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生命の花 改訂版  作者: 元精肉鮮魚店
第二章 竜の谷

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第一話 新たな国-7

「アリアドリ、そいつらは何?」

「姫君、お客様に失礼ですよ」

 竜の谷の洞窟に入り、アリアドリに案内してもらっているところで、金髪の美少女がアリアドリに声をかけてきた。

 亜人の美少女はメルディスと同じ種であり、大きく先の尖った耳が特徴的ではあるが、その外見的な美しさもメルディスに匹敵する。

 夜空に輝く神秘的な月光を思わせるメルディスの銀髪に対し、目の前に現れた美少女は黄金を溶かしたかのような、輝く金髪。宝石の様な輝きを見せる、青い瞳。

 白磁のような肌も合わせ、金髪碧眼の美少女と言うよりは宝石で人体を作った結果と言う様な輝きを放つ人物だった。

「客? 竜の土地に人間の客が来たの?」

「人間、って呼ばれるのは初めてかも」

 二三一がエテュセに言うと、エテュセも苦笑いする。

 二三一もエテュセも絵に書いた様な亜人で、亜人種と呼ばれる事が主であり、人間と呼ばれる事は無かった。

「何の用? ここには竜の財宝なんて無いわよ」

 金髪の美少女は、壁に寄りかかり腕を組んでエテュセ達を睨む。

「何かトゲトゲしいわね、龍の姫って」

「俺達はヨソ者だからしょうがないって」

 エテュセの言葉に、二三一はなだめる様に言う。

「姫君、この方々はわざわざ西の果てから旅をされて来たのですよ? 労うのが度量と言うモノではありませんか?」

「呼んでもいないのに、勝手に来ただけでしょ? それを労えとは横暴にも程があるでしょう?」

「ああ、その考えには賛成よ」

 妙なところでエテュセは同意する。

「別に歓迎や労いは要らないわ。私が期待したいのは、そういう事じゃ無いから」

「まあ、事実だとしても、エテュセは喋らない方が良いな」

 そう言って二三一から遮られる。

 先の村の様に露骨に不自然な歓迎など、露骨極まる下心の現れであり、竜ほどの生物がそんな底の浅い事をしては興醒めも甚だしい。

 エテュセは口にした通り、そんな事を期待してはいない。

「それじゃ何が目的でこんなところに来たの? 口では何とでも言えるわよ。そうやって油断を誘おうとしている小物を、これまで何度も見てきたわ」

「それはそうでしょうね。かかる労力の割に、効果も高いでしょう。もし私でも、武力勝負に挑もうとするのなら、まずは言葉で油断を誘うでしょうから」

 挑発的に言う竜の姫に対し、エテュセはごく冷静に、日常会話を楽しむ口調で答える。

「セーラム様、この方々が小物かどうかは貴女もお分かりでしょう」

 見かねたアリアドリが口を挟むと、セーラムと呼ばれた竜の姫は舌打ちすると離れていく。

「大変失礼致しました。姫君は外敵に対して神経質なところがありまして」

「慎重なのは悪い事じゃないわよ」

「竜の姫様、戦えば相当強そうだな」

 エテュセと二三一では、竜の姫に対して全く違う反応を見せる。

 態度から直情的に見える竜の姫セーラムだが、その実、冷静な判断力も持っているようにも見えた。

 また、二三一も言っていた通り立ち姿にも独特の雰囲気があり、メルディス女王と同じくその見た目の美しさだけでなく、周囲をひれ伏させる迫力などもあった。

「実際、外敵の襲撃って多いモノなの?」

「一時期はありましたが、今ではあまりありませんね」

 エテュセの質問に、アリアドリは答える。

 竜の財宝の話は、あらゆる物語で頻繁に出てくるものであり、『生命の花』などより遥かに多く語られ信憑性も高い。

 それに惑わされる者も少なくなかった様だが、あの竜の勇姿を目の当たりにしても戦って財宝を得ようとは、どれほどの実力自慢か、そこまで追い詰められるほどに逼迫した財的危機なのかはわからない。

