遺された声
『イリーズ様、もう始まってますよ?
え? そうなんですか? えっと、まず何から話した方が良いんでしょうか?
イリーズ落ち着け。残したいメッセージを言えば良いんだよ。もし改めて自分で聞く事になったら、本気で死にたくなる様な事を言えばいいんだって。
サラーマ、あんたは黙ってなさい。イリーズ様、彼女への言葉を残してあげれば良いんですよ。
じゃ、気を取り直して。このメッセージを聞いていると言う事は、僕は約束を守れなかったんでしょう。だから、こう言う形で約束を守ろうと思ってウェンディーとサラーマに協力してもらっています。
まず、貴女からの宿題。貴女の名前からですね。ウェンディーからの提案で『エテュセ』という名前はいかがでしょうか。
世界のどこかにあると言われる伝説の花の名前です。生命が生きる事を許さない環境の中にあっても誇り高く咲き、その花は時に猛毒になるそうですが、扱い方によっては死に至る病も治せると言われています。
ピッタリだよな。毒にもなるとか、そもそも扱いが難しいとか。
サラーマ、口挟まないの!
僕にはこんな綺麗な名前は思いつかなかったですから、ウェンディーにお礼を言ってあげて下さい。
あの、イリーズ様、これを聞いていると仮定すると、私も生き残ってない可能性が非常に高いです。って言うより、何かイリーズ様から残してあげる言葉は無いんですか? 私の事はいいですから。
ああ、アイツは意外と生活感無いから、その辺の事は色々指示してやった方が良いと思うぞ?
そうですね。まだまだ冬は始まったばかりです。貴女は体が相当強いみたいですが、風邪には気を付けて下さい。寒いようだったら毛布を足して下さいね。一番上は埃っぽいでしょうから、面倒でも下から使ってください。あと、この部屋には多少の食料の備蓄はありますけど、冬を越せるかどうかですから、足りなければ町に買い出しに行ってもらわないといけません。その辺りを考えて、上手に冬を越えてください。
あと、書庫の方は自由に使ってくもらっても構いません。確か読書が好きだったですよね? もう使う人もいませんから、自由に持ち出してもらっても良いですよ。中には貴重な書物とかもあるかもしれませんから、お金に困った場合にはそれを売って生活費の足しにして下さい。
あ、それから僕の持っていた王位継承の証しであるロイヤルクレストがありますが、これも貴女に差し上げます。コレがあれば王家の人物としてこの地域の評議会に参加できますし、そこで認められれば王家と同等の権力を持てますよ。貴女か、もしくは貴女の選んだ方でより良い世界を求めてください。
ですが、無理はしないで下さいね。貴女は熱くなると周りが見えなくなるみたいなところもありますから、無理したがる様なところが心配です。視野を広く持って、余裕を持って判断材料を集めて、正しい判断が出来る様にして下さい。
人に助けを求める事も忘れないで下さい。一人で出来る事には限界があるんです。全てを一人で背負う必要は無いんです。困った時、苦しい時には人を頼ってくださいね。一人より二人、二人より三人の方が出来る事は多いんですから。
あとは……。
イリーズ、お母さんにみたいになってるぞ? 最期の言葉って言うのはそう言うモノじゃなくてだな。もうちょっと印象に残る事を言ってやれよ。
サラーマ、黙ってなさい。私はイリーズ様の言葉には優しさが詰まってたと思いますよ。、
違う、違うんだ、ウェンディー。男がカッコ良さを残す時には、そう言う日常的な心配事の事じゃなくて、くっさい愛の言葉を残してやるモノなんだよ。聴いてる俺達がうわー恥ずかしい事言ってんなおい、ってくらいちょっと引く言葉を残してやるもんなんだよ。
イリーズ様、間に受けないでいいですよ。
愛の言葉、ですか。確かに僕は貴女と初めて会った時から、何か感じてました。だって空から女の子が降ってきたんですよ?
