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生命の花 改訂版  作者: 元精肉鮮魚店
第一章 世界の果てに咲く花

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第二話 蜂起-3

 四の少女の性格を考えれば、二三一の言う様な伝言を残している事も有り得ない訳では無い事はわかる。しかし、それだけで二三一を全面的に信用出来る様になるわけじゃない。

 この場にメルディスや四の少女がいて、信用を保障するといわれても、今日初めて会った人物にいきなり全てを委ねる事は、そうするしかないくらいに切羽詰った状況でないと、出来るはずもない。

「いい答えだ。そう簡単に信用してたら、成功するものも失敗する」

 二三一なりに、六の少女を試していたようだ。

「それじゃ、当たり障りの無い話をしよう。この収容所に亜人を集められている理由は知っているかい?」

「不死王伝説のせいでしょ? 不死王だか四天王だかが亜人だって聞いてるけど?」

「表向きにはね。その研究をしている機関はあるし、今まではそうだと信じられていたけど、はるか東の国で四天王『破壊』を宿した武器が見つかったらしい」

 二三一は神妙な話し声で言う。

 収容所の居残り組は見目麗しいだけではなく、魔術の適正が高く、頭脳も明晰な人物も多いが、収容所に隔離されているために世間の事に疎い。一方強制労働組は常に命の危険にさらされているものの、人間と同じところで仕事する事になるので、収容所の外の情報は居残り組より圧倒的に多く手に入る。

 二三一の話では、この収容所は世界の西側の国にある。

 今までは中央都と呼ばれる国が世界を統治していたらしいが、東の国が武力によって中央都に侵攻。それによって世界は戦争状態に突入したという。

 この亜人収容所は、最初は不死王研究の為の研究材料を集める事が目的だった。

 しかし世界の情勢が変わってきて、この亜人収容所は遠からず亜人による傭兵派遣所に様変わりする事になるという。

 今の強制労働組は近接戦用の戦力として、居残り組は魔術による遠距離、サポート組の戦力として派遣される予定らしい。

「だから、君みたいな特殊な亜人は貴重なんだよ。ところが、いざオークションという時に君は生死を彷徨っていた状態。所長は顔を潰された事になったから、虎の子の一人だった四番を手放す事になったみたいだよ」

「どう言う事? 四番って何か特別だったの?」

「まずは見た目の良さ。メルディスは特別ではあるけど、四番だって十分美人だっただろ? その上で四番は魔術の資質でもメルディス並みだったそうだよ。つまりこの収容所の亜人の中では、メルディスに匹敵する優秀な亜人だったわけだよ」

 そうは思えなかったが、考えてみると四番は十一、十二の獣人姉妹と比べるとこの施設を恐れている様では無かった。また、部屋にいる事の少ないメルディスの代わりに部屋の亜人達をまとめていたフシもある。

 ただ、この情報は思いのほか大きい。

 メルディスが他の亜人達の様に取引に使われない事は、六の少女も知っている。

 今回所長は目玉商品だった六の少女を客に見せる事が出来なかったために、虎の子と言える四の少女を手放す事になった。

 ボロボロにされたとはいえ、これは収容所に残るにはかなり有効な手段だった様だ。その上所長の顔に泥を塗る事さえ出来たほどだ。

 所長の雰囲気から考えれば、呼んだ連中を黙らせる事に手段を選ばず、力で解散させる事もでやりそうだが、意外なほど平等性を強調する性格なのでその辺りもこだわりがあるのかもしれない。

 だとしたら、それにつけ込まない手はない。

「戦争って、全国で起きてるの?」

「今は色んなところへ飛び火しているって言ってたよ。俺も詳しい事は分からないけど、東の国は中央都へ侵攻、南の国は南の国同士で争ってるそうだ」

「西側に即戦火が及ぶってわけじゃないのね」

「どうだろうな。西も小さい国や地方都市の集まりだから、いつ内戦状態になってもおかしくない。所長は顔の広い人だから、傭兵派遣会社はさぞかし儲かるだろうな。俺達の待遇も変わるかもしれない」

