第三話 終わりを待つ日々-10
「花火やろうぜ、花火!」
食事会も終わって解散になろうとしていた時、サラーマが主張する。
「花火って、この真冬に?」
ウェンディーが呆れて言うが、サラーマは勝ち誇った様にニヤリと笑う。
「季節なんて、そんな小さい事は気にするな。俺は花火が大好きだ。なあ、お前だってそう思うだろう?」
「花火って何?」
サラーマに話を振られて、彼女は首を傾げる。
その質問を待ってましたとばかりに、サラーマは彼女の肩をバンバンと叩く。
「ほら、壁の向こうでは無い文化みたいだし、超面白いって事を教えてやろうじゃないか。異文化に触れる事は良い事だぞ?」
「私はいいけど、イリーズはそろそろゆっくり休んだ方が良いんじゃない?」
彼女が心配そうにイリーズを見る。
「僕も花火は大好きですよ。冬に花火もイイモノですから」
「ぃよっしゃあ! 花火やるぞ、お前らはどうする? 一緒にやるか?」
サラーマが飛び回って亜人達に声をかけまくり、最終的に二十人以上の亜人達が参加する事になった。
参加者達は一斉に食堂から宿の前に集まる。
一時的に営業妨害じみた行為になってしまうので、ウェンディーが宿に謝り倒している。宿の方も好意的に受け取っているので、簡単に話は付いたみたいだ。
外には既に大量のスティック状の花火が用意されていた。
「こんな事もあろうかと、俺が前もって準備させていたんだ」
「どんな事を考えながら、前もって行動させてたのよ」
自信満々のサラーマに対し、ウェンディーは深々と溜息をついて呆れている。
「普通に考えたら、こうはならないでしょう?」
「それを予測するから凄いんだろうが」
「大体、こういうのってあんたの得意な魔術で似たような事できるでしょ?」
「アレは見るモンじゃねえからな。ド派手に打ち上げたって綺麗でも面白くも何ともないんだよ。いいから、ウェンディーはいいから、ちょっとこれ持て」
ウェンディーと口論していたサラーマはそれを切り上げて、彼女にスティックを一本持たせる。
「え? ちょ、何? 何されるの?」
「心配すんな。危なくねえから。マジで危なかったりしたら、イリーズがあんなにこやかに見守ってるわけねーだろ?」
それはそれで違う理論な気もするが、説得力はあった。
サラーマは彼女に持たせたスティックの先端に火を点ける。
その直後、彼女の持つスティックの先端から色取り取りの火花が噴出されるのを、彼女は驚いて見入っていた。
「見ろ、これが花火だ。超面白いだろ? しかもほら、こうするともっと楽しくなる。うひょー!」
サラーマは両手に持つステックを振り回しながら言う。
他の亜人達も手に花火を持ち、冬の夜を一瞬の火花が華麗に彩っている。
「知ってるか? 何かの記念日には花火をするんだぞ。覚えておけよ?」
「嘘だからね。コイツがただ好きなだけよ」
サラーマから間違った知識を植え付けられない様に、ウェンディーがすぐに訂正する。
彼女はその言葉に反応出来なかった。
初めて見る花火の華やかさに、目を奪われていたのだ。
「あんまり火花を凝視してると、目が痛くなるわよ」
ウェンディーが彼女に注意する。
「イリーズは良いの?」
「ええ。僕は見ているだけで楽しいですから」
イリーズは言葉通り、本当に楽しそうに花火をしている亜人達を見て微笑んでいる。
楽しそうな笑顔のイリーズを見て、彼女は不吉な儚さを感じた。
まるでこの光景を二度と見れないため、忘れない様に目に焼き付けているかの様な、この花火と同じ様に消えてしまいそうな表情だった。
「イリーズ?」
「楽しんでますか?」
「え? う、うん。イリーズは?」
「楽しそうな人を見るのが好きなんですよ」
イリーズは笑いながら答える。