「中には軍を差し向けてきた国もありました」

「へえ、一国の軍事力を、ここに? 詳しく教えてくれない?」

「まあ、楽しい話ではありませんよ。特にヒトの側にとっては、聞いていて不快な結果の話になりますが、それでも聞きたいですか?」

 アリアドリの口振りから、竜側の一方的な圧勝だと言う事だろう。

 先ほどもアリアドリ自身が言っていた通り、竜の鱗の硬度は多少の武器や攻撃魔術など跳ね除けるし、その爪や牙は並みの楯や鎧では防ぎきれない。吐き出される炎の破壊力を防ぐのも、かなり高位な魔術師で無いと不可能だ。

 それを考えると、脅威的な実力を持つ者達が揃わない限り、一国の軍事力をもってしても竜にはかなわないだろう。

 が、竜とはそこまで好戦的な生き物だろうか、とエテュセは不思議に思う。

 アリアドリに声を掛けに来た女性の声の竜にはそう言うところは見えたし、竜では無いとはいえセーラムと呼ばれた竜の姫も好戦的に思えた。

 しかし、竜が全体的に好戦的であるとすれば、この近辺はもっと荒れていてもおかしくない。

 このアリアドリや竜の女王は、さほど好戦的では無いのだろう。

「是非聞きたいですね。竜の戦いを、竜から聞ける機会なんて滅多に無いですから」

 と、食いついてきたのは戦士である二三一である。

 アリアドリと二三一が戦士トークをしているのを聞きながら、エテュセは案内されている洞窟を見回す。

 元は自然にできたものだったかもしれないが、驚く程高度な建築技術によって補強改修、整備されている。

 竜の谷自体は、谷と言うより山岳地帯であり、この洞窟はその山の下を走っている事になりそうだが、この洞窟はもはや洞窟と言うより地下都市である。

 今歩いている道も完全に舗装されているし、竜ほどの巨体を誇る生物が暮らしても大丈夫な作りになっている。

 人の手でもここまでのモノを造るのは苦労しそうだが、竜はこの辺りの技術の模倣、あるいは独自の進化を高次元で成していると見える。

 ただ、竜の数は三十体くらいと言っていた。

 単純な戦力として考えるのなら、一万人を超える兵の集団を上回るだろうが、この洞窟の雰囲気はそれくらいの規模の都市の雰囲気がある。

「ここには竜以外にも住んでるの?」

「ええ、住んでいますよ」

 エテュセの質問に、アリアドリはすぐに答える。

「基本的には自給自足ですから、私達は畑も耕していますし、家畜も飼っています。それに協力してくれる亜人種達も数多く住んでいます。まあ、非戦闘員の生産者層ですね」

「なるほど。貴方が執政官として素晴らしく有能だって事は、よくわかったわ」

「お褒め頂いて光栄なのですが、どこをお褒め頂いているのかがわかりません」

「ああ、気にしない方がいいですよ。エテュセはそんな感じですから」

 困っているアリアドリに、二三一が失礼なフォローを入れる。

 戦士には分からないかもしれないが、有効だと思うモノを吸収して自分達のモノにすると言う事は、一見当然に思えるかもしれないが実は簡単な事では無い。

 特にこれまでと違う事となると反発も大きく、結果を重視したところで、思う結果に結びつかない事も多いものだ。

 エテュセはその事をよく知っているので、アリアドリの手腕に驚いている。

 もう一つ、竜の女王と言う存在の大きさも、それを後押ししているのだろう。

 いかにアリアドリが有能であったとしても、女王の信頼や許可が無ければ、自由には動けない。

(私とメルディスみたいなモノかな?)