 二三一はそう言うが、本心からそう思っていない事は分かる。

 もしこの地方で傭兵派遣会社を始めたとして、亜人の役割は囮や壁役である。結局のところ死に至る戦いに放り込まれる事は間違い無い。

 そうやって派遣する亜人がいなくなった頃には、所長は大金持ちだろう。

「君なら乗っ取れるんじゃないかい?」

「無理よ。他の奴等ならともかく、所長の裏をかくってのは簡単じゃないわ」

「だよな。俺も所長には何回か会った事あるけど、あの人化け物だよな。見ただけで怖いのに、声までかけられたら逆らえないもんな」

 二三一は頷きながら言う。

 二三一は大柄で、長身のスパードより背も高く、体付きも大きい。腕力で言えば所長など問題にもならない様に見える。それでも声だけで反抗心を抑えられる。

 六の少女も色々話は聞いてみたが、所長の直接の暴力を受けた人物は圧倒的にごく少数であり、今の収容所では六の少女だけである。

 他の亜人達は所長のところに引き出される程大きな問題を起こしていない事もあるが、所長から直接恐怖を与えられなくても、十分に恐怖で抑えられていると言う事でもある。

 今は片足の六の少女が収容所内をウロウロするたびに、収容所内に所長の恐怖を植え付ける事にもなっていた。

 下手に逆らうと、片足は杖になる。

 それを目の前で見せられて、自分も同じ様になろうと思う者はまずいない。自分ならもっと上手くやれると思う亜人はいるかもしれないが、リスクを前面に出されては実行に移す事もためらわれる。

 自身が意図せずに、六の少女は所長の手先として亜人に恐怖を植え付ける事に手を貸していたらしい。

(いや、所長にはその意思があったんだろう。私は捕まえる時逃げ回ったから機動力を奪う為に足を奪ったと思ってたけど、所長はこれで私が大人しくなるとは思ってなかったみたいね。ワザと目立つ罰を与え、それでも行動の自由を与えたのはそういう事か)

 悔しいが、所長の方が一枚上手だと認めざるを得ない。

 本当に最初からそこまで考えていたかは分からないが、亜人達への恐怖の演出に六の少女が利用された事は、間違い無いのだから。

 とはいえ、それは諸刃の剣でもある。

 六の少女はそれでも折れていない事を全員が知っている。だからこそ必要以上に恐れられ警戒もされているが、本人が宣伝しているわけでもないのに知名度は上がっている。

 良くも悪くも、収容所の中では『六の少女が何か起こす』と言う認識は、ほとんど全員が持っている考えである。

 六の少女はそれを企んでいるのだが、期待されるにしても警戒されるにしても、あまり注目されても動きづらい。

 なので今は『何か』以上の情報を与えるわけにはいかない。

 いずれメルディスと、この二三一には協力を要請しなければならないが、今は強制労働組でもそれなりに発言力のある二三一と接点を持てただけで良しとする。

 六の少女が完治するのは、早くても夏。その時期にはまだ動くわけには行かない。

 最悪、今回と同じ様な怪我をする事になる。

 最後まで上手くいってこそだが、そのどこで躓いても命の危険は避けられない。

(勝負は始まったばかり。一つ障害は超えたけど、まだまだ私には超えないといけない障害がある。油断は出来ないわ)


 六の少女の戦いは正にここからだった。

 六の少女に暴行を加えた所員の三人は、所長に呼ばれたものの実質お咎めなしだった。

 罰せられないとわかった所員達は、これまで警戒し続けていた六の少女が所長のお気に入りというわけではない事を知った結果となった。

 それからは事あるごとに六の少女への嫌がらせや暴行が行われる事になった。

 そこで大人しくしていれば、六の少女も他の亜人と同じという扱いになっただろうが、六の少女は徹底的に抵抗したため、頻繁に生死を彷徨う事にもなっていた。

 そのため所長は研究機関に六の少女を見せる事が何度も延期となり、最終的にはスパードの仕事の中に、六の少女に他の所員を近付けないという事が加わる事になった。

 だが、この時の六の少女の行動は居残り組の亜人達には明確なメッセージとして伝わる行動でもあった。

 彼女が暴行を受けた時は、他の亜人の少女達が本来なら受けるところを六の少女が肩代わりしていた事を、全員がわかっていた。

 六の少女は他の力の無い少女達を、身を挺して守ってくれていた。

 居残り組は全員がそう思っていた。

 それが六の少女の狙っていた事だと見抜いていたのはメルディスくらいであり、メルディスからは秘密の会話でそこまでしなくても皆は協力してくれると言われてはいたが、六の少女はギリギリまで亜人達を庇い続けた。

