第五話 生命の花-5
「招かれざる客ですから、おもてなしとかはありませんよ」
「そこは期待してないわよ。っていうか、気持ち悪いから。それは怖すぎるでしょ」
彼女はギリクに向かって苦笑いする。
彼女とギリクは野営地でも中心の、代表者用の宿舎にいた。
他の兵士達は簡易テントに対し、それぞれの代表者が寝泊りする場所ということで簡単ながらも建物を建てていた。
真冬の雨や雪の中でそういう事をさせられているという事を考えれば、彼女でも同情したくなるが、彼女が同情しても何も事態は変わらない。どちらかと言えば、彼女はこの状況を生み出した側なので同情する資格も無い。
今この建物の中には、ギリクと彼女の二人しかいない。
いつもならメイドなどもいるところだが、ギリクの手土産が想像を超えた効果を示し、この建物から人がいなくなった上に、集まっていた兵数の八割もいなくなった。
「しかし、貴女が生きているなどとは夢にも思いませんでした」
ギリクはテーブルをはさんで彼女と向かい合い、いつものようにテーブルの上に握り合わせた手を置く。
「幸運、というレベルではない。ついにこの時が来た、という事か」
そう言うと、ギリクは深く息をつく。
「その事を話そうと思って来たのよ、ギリク・トゥリア・エンハンス。西の大地の王家の一族の一人」
「ほう、そこまで分かっていますか」
ギリクは悠然と言う。
「解かりません。何故頭脳明晰で宮廷魔術師の筆頭だった貴方が、禁術によって永劫の呪いを産み出し、無関係な死を積み重ね続けたんですか? 貴方ほどの魔術師であれば、他の戦い方が出来たはずなのに」
「戦いを力で終わらせる、と言う事の意味が解りますか?」
ギリクは目を閉じて言う。
「分かりません。他の連中がどう思うかは知らないけど、私は貴方を正真正銘の天才だと認めている。その貴方にしては余りにも短絡的過ぎるでしょう。貴方なら力に頼らずに戦いを収められたはずなのに」
「買い被りです。もし私にその才能があったとしたら、そもそも戦争にはなっていないのですから。ところで、貴女は戦いを収めるために必要な犠牲は非戦闘員百万人と権力者十人、どちらで戦争は終わると思いますか?」
「終わらないでしょ」
彼女は即答する。
「ほう、それは何故?」
「非戦闘員が何百万人死んでも、権力者には痛くも痒くもない。有力な権力者が十人死んだところで、残った連中が煽り立てる」
彼女はそう言うと、ギリクを見る。
「貴方は権力者全てを殺そうとしたの?」
「違います。それがもし成功してしまったら、私は改革の英雄にさせられていたでしょう」
「そこが解らないところです。貴方なら、それが出来たでしょう?」
「それでは意味が無いのですよ」
ギリクの言葉に、彼女は眉を寄せる。
「英雄が生まれてしまったら、戦いは終わらないのですよ」
「どう言う事?」
「戦いの中で、英雄の様な夢を与える者は生まれるべきではないのです。それに、戦う戦力があるウチは戦いをやめる事が出来ないのは分かっていますね。では戦う指導者がいなくなったら戦いが終わると思いますか?」
「終わるんじゃないの?」
彼女が首を傾げると、ギリクは首を振る。
「亜人収容所の面々を思い浮かべて下さい。例えばメルディスがいなくなったら? 次は貴女の番でしょう。貴女がいなくなったら、次は二三一辺りでしょうか。その次は、四八六か、それともルーディールか、その辺りを担ぎ出す事でしょう」
ギリクは淡々と話す。
「戦いを終わらせる為には、芯からへし折る必要があるのです。その為に必要なのが、犠牲と敵ですよ」
「敵? そんなモノで戦いを終わらせられるって言うの? 案外理想論者なの?」
彼女は呆れて言うと、ギリクは首を振る。
「戦いが行われていると言う事は、二つ以上の勢力があるでしょう。ただ犠牲を出しただけでは、その傷が癒えればまたすぐに戦い始めます。戦いを遮った後、協力しないといけないと思わせないと終わりません。先ほどの例で言えば、収容所の亜人が他の代表を担いででも私と戦う度胸があるか、と言うのが近いでしょうか」
「なるほど、高尚な事で」
ギリクの言葉に、彼女は頷く。
「それで貴方は戦いを終わらせる為に、やむを得ない犠牲を積み重ねてきたと? この流された血は仕方がなかったとでも言うつもりなの?」