きっと、何かあると信じてました。
貴女の生命力の輝く姿は眩しくて、僕も何か出来る様な気がして、毎日が楽しかった。
今は後悔してます。
でも、それは貴女を助けた事じゃない。何で僕はさっさと諦めてしまったのか、と言う事です。
貴女と会った時に僕が諦めて無ければ、あの楽しい毎日を今も続けられるはずでしたから。
でも、だからこそ僕はようやく無理が出来るところに立つ事が出来ました。
僕は今更ですけど、何かを拾う努力が出来る様になりました。
ありがとう。
サラーマとウェンディーがいてくれたから、僕はこれまでの事を思い出すと幸せだった事しか思い出せない。二人共、それくらい僕に良くしてくれた。
貴女が出会ってくれたから、僕はもう一度自分の足で立つ事が出来た。
皆が諦めを一切見せないから、僕もようやくもう一度、今度は必死になってでも拾う事が出来そうです。
どうして僕は何もせずに諦めてたんだろう。今はそれを後悔してます。
でも、今はその後悔さえも僕を支えてくれています。
生きていたい。
今は大きな声で言えます。
もう死ぬのを待つだけなんて事は出来ません。サラーマが、ウェンディーが、貴女が諦めない限り、僕も諦めません。
今なら僕も、同じところに立てると思います。
僕も、命を懸ける。
サラーマとウェンディーも協力してくれてます。
こんな物を用意してもらってますけど、僕は必ず約束を守る為に、貴女を待ってます。
知ってますか? 東にはもっと大きな世界が広がっている事を。
生命の花だけじゃない。竜の様な伝説の生き物も実在するんです。
夏には海にも行きましょう。
世界を分断する壁を超えて、その向こうにいる貴女の友達も誘って、馬車に乗って、皆で行きましょう。
待ってます、貴女の帰りを。
何時までも。それが一週間でも、一ヶ月でも、貴女の帰りを待ってます。
その時には僕の方から、貴女へお願いがあります。
僕と一緒に行ってもらえませんか?
呪いを解いて、元気になって、この狭い世界から外へ行く時、一緒に行ってくれませんか? 僕とサラーマとウェンディーと貴女で、一緒に世界を見て回りましょう。
もし壁の向こうで戦争を起こしているのなら、それを収め、僕達が楽しく過ごせる様に。恨みや呪いが蔓延しているのなら、それさえも払える様に。
今なら、貴女となら出来ると思います。
いいぞ、イリーズ! よく言った! 俺が女なら惚れてるね!
サラーマ、台無しよ!
うわ、なんか熱くなって色々言わせてもらいましたけど、結構恥ずかしいですね』
「どうだ、もう慣れたか?」
「あんた以外には慣れたと思うけどね」
空を見上げていた彼女は、『銀の風』に向かって答える。
「ソレをまた聞いていたのか?」
「安心するのよ。私のやった事は無駄じゃ無かったって思えるから」
そう答えながら、彼女は黒い結晶をコートのポケットに入れる。
冬の終わりも近付き、まもなく短期間の春が来る。
「三人共、仲が良かったようだな。日記にもそのような事が書かれていただろう?」
「ええ。私は結局異分子のままだったんじゃないかと、ずっと思ってた。あの城で私が拾われた事は、皆にとって不幸だったんじゃないかと思ってた」
彼女は空を見ながら言う。
どんよりとした重い色の空は、雪ではなく雨を運んできたものだろう。
「雨が来るみたいだな。まもなく冬も終わりという事か。どうだ、望む生き方は出来そうなのか?」
「ま、そうね」
彼女は見上げたままで、苦笑いする。
この数ヵ月、ここで力を得たのは分かっている。
厳密にこの場所が地図の何処に描かれている場所なのかは、彼女にも分からない。
だが、体感温度や気候などは住み慣れたものと大差無いので、収容所でいうところの呪われた大地だろうと思っていた。