 彼女にとって重要なのは、庇ってきた亜人の少女達では無く、あくまでもメルディスの信頼を得なければ意味がなかったのだ。

 全てはその為に身を削り、命を賭けてきた。

 亜人の一斉蜂起の為に、何よりも必要な駒。それを用意出来ない限り、勝ち目どころか戦いを始める事さえ出来ない。

 メルディスの信頼を得る努力はしてきたが、六の少女はそれを実感出来ないでいた。


「あれ、メルディス。久し振りね」

 スパードと共に図書室にいた六の少女は、図書室にやって来たメルディスを見つけた。

 所員達が六の少女に近付く事を禁じられてから、メルディスも六の少女に近付く事が出来なくなった。

 こうやってメルディスと会うのは二週間ぶりになる。

 今では六の少女は寮の部屋では無く、スパードの部屋で眠っている。その方が双方にとって安全であるとの判断のためでもある。

 季節はすでに冬に入りつつある。

 過ごしやすい季節のほとんどを六の少女は生死をさまよい、診療所で過ごす事になった。

 怪我をしては診療所へ送られると言う事を繰り返していたため、それまでに数回研究機関の者が商品を見に来たらしいが、それは全て流れていた。

 今となっては、この冬が今年の最後のチャンスである。

 所長はその為に所員達を六の少女から遠ざけると言う、ある意味では消極的な行動までとったのだ。

 そこへメルディスがやって来た。

「私も、もうすぐ終わりですね」

 六の少女がそう言うと、スパードもメルディスも驚いていた。

「誰でもわかるでしょ? これまで視界にさえ入ってこなかったメルディスが、わざわざ声までかけに来たんですから。それって私を隔離する必要が無くなったって事でしょ? これまでの事から私にはギリギリまで教えないでしょうから、明日ですか?」