彼女の責める言葉にギリクは一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに見る者を不安にさせる笑顔を浮かべる。
「そんなわけがないでしょう。私がこの手段を思いついて実行したのは、殺したかったからに決まっているじゃないですか。やむを得ない犠牲だというのであれば、戦いが終わったあと自決しているでしょう。私には理解できませんが、ね」
ギリクの言葉に、彼女は笑顔で応える。
「あんた、ホントに最悪ね」
これは必要なやり取りである事は、彼女もギリクもわかっていた。
ギリクの行った事は、どんな理由があっても許される事ではない。非戦闘員を含む多数の人間、亜人を虐殺した事が正当化されてはいけない事はギリクが一番よく知っている。
ギリクが最期までそれを貫くためには、徹底的に悪党でなければならない。
その結果、圧倒的大多数を助ける事が出来たとしても、実行したギリクの行動は非難され糾弾され、歴史に汚名を残さなければならない。
それが絶対に正当化されてはならない行動である以上、ギリク自身が正当化されてはならない。その後に第二のギリクが出てこないように。
「私を最悪と言いますが、貴女も大差無いでしょう。実際に同じ事をやろうとしているのですから」
ギリクの言う通り、彼女はほぼ同じ事をやろうとしている。だからこそ分かったのだ。
「一緒にしないでくれる? あんたは結局のところ負け犬でしょ? 私はあんたみたいに呪うのが楽しくて辞められなくなった奴とは違うわよ」
「言うのは簡単だがな、貴様のような小娘が禁術を身に付けた私に勝てるとでも思っているのか? 次はその首を収容所の連中に届けようか」
口調を変えたギリクは右手を向けると、その右手から黒い触手のような物が伸びる。それを彼女は『ナインテイル』で迎え撃つ。
ギリクと彼女はテーブルを挟んで座ったままだが、テーブルの上ではギリクの禁術による黒い触手と、彼女の『ナインテイル』の発輝色の鞭が激しくぶつかり合う。
「ああ、流石に戦える準備はしてきたという訳か。だが、そんな程度でこの禁術『魔獣の落とし子』をどうにか出来ると思っているのか?」
ギリクはこれまでの口調ではなく、露骨に高圧的になる。
「まあ、このまま消耗戦を続けても良いんだけど、周りから飽きられるわよ。何かとっておきは無いの? 私にはあるわよ?」
「ほう、面白い。その『ナインテイル』と昨日から騒がれている程度のモノでは、この禁術はどうしようもないぞ?」
「そんな訳無いでしょ。期待に応られるくらいのとっておきよ。あんたなら、それがどれほどの脅威か知っていると思うけど」
彼女は左手に持つ『ナインテイル』での攻撃の手を緩めず、右手を上げる。
彼女の右手の先の空間が歪み、そこから黒い剣の柄が現れる。
「これが何か分かる?」
「なるほど、そんな物を用意してきたか。『王家の剣』であれば、私も相手にとって不足は無いな」
ギリクの右腕の触手はさらに左肩からも現れ彼女に襲いかかるが、彼女は『ナインテイル』を枝分かれさせて迎撃する。
「悪いけど、禁術ってのがその程度なら、この剣を使うまでも無いわね」
「その剣はお前が思うほど便利な物では無いぞ」
「知ってるわよ。全てを失ってでも勝ちたい者に勝利を与える、呪いの剣」
彼女が右手で黒い剣を空間の歪みから引き抜くと、周囲に物理的な衝撃を含んだ悪意と敵意が吹き出してくる。
「同種の呪いであるこの禁術に、『王家の剣』で勝利を得られるとでも?」
「この剣はさ、そういう問題じゃ無いのよ」
彼女が右手の剣を振ろうとした時、ギリクの全身から弾けるように黒い何かが広がり、建物を吹き飛ばして彼女を包む。
「禁術、『魔獣の落とし子』へようこそ。世界を破壊する事も出来る無差別攻撃を堪能してくれたまえ」
黒い塊の中にギリクの声が響く。
「ワザとなのか、本当に気付いてないのかはしらないけど、あんたは大きな勘違いをしているわね」
黒い塊の中で、彼女は言う。
黒い塊の中は完全にギリクのフィールドであり、周囲全てから黒い触手が攻撃してくるが、彼女も『ナインテイル』を総動員して迎撃する。
