第二話 竜の谷-3
二三一、と言うのは収容所に入れられた時に与えられた番号であり、当然ながら本名ではない。
彼の種族は成長が早く、その後の老化は遅く、青年期が異様に長いと言う種族であるため、生まれて五年ほど経つと身体は人間の成人男性の平均より大きくなる。
彼のいたところは、色々な亜人種が集まるさほど大きくない集団だった。
その集団の中に、彼と同じ種の亜人は彼を含めて四人いた。幼い亜人もいたし、獣人も含まれていた。
あまりに大きな集団になっては、西で行われている亜人狩りに見つかりやすく、また逃げにくくなると言う事もあって、この集団は人数の調整には気を使っていた。
それでも、亜人狩りから完全に逃げ隠れ出来るはずもなく、ほどなくして集団は亜人狩りに見つかってしまう。
その時、集団の意見は割れた。
追手と戦うか、それでも逃げるか。
二三一は逃げる事を主張した。
亜人狩りは複数の人間によって行われるが、状況によって追手の人数は大きく変わってくる。
この時の追手は少数だったため、亜人の中で追手を撃退しようと言う意見が出てきたのだ。
いくらなんでも危険だった。
確かに二三一達の亜人が四人いれば、相手が同数の人間の場合、よほどの実力者や装備に恵まれていない限り、撃退する事は難しくない。
しかし、それは一時的なものだ。
しかも一度撃退してしまうと、次はより強力な追手が多数で、しかも暴力的になってやって来る。
そうなるのが分かっているのだから、警戒が薄いうちはとにかく逃げの一手しかないと言うのが、二三一の意見だった。
必死に訴えたにも関わらず、亜人の集団は追手を撃退する事を選んだ。
自衛の為には、いずれ通る道ではあったかもしれないが、それでもそれが破滅に続く道である事は、予想できたはずだった。
そして、破滅はやってきた。
それも予想をはるかに超えて、早く。
追手は四人だったが、その四人の中には所長であるギリクが含まれていたのだ。
二三一は反対だったにも関わらず撃退組に回され、三人で四人の追手を撃退する手はずになっていたのだが、それはまったく役に立たなかった。
禁術を身につけたギリクではあったが、二三一達との戦闘ではそれは使わなかった。
使うまでも無かったのだ。
今でも思い出す事が出来るのだが、あの時初めて所長の声を聞き、それの恐怖で身がすくんで動けなくなった。
戦士である二三一が、戦う前から負けを認めさせられた。
人の形をした恐怖に立ち向かえなかったのは、何も二三一だけではない。その場にいた亜人達も、仲間であるはずの追手達ですら身動きはもちろん、瞬きすら出来なくなった。
ギリクが片手を振ると、二三一の横に立っていた亜人は真っ二つにされた。
その半分になった体が片方はそのまま倒れ、もう片方は倒れるまでに半分づつになっていき、地面につく頃には元が何か分からないくらいの肉塊になった。
そんなモノを見せられて、当時の二三一はそれでも勇気を振り絞ってギリクに立ち向かうと言う選択肢は、頭の中に浮かぶはずもない。
本来なら二三一達が逃げる時間を稼ぐはずだったのだが、接触した直後に無力化されてしまったため、亜人の集団も簡単に捕らえられた。
「と、言うのが俺の子供の頃の話だよ。ま、西の大地に生きる亜人であれば大して珍しい話でもないし、それによって同情を得ようとも思わない。でも、俺が騎士なんて上等なモノじゃない事は分かってもらえただろ?」
二三一はセーラムに言う。
「でも、王族なんでしょ?」
「だから、俺達の中に生粋の王族はいないって。俺は収容所で強制労働組のまとめ役をやってたから、その流れで女王の側にいただけだし、エテュセだって似たようなモンだよ。さらに言えば、メルディス女王もエテュセから女王を押し付けられただけで、そもそも近親者は一人もいないから『王族』ってのはまだ存在してないよ」
まだ納得していないセーラムに、二三一は丁寧に説明する。
確かに納得するのは難しいかもしれない。
セーラムが言っているように、二三一やエテュセは立場的には女王の側近であり、一般的に考えれば貴族に類する立ち位置になる。
と、言う事を二三一自身が納得出来ないのと同じように、言葉を重ねたところでセーラムには受け入れられない事のようだ。
おそらくセーラムにとって、女王の基準は竜の女王ラーになるのだろうから、女王と言うモノはラーのような存在であると信じていたらしい。
ラーと比べられると、西の小国の国王達も一市民と変わらないように見えてしまうのではないか、と二三一などは思ってしまう。
「聞きたい事があるんだけど、良い?」
「どうぞ。俺に答えられる事なら」
「昔の話を聞かせてもらったけど、貴方にも名前があるのよね。そんな番号じゃなくて。どうして名乗らないの?」
セーラムとしては当然疑問に持つところかもしれないが、二三一としては答えづらい質問でもあった。
あの時、戦う前に所長に心を折られた時、彼は自分の名前を名乗る資格を失った。
所長から殺されたのは別人ではあったが、二三一がその亜人であってもおかしくなかった。今生きているのは、完全にただの偶然なのである。
「姫様は、名前に力が宿るって説を信じてる?」