「さすがだな」

 誤魔化す必要も無いとばかりに、スパードは六の少女に言う。

「じゃ、今夜は寮に戻れるんですか? 久し振りに皆にも会いたいし」

「今日は身請けの宴がある。食堂を開放して、皆と夜を過ごすが良い。ただし、大人しくしている事だ」

「そりゃ、私だって最期の夜くらい大人しくしてますよ」

 心外だとばかりに、六の少女は表情を曇らせる。

 しかし、スパードもメルディスも六の少女の答えに苦笑いしている。

 二人共この六の少女が大人しくしているとは思っていない。それでもこれまでの様な張り詰めたモノは無く、悠然としている姿は嵐の前の静けさだと言う事もわかる。

「最期だなどとは思っていないのだろう」

 スパードの言葉に、六の少女は肩をすくめる。

「最期の様なものだとは思ってますよ? ただ、最初から諦めるつもりは無いって言うだけです」

 六の少女は笑いながら答える。

 諦めるつもりが無い事は、今さら六の少女が宣言しなくても収容所の全員が知っている。彼女は徹底的に抗う者であり、諦めるという様な潔さは持ち合わせていない。

 全ては抗う為に。

 六の少女はその為に、自らの身を犠牲にしてきた。出来うる限り、収容所の亜人を助けてきたつもりだった。

 もちろん助けられない命もあった。六の少女の計画の為、見殺しにしてきた者もいた。

「スパードさんを敵に回したくないから話しますけど」

「いや、話すな」

 六の少女が話そうをするのを、スパードは遮る。

「知ってしまえば、俺は所長から尋ねられた時に答える義務がある。知らなければ、答えようが無いのだからな」

 スパードはそう言うと、立ち上がる。

「今日は終わりにしよう。だが、最後まで騒ぎは起こすなよ。その時には、俺はお前達の最初の敵となる」

「分かってます。基本的にはどいつもこいつも皆殺しに出来ますけど、スパードさんに怪我でもさせたらメルディスから何されるか分かりませんからね」

「なっ! 何を言ってるの?」

 顔を真っ赤にして、メルディスは慌てている。

「今さら何言ってるのよ。四番どころか、あの十二番だって言ってたわよ? もうバレバレなんだから、隠したって無駄無駄」

「はしゃぐのはまだ早いぞ。夜にはその時間が来るのだから、まずは義務を果たしに行くぞ。メルディス、準備の方は任せる」

 スパードはそう言うと。六の少女を伴って所長室へ向かう。

 六の少女の扱いが変わったとはいえ、図書室でスパードと過ごした時にはどの本を読んだのかを所長に報告する義務があるのは、変わっていない。

 動く事にも苦労していた時には六の少女は杖を持つ事を許されていたが、杖が無くても立てる様になった時に奪われていた。

 片足が木の杖である六の少女は、ただ歩くと言うだけでも常人より苦労しているはずだが、それを感じさせないどころか長身のスパードの歩調に合わせて歩いている。

 六の少女は普通にやってのけるが、これが意外とツラい事を知っている者達は、これだけで六の少女の凄さが分かる。

「失礼します」

 スパードは所長室の扉をノックして入ると、所長はいつもの様に机の上に軽く手を握り合わせた状態で待ち構えていた。

「明日の身請けの話は聞きましたか?」

 相変わらず魂まで凍えさせる様な声だが、六の少女は以前ほど恐れていない。

 打てる手は全て打った。後は能力勝負というところまで来ていると、六の少女は考えていた。

「これが本日の分です」

 六の少女は金色の目を、真っ直ぐに所長に向ける。

「今日も随分と読んだものですね」

 所長はそう言うと、六の少女から受け取ったメモを見て言う。

 六の少女が記入したメモは、今日一日だけでもかなりの量だったが、これまでの分全てを見ると、あの大きな図書室の半分近くに目を通しているかと言うくらいのメモの量になっていた。

「役に立ちましたか?」

「まだ分かりません」

 所長の言葉に、六の少女はあえて挑発的に答える。

(所長は長引かせるつもりはない。この冬、明日が今年最後の商談のはず)

 六の少女としては、そこに確信を得たかった。

「私を挑発しても何も出ませんよ」

 所長は六の少女の金色の瞳をまったく気にせず、さらりと流す。

「通例では、身請けの前日には亜人達で送らせるのですが、貴女にはそれが必要無いのではないかと思っています。どうでしょうか?」

「私個人の意見ではどうでも良いと思っていますが、そう言う事でご自身がお決めになった事を変えるのをお望みでは無いのでは?」

 六の少女がそう答えると、所長は薄く笑う。

 作り物の様な無表情だった所長が見せた表情は、六の少女に本能的な恐怖を感じさせた。

 何か自分は大きな間違いをしているのではないか。目の前の男は、人間に見えるがそれは見た目だけの話で、まったく別の何かではないのか?

 六の少女はその不安を飲み込む。

「良い答えです。では通例通りにしましょう。ですが、通例では騒ぎを起こす事は許していませんので、それは守らせます」

「はい。私は一言アイサツ出来れば、それで十分です。ほとんどは知らないわけですので」

 六の少女がそう言うと、所長は小さく頷く。

「このメモですが」

 所長は六の少女の読書記録を持ち上げる。

「役目を終えました」 

 そう言うと、所長の手の中にあった大量のメモは、一瞬で炎上して灰になる。

「明日の朝、迎えを行かせます。これ以上問題を起こす様な事がありましたら、私も寛容ではいられない事は知っておいて下さい」

 所長の言葉に六の少女は頷く。

「では、明日会いましょう」

 所長は手で払う様に六の少女を退室させ、スパードと明日の事を話し合っていた。

(ここまでは予想通り。アレを処分した事で私の計画を潰したと思っているのなら、私の勝ち。明日会う事はないわよ)

 六の少女は所長室を出た時、そう考えていた。

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