 エテュセも他の面子からは散々に言われているが、トップであるメルディスが最初にエテュセのやる事を認め、それを定着させようとしてくれているから上手く行っている。

 ここでも革新的なアリアドリのやり方を、竜の女王自らが認めているのだろう。

 ただ、姫君が同じように考えているかは分からない。

 彼女は竜の一族に誇りを持っているようだったので、いかに効率よく効果的であったとしても、人の側に寄せるのを良しとしていないのかもしれない。

(妙に反発してたしな)

 二三一も一目見ただけで優秀な戦士の資質を見抜いた竜の姫、セーラムだが、戦士と言う事を考えると外敵こそが活躍の場ではないのか、とも思う。

 あそこまで刺々しい態度を取るのも、もしかすると二三一と同じように戦いになるとそれを厭わないが、戦いそれ自体はあまり好まないのかもしれない。

(それはない、か)

 もしそうだとしら、あの刺々しい態度は考え直した方が良い。

 明らかに無用の誤解を招き、余計な戦火を被る事になる。

 それを恐れるような竜の一族では無さそうだが。

 竜の女王かアリアドリか、あるいは両方が、無用の戦いを好まない政策を取っているのだろう。

 いかに竜の姫と呼ばれていてもセーラムは亜人であり、竜では無いのだから、彼女一人で大暴れするわけにもいかない。

(ん? 何でセーラムは姫なの?)

 他にも亜人種はいて生産者に回っているらしいのに対し、セーラムは姫として行動の自由を与えられている。

 相当に優秀か、気に入られていると言う事だろう。

「女王ってどこにいるの?」

「もう少し先ですよ。きっと姫様が女王に伝えてくれているはずですから」

 アリアドリはエテュセの質問に笑顔で答える。

 広い洞窟、と言うより地下都市は隅々まで清掃の手が行き届いているのは見えるが、それよりも動く者の気配が無い。

 ここには竜の他に、相当数の亜人がいると言う話だったはずなのだが。

(全員が畑に出てる? まあ、無くはないか)

 かつてエテュセ達が入れられていた亜人収容所でも、収容されていた亜人の八割は収容所から別の労働場所に出されていた。

 ここで同じ待遇とは思えなかったが、自給自足を旨とすると言うのであれば、日中は畑仕事や家畜の世話に追われているのかもしれない。

 麓の村でさえ豊かな土壌だったので、ここでも同様の収穫が見込めるというのであればそれなりに忙しいはずで、ここにいないのも不思議では無い。

(もしかして、ここって宮殿みたいなモノなのかな?)

 エテュセは周囲を見ながら思う。

 広い空間やいかにも地下都市と言う雰囲気の為に、全員がこの洞窟内で生活しているのかと思い込んでいたが、非戦闘員の生活者層と実戦要員である竜との居住区が区別されているのは、考えてみれば自然な事だ。

 アリアドリは素晴らしく友好的な態度を取っているが、女性の声をした竜やセーラムなどの気位の高さを考えると、もしエテュセなら生活区画を別にするかもしれない。

 そういう点からも、ここで行われている政策などはエテュセの考え方と近いところが見て取れる。

「姫様と生産者層の亜人とでは違うんですか?」

 二三一がエテュセも考えていた事を、アリアドリに尋ねる。

「ここへ来た形が違うと言うのが、一番の差ですね。生産者の亜人は、人間から逃げてきたとか、ここへ隠れに来たと言うのに対して、姫様は女王自らが拾ってこられた方です」

 アリアドリが言うには、亜人達がここへ逃げてくる理由が知りたくて、女王はこの谷から出て人里に降りた事があった。

 その時に亜人の小集団と出会った。

 エテュセや二三一が居たところ程では無かったかもしれないが、ここが西の大地である以上、亜人種への差別は少なからずある。

 この竜の谷近辺も比較的亜人への差別が激しく、収容所や研究機関に送る為の亜人狩りが行われていた事もあったと言う。

 研究機関に対しては亜人を売却する事も出来たらしく、それは商売として成り立つレベルの収入も得られた事もあり、その亜人の小集団も狙われたらしい。

 竜の女王は正体を隠していたが、その小集団は生まれたばかりの赤子だったセーラムを女王に預けて、人間の追手と戦い全滅したという。

 竜の女王はその事を悔い、セーラムをとても大事に育てている。

「まあ、その結果が少々ワガママに育ってしまったというワケです」

「少々、ね」

 アリアドリにも立場というモノがあるだろうが、セーラムが竜にとって望む姿には育っていないと思っているようだ。

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