「信じるも信じないも、名前には力が宿ってるモノでしょう? 名前のあるモノと名前の無いモノでは、そもそも比べられないわよ」
セーラムは当然と言わんばかりである。
二三一も、基本的にそれを信じている。
その説をまったく信じていなかったみたいだった六の少女だが、今ではエテュセと言う名前に誇りを持っているみたいなので、信じる気になったみたいだ。
「俺は、あの時に名前を名乗る事が出来なくなった。その誇りや名誉を取り返すまで、俺は二三一だよ」
奇妙に思えるかも知れないが、二三一としては本心からの言葉だった。
あの時に死んだ彼は、その後に与えられた番号である二三一になった。
名前を取り戻し、名乗る事も出来たかもしれないが、収容所の反乱はエテュセとメルディスの手柄であって、二三一の手柄ではない。
自信を持って名前を名乗る事が出来る手柄を立てた時、彼は二三一ではなく、本名を名乗る事が出来るのだ。
「じゃ、私に勝ったら名前を名乗れるわね」
セーラムは笑顔で言う。
姫様との戦闘って、そんな名誉な事なのか。
と、あやうく声を出しそうになったが、セーラムにそんな事を言ったらこの場で戦闘になりかねないので、二三一は苦笑いするに留めた。
「なによ、その表情。色々文句がありそうね」
「とんでもない。ただ、姫様は物凄く強そうなんで、やっぱり名前は名乗れなさそうかな、と思ってね」
「貴方だって真剣に、本気で戦えば相当強そうなのは分かってるわ」
好戦的だな、見た目と違って。
やはり口にはできない事を、二三一は考えてしまう。
戦士である事を誇りにしている二三一ではあるが、その性格は温厚で好戦的と言う訳ではない。
本人の目指す最強の戦士像と言うのが、他の戦士達とは大幅に違うと言う事も大きい。
まだ本名を名乗っていた頃の彼にも、今のセーラムのように好戦的な時期はあった。その頃の彼も戦士である事に誇りを持っていたが、その頃の彼は優れた戦士は敵を打ち倒すモノだと考えていた。
それこそが優れた戦士としての証であり、力の証明である、と信じていた。
今でもそれが間違っているとは思わないが、多少価値観が変わる事があった。
亜人の集団の中で聞いた、竜の物語。
要約すると、凶悪で狂暴な竜がいて、その竜に悩まされている国があった。
その国では実力者を集めた討伐団を結成して竜を討伐しようとするが、竜は強大で討伐団は全滅。その家族は竜に強い恨みを持ち、竜を倒そうとするが、返り討ちにあい国の人口は激減していった。
その国の姫は勇敢にも単体で竜の元へ赴き、竜に問う。
何故貴方は人間を襲うのか。どうしたら襲わないようにしてくれるのか。
その姫に対し、竜は答える。
君たちは何故私を襲うのか。私が暮らす場所へ君たちがやってきて、君たちが私を襲う。だから私は自分の身を守っただけだ。私から君たちを襲う事などない。
姫はそれを国王に伝えたが、それは信じてもらえず、国王は改めて討伐団を派遣。
姫は最後まで剣に頼らない戦いを続けたが、討伐団は派遣され、竜に返り討ちにあう事になる。
私の方から襲う事は無いのに、何故人は私を襲うのか、私には分からない。だが、ここに私がいる限り、人は私を襲い、私はそれを蹴散らし続ける事になる。君には理解して欲しいのだが、それでも君は私にこの地を去れと言うのか。
姫と再度会談した竜の最後の言葉であり、そこで話は終わる。
随分と教訓めいた話ではあるが、幼い頃の彼には衝撃的な話だった。
被害者であったはずの国の人が、実は無意味な戦いを求め無駄な被害を出していた加害者であり、凶悪で狂暴なはずの竜が被害者だと知ると、これまでの戦士の基準が大きく揺れ、その頃から戦わない強さと言うものに興味を持つようになった。
二三一がエテュセと共に竜を見に来たのも、その頃の話を覚えていたので一度本物を見てみたいと思っていたのも強い。
実物の竜は、想像通りに雄大だった。
今となってはあの話は作り話だったとわかるが、もし事実を元に作られているとしたら、その姫様はエテュセなみに豪胆だったらしい。
少なくとも二三一であれば、女王ラーやアリアドリのように見た目に人に見え、話が通じる相手でもない限り、単身で話など出来そうにない。
「ここにおられましたか」
二三一がセーラムにその話は知っているか確認しようとした時、一体の竜人がやって来る。
その人物の頭部は竜でありながら、首から下は人間の姿をした、竜の獣人と言うような姿だった。
相当身体能力の高い亜人であっても動くことに苦労する全身鎧に身を包んだ、この谷では非常に珍しい老いた雰囲気のある騎士である。
「ガルムウィック、何か用なの?」
老騎士ガルムウィックに、セーラムは眉を寄せる。
「姫君と客人の御前試合の日程が決まりましたので、それをお伝えに参りました。三日後、との事です」
老騎士ガルムウィックはセーラムにとってお目付け役に近い存在である事が多く、そのためセーラムは彼を煙たく思っているところもあるみたいだが、その報せには目を輝かせる。
「そう、分かったわ。本気でやり合いましょう」
セーラムの言葉に、二三一は苦笑いする。
本当に好戦的なヒトだなぁ。




