時は所長に勝てるつもりでいた。

 今にして思えば、勝算など皆無であったが、それでも当時は絶対の自信があった。

 エテュセが見た限りでは、この竜の谷で女王ラーに勝てそうな竜はいない。

 おそらく谷に住む全てが相手であっても、ラーは勝利を収めるだろうと思う。

 見るからに怪しいところのあるアリアドリだが、余所者がいる中で反乱の首謀者であると疑われるような馬鹿ではないはずだ。

「俺も確信があるわけじゃないんだけど、亜人と竜の温度差と言うか、竜同士でもギクシャクしてる気がするんだよ」

「竜同士って、私ここで会った竜って女王とアリアドリ以外は、あの爺さん騎士くらいよ。女王陛下、今日はここまでになさっては、って言いに来る爺様」

「ガルムウィックな。俺だってそのお三方以外には、ルードレイ、エスカ、クックスティンぐらいしか知らないよ」

「私、初耳なんだけど? 誰よそれ」

「ルードレイは初日に俺達が会った、あの怖いお姉さん。やっぱり俺と話す時には舌打ちしそうなくらいだよ。エスカはガルムウィックの弟子みたいなモンだね。姫様とも仲が良いみたいで、竜にしては慎重って感じだな。クックスティンはルードレイと一緒にいたところを見ただけで、本人と話した事は無い。姫様とか亜人衆から教えてもらっただけ」

「あんた、諜報も上手いのね」

 見た目には恐ろしく厳つい二三一ではあるが、朗らかな口調と裏表の無い明るい性格な為、厳つさも頼り甲斐があるように見えるのだろう。

「諜報には向かないと思うよ。別に欲しい情報が手に入っている訳じゃないし」

 二三一はそう言うが、無作為に情報を集める事が出来ると言うのは、非常に大きなアドバンテージである事を二三一は知らないらしい。

 必要な情報は必要な側が抽出して処理すれば良い話であり、質の高さがあれは申し分無いが、量を集められる事も重要である。

 エテュセでは中々上手くいかないので、相手の有力者を一本釣りする事が多くなってしまう。

「で、二三一はその辺の竜に怪しい気配を感じるって訳ね」

「いや、そこまで明確じゃない。ルードレイやクックスティンがこっちを不必要に下に見ているせいで軋轢を生んでいるだけかも知れないし、それを俺が収容所の空気に近く感じてるかも知れないんだ。ほら、収容所でもスパードさん以外は、俺達亜人を蔑んでただろ? 竜からそれを感じてるせいで、無駄に警戒してるかも知れないんだ。って言うか、話してたら、そうじゃないかと思い始めた」

 二三一は前言を撤回して、新しい意見を言う。

 それならエテュセにもよく分かる。

 確かに収容所では所員は必要以上に威張り散らしていたし、自分達の優位を信じて疑っていなかった為、亜人側を蔑んだ目で見ていた。

 ここでも同じ、とは言わないが、竜と亜人とでは単体での戦闘能力がかけ離れて違い過ぎる。

 竜の目から見た亜人は、取るに足りない奴隷に見えても不思議ではない。

 そんな亜人の権利を女王が保障していると言うのは、圧倒的強者である竜から見ると面白くないと感じるところがあるのではないか、と二三一は予想している。

 そう思う竜が大半を占め、亜人を排除しようとする場合、確かに女王の考えと対立する事になるので反乱じみた行動になる恐れもある。

 ラーやアリアドリがそこまで短絡的な行動に出るとはエテュセには考えにくかったが、思い当たるところがある以上は女王の耳にも入れておくべきだ。

「ま、それは私の方から女王陛下に伝えておくから、あんたは姫様との対戦に集中してなさい」

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