サラーマが集めてきた花火も、人数が多かったので一時間程で終了した。後片付けは寒さに強い亜人がやっておくと言い出したので、そこは任せて彼女達は部屋に戻る事にした。
「あー、目がチカチカする。でも、凄く楽しかった!」
「だろ? これからは記念日には花火をするぞ」
「あんたがやりたいだけよね?」
「まあ、細かい事は気にすんな。俺は花火が大好きなんだ」
「イリーズ様、お体が冷えます。部屋に戻りましょう」
「そうですね。さすがに今日は疲れましたから、もう休ませてもらいましょう」
イリーズは苦笑いしながら立ち上がるのを、彼女はすぐに手助けしてイリーズを支える。
改めて見ると、さすがにイリーズには疲れが見える。
元々ここに着いた時には疲れが見えていた。それをここまで嫌な顔一つせずに付き合ってくれたのだ。
ウェンディーとサラーマが手配した部屋に着くと、彼女は扉を開ける。
そこは部屋の真ん中に巨大な天蓋付きのベッドがある部屋だった。
「この部屋は?」
「宿の娘さんから言われたんです。宿泊は男女の二人で、一部屋で良いって伝えると、この部屋がオススメだそうです」
「ああ、俺が見てた宿泊客も、男女の二人組は大体こんな部屋を利用してたから、多分宿のオススメ部屋なんだろう」
サラーマはワザとかもしれないが、ウェンディーは言われるがままにそれを信じて、本当にこの部屋が宿のオススメだと思っているらしい。
「へえ、さすがに宿のオススメ部屋なだけあって、大きな立派なベッドね。二人どころか、ベッドの面積を有効活用したら六人くらい寝れるんじゃない?」
彼女はベッドの感想を言う。
この部屋は寝る為の部屋なのだ、と言う事は彼女もよく分かる。
少なくともここまで豪華なベッドは、収容所の中には無かった。
「イリーズ様、お疲れでしょう? 良い部屋らしいですから、きっとぐっすり眠れますよ」
ウェンディーの善意の言葉に、イリーズは苦笑いする。
一応イリーズも年頃の少年なので、こう言う部屋の目的の話は聞いた事があるのだが、彼女やウェンディーはソレを知らないらしい。
「そうですね。今日は楽しかったので、ついついはしゃいでしまいました。皆も疲れたんじゃないんですか?」
「私は大丈夫ですよ」
「イリーズ、風呂用意してやるから、それまで起きてろよ。風呂に浸かって体を温めてからの方が、疲れはとれるはずだ」
「あ、じゃ私も」
彼女がそう言うと、イリーズ、サラーマ、ウェンディーの三人は驚いている。
「え? 何?」
「一緒にって、俺がネタ振る前に言うって事は本気か?」
「え? 何? 何か変な事言った?」
彼女としては湯浴みは集団で行うものだと思っていたし、収容所でくらいしかその経験が無い。街を逃げ回っていた時には、湯浴みなどする余裕が無かった。
「一般的には異性とは一緒に入らないモノなのよ。特にイリーズ様とかの年齢だと、別々に入るモノなんです」
「へえ、そうなの。じゃ、待ってますね」
ウェンディーに言われて、彼女とウェンディーは部屋で待つ事にした。
「私、本当に常識が足りないみたいね。今後も色々教えてね、ウェンディー」
「ええ、協力させてもらいます」
彼女にとって初めて訪れた、他の人にとっては平凡な、それでも幸せな日々。
順応性の高い彼女は、その幸せに戸惑いながらも柔らかく温かい日々を甘受する事に躊躇いはあったが、それもでかつてない幸福を感じていた。
だからこそ、彼女の明晰なはずの頭脳は、ここで働きを止めていた。
彼女が収容所の時と同じくらい、しっかりと頭を働かせていれば結果は変わったかもしれない。
それは誰よりも彼女が悔やんだ事だった。
そう、明日は必ずしも今日と同じ日が来るとは限らない事。それは、彼女にとって常識のはずだった。
この日が彼女とイリーズが共に町を歩いた、最初で最後の夜だった。