長さや太さに際限が無いと思われる『ナインテイル』でも、この黒い塊を貫くことは出来なかった。
全てを一点にまとめて攻撃できれば貫くことも出来たかもしれないが、多角的な攻撃に備える必要があるので、攻撃に回せるのは半数も無い。
この黒い塊は禁術『魔獣の落とし子』の集合体である事は分かっている。『魔獣の落とし子』は一体は人の体内に巣食う程度の大きさの寄生虫だが、これまでに犠牲となった者達から集まった数は数百万単位である。
彼女が調べた限りでは、ギリク・トゥリア・エンハンスと言う人物は、二百年以上前の人物である。
イリーズ達が言っていた通り、その時西の大地は人間と亜人の間で大規模な戦争が行われていた。それが何故始まったのかを正確に記している記録はもう現存していない。だが、その戦争の結果は全ての文献で一つである。
禁術『魔獣の落とし子』による無差別攻撃。
その被害は正確に記されていない。少なくとも戦争を継続させる事は出来ないくらいの被害を与えた事は疑いない。
西の大地の半数とも、八割とも言われる被害を出した、たった一人の魔術師。西の大地における史上最大最悪の虐殺者ギリク・トゥリア・エンハンス。
禁術『魔獣の落とし子』の犠牲者の最期の一人となったイリーズまでに、彼が正確にどれほどの命を奪ってきたかは解らないが、その全てがこの黒い塊として集約されている。
分かりやすい形の呪いと悪意。これがギリクの正体というのであれば、収容所の亜人で戦う事などできるわけがない。
ギリクは人間の枠に収まらない。彼の声が魂を凍らせる冷気を宿していたのも、本性が現れた時に人間離れしていると感じたのも、当然といえば当然だった。
哀れな力の成れの果て。
強大過ぎる力によって戦争を止めた、しかしそれは許されない方法と自覚した、歴史に汚名を残す事を覚悟した呪いの具現。
「哀れね」
彼女は小さく呟く。
求められているのは、同情ではない。ギリクが求めているのは、決定的な、絶対の敗北。
呪いの行き着く先。誰からも褒められない、誇ることの出来ない惨めな敗北こそが、ギリクが求めているものだ。
誰からも同情される事なく、誰も後に続く事が無いように。もう二度と『魔獣の落とし子』という間違った手法を取らないように。
彼は自分の汚名を残す者達を助けるために呪い、拡散させる事で強引に平和を築かせた。
実際に彼の思惑通り、西の大地では亜人と人間は共存しているし、争いの欠片もない。王族はいなくなったが、それでも混乱も無かった。
全てギリクの計算通りに。
だが、彼は英雄には成り得ない。ギリクはあくまでも歴史上最悪の虐殺者として名を残す事になる。
それはもう覚悟の上であり、今さら取り返す事の出来ない事でもある。もしギリクの事を考えるのなら、一刀の元に切り捨て、これ以上の犠牲を産ませない事だ。
「決着をつけようか、禁術の呪いを蔓延させた諸悪の根源」
「言ってくれるではないか。全てを踏みにじって勝利を得る、呪いの剣を持つ者よ」
黒い塊は一気に狭まり彼女を飲み込もうとするが、彼女は『ナインテイル』を振り回して一定の空間を確保する。
「さようなら、ギリク・トゥリア・エンハンス。平和を築いた、認められることのない天才魔術師」
彼女はそう言うと『ナインテイル』をベルトに挟み、黒い剣を両手で持つ。
凄まじい爆発音と共に黒い塊は弾け、彼女の持つ黒い剣はギリクの右肩から胸までを切り裂いていた。
「やはり、その剣には勝てないか」
ギリクは少し笑いながら言う。
「こんな物に頼らないと勝てないのが、情けないわ」
彼女はギリクに向かって言う。
「その剣は誰にでも使える物では無い。それを手に取り、それで敵を倒す事が出来たら、それはもう誇って良い事だ」
ギリクの声からは冷気が消えていた。
ただの疲れた男性の声であり、かつての虐殺者、亜人収容所の所長にして恐怖の象徴と言う名残は無い。
「最期に遺す言葉は無い? 伝え広めるかはともかく、私は覚えておいてあげるわよ」
「二度とその剣は使うな。勝つ為にその剣を使い続けると、引き返せなくなるぞ」
「ええ、分かってる」
「私を倒した女の名前を聞かせてくれないか? 六番でも構わないのだが」
「私の名はエテュセ。私が初めてこの剣で切った敵として、貴方を一生覚えておくわ。ギリク・トゥリア・エンハンス」