そこで彼女は『銀の風』を相手に、凄まじい力を身につけた。
「亜人を助けに行くのか?」
「助けに、っていう訳じゃ無いわね。私は私のワガママを貫くだけよ」
「動くか」
「もう、後悔したくないからね。イリーズは後悔さえも貴重な宝に感じられる程の人だったみたいだけど、私はそこまで大きくなれないから、ただワガママを通したいだけ」
彼女はそう言うと、軽く右手を上げる。
それに合わせて、一体の翼手竜が降りてくる。
「ソレで良いのか? お前ならもっと上級の竜を使役出来るだろうに」
「意味が無いわ。私を運んでもらうだけなんだから、彼で十分よ」
彼女はすぐ側に降りてきた翼手竜を撫でる。
黒い翼手竜は、彼女の手に頭を寄せて甘える様な仕草を見せる。
「驚く程懐いているな。竜と言う生物は力を持つ者に頭を垂れると言われているが、私であってもそこまで懐く事は無いだろう」
「多分、そう言う事じゃないと思うわよ。彼は戦士なんだと思う。私が戦場へ向かう事を知っているのよ」
彼女の言葉に『銀の風』は頷く。
「なるほどな。監視者である私が戦場へ向かう事など無い。あったとしても最前線に立つ事は無いだろう。だから竜としては物足りないのか」
「私達はそう言う生き物なのよ」
その言葉の後、彼女は頭を垂れた翼手竜に乗る。
「私達は最前線で血を浴び、無念と恨みをその身に蓄積させる事で生きている実感を得る、魔物と同等の生き物なの。あんたとは違うわ」
「そこまで卑下する事も無いだろう」
「うん? 私はこの生き方に誇りを持ってるわよ? 私は生き延びたんじゃないくて、生かされたんだから。この際、この身に溜められるだけの呪いを集めてみようと思ってるの」
そう言うと彼女は、もう一度空を見上げる。
「そう言う生き方をしている男を一人知ってるわ。真実を隠して、その身に呪いと恨みを集め続けている生き方をしている男がいるの。私はもう一度、ゆっくり話したい。お互いに命を賭けた、対等の立場で、等価の言葉で話したい」
「ほう、面白い事を言うのだな」
「あんたの受け売りだけどね」
彼女がそう言うと、翼手竜が大きく翼を広げる。
「ありがとう。もう二度と会う事は無いでしょうけど」
「そうだな。私は本来監視者であり、黒い剣の所有者の行動を記す事が役目だ。その者が何をしようと私には関係の無い事なのだがな」
そう言いながら、『銀の風』は彼女に様々な事を教え、共に生活してきた。
ただ監視しているだけの立場であるはずの『銀の風』だが、イリーズの死に立ち会ったというだけで、彼女を拾い上げてきた。
暖かみに欠け、相手を思いやる心とは無縁ではあったが、それでもただその場に居合わせただけにしては、十分過ぎるほど面倒を見てもらったと彼女は感じていた。
収容所やイリーズ達と共にいた頃と比べると、彼女の戦闘技術は劇的に跳ね上がり、『銀の風』の評価では、彼女一人で天空の騎士の一団に匹敵すると言われている。
もっとも彼女は比較されている存在の事をよく知らない。
サラーマは自身をそう言っていたし、銀仮面のラナフリートや『銀の風』と共に暮らしていた時に同じ様なマントや装備の者を見かけたので、それが天空の騎士と言うモノだと予想は付けている。
しかし、そのメンツと戦闘行為を行った訳ではないので、一団と同等と言われてもピンとこない。
その上、彼女の戦闘能力の大半は使用している武器に支えられていると言う事も、自覚している。
それでも構わない。
彼女は何も戦士になりたいと思ったわけでも、強い敵と戦いたいと思ったわけでもない。
今の彼女が戦い、勝つべきはただ一人。
彼女の思いを感じたのか、翼手竜は羽ばたき宙に舞う。
「さあ、行ってこい。『生命の花』の名を広めるがいい」
飛び立つ彼女に、『銀の風』はそう呟いた。