彼女はそう言うと剣を振り抜く。
ギリクの体は真っ二つに切り裂かれ、鮮血を吹き出しながら倒れる。
彼女とギリクが話していた建物だけではなく、野営地自体が嵐に見舞われたような惨状だった。
禁術『魔獣の落とし子』は、無敵の強さを誇る。それは何も間違っていないと言えるほど、その力は強大だった。
が、敗因があるとすれば、それは黒い剣だけではなく戦った場所の差も大きい。
基本的には寄生魔獣である『魔獣の落とし子』と戦う場所は、こんな拓けた場所ではなく、助けようとする者の体内で戦う事になる。
そこでこの野営地の様な惨状を作り出す無差別攻撃を行った場合、助けようとした者の体内を破壊する事になる。そうやって力をセーブしなければならない状況を作り出す事も、この寄生魔獣の恐ろしさでもあった。
戦いの終わった野営地を遠巻きに見守っていた残存兵力は、恐怖に彩られた表情で呆然としている。
彼女は黒い剣を異空間に送り、ベルトに挟んでいた『ナインテイル』を左手に持つと、無数の発輝色の鞭を広げる。
「これ以上敵対すると言うのなら、皆殺しにする」
彼女はそう言うと、『ナインテイル』を振り上げる。
「その必要はありません」
恐怖に震える兵士達の後ろから、澄み切った女性の声がする。
亜人収容所で待機して守られているはずのメルディスが、二三一やシェル達十数人に護衛されながらやって来たのだ。
「これ以上、無益な戦いを続ける意味はありません。戦いを望んだギリクの死をもって、この戦いの集結を宣言します。武器を捨て、帰るべきところへ帰りなさい」
「メルディス、ここで情けをかける必要なんてない。ここに残る奴等のほとんどは収容所に関わる連中よ。こいつらは殺されても仕方がない事をした連中なのは、分かってるでしょう」
彼女は敵意を剥き出しにして、兵士達を睨みつける。
絶対の恐怖だったギリクと戦い、最終的には手傷一つ負わずにギリクを切り捨てた人物である。昨日の『ナインテイル』での惨劇もあり、まだ残存兵力の方が亜人達より多いのだが戦意が残っていない状態で、彼女一人を相手にも戦う事など出来なくなっている。
「私の求めるモノは、そう言うところには無いわ。エテュセ、私に従いなさい」
メルディスは敢えて高圧的に彼女に言う。
(分かってくれたか、さすがメルディス)
彼女は心の中でそう言うと、思わず笑顔になりそうな表情を引き締める。
メルディスが宣言した通り、これ以上の戦いや流血に意味は無い。これまでも十分ではあったが、ここから先は戦いではなく虐殺であり、人間と亜人との間により深い溝を築くだけである。
ここで重要になってくるのが、主導者の格である。何があっても侮られる訳にはいかない立場であり、迫害を受けてきた亜人が人間に対して優位に立たなければならない。
彼女はメルディスにその話は出来なかったが、その為だけではない事はメルディスには分かっていた。
人間に対してと同じ様に、亜人に対しても見せておかなければならなかった。
リーダーはメルディスであり、彼女は実行部隊の一人でしかない。どれほどの力を持っていたとしても、彼女はメルディスに仕えているという立場であると全員に知らしめなければならない。
それは二三一やシェルにも話せず、メルディスに堂々と彼女より上位であると示してもらわなければならなかった。
それをメルディスは分かっていたようだ。
誰が一番上かを明確にしておかなければ、内部分裂を簡単に引き起こす事になる。脅威的な戦闘能力を持つ彼女であっても、メルディスに逆らえないというところを見せておくと、他の亜人がメルディスに歯向かう事も無い。
見た目の割に察しの良い二三一は、この二人が演技している事に気付いているかも知れないが、この場にいる者達に上下関係をアピールする事は出来る。
「まだ殺したりないわ」
彼女はそれでも『ナインテイル』を振って威嚇する。
残る兵士の半数近くが逃げ出すが、メルディスは残る兵士達の間を割って彼女に近付く。
「これ以上血を流す意味は無いでしょう。貴女の感情だけで、これ以上の流血は認めません」
メルディスが両手で彼女の左手を包み込むと、『ナインテイル』も消える。
「この戦いは終わったの。戻りましょう、次の戦いの為に」




