第二話 蜂起-4
亜人達が送る宴、と言っても用意出来る食事と言えば、一人ひと切れの謎の干物である。
この日を特別とするなら、この身請けの前日にはハチミツをお湯で溶かした飲み物が出るというくらいである。
それも別にアルコールの類ではない。ただ、僅かに甘い味の付いた飲み物である。
しかし、甘い味というものが収容所では特別であるため、亜人達も仲間との最後の夜という特別な時間と言う印象を与えられる。
そんな中でも六の少女の存在感は、圧倒的だった。
収容所の中でも何か起こすとされた六の少女だが、結局何も出来なかった消失感。何も変わらない、これからの恐怖の毎日が戻ってくるという諦観が広がっている。
「明日、六番が引き取られる事になりました。皆さんで送り出して下さい」
メルディスの言葉は、送り出す時の定例になっているようだ。
「では、六番にアイサツをもらいましょう」
メルディスに水を向けられ、六の少女は鼻の頭を掻く。
「アイサツって言われても、私もここには半年近くいたけど、今日初めて会う人も多いから何から話せばいいのか」
「気取ったところで言葉は出てこないんだし、歌でも歌うか?」
面識のある強制労働組の大男、二三一が冷やかすと、六の少女は苦笑いする。
「歌も知らないからね。まあ、私の事を知ってる人達はこれで静かになると思ってるでしょうから、期待に答える様にしましょうか」
六の少女はそう言うと、自分のアイサツは終わりだという様にメルディスの方を向く。
この言葉の真意に気付くのは、この場では二人だけで良い。
メルディスと二三一。
六の少女がそう思いながら二三一の方を見ると、彼は分かっていると言う様に小さく頷いてみせる。
メルディスも小さく頷き返す。
そうして、ささやかな宴が始まった。
六の少女は、収容所内の知名度の割に他の亜人達との接点が極端に薄く、居残り組であってですらほとんどが彼女と言葉を交わした事が無い。
もう収容所にいない、旧四の少女モーリスほど露骨に好奇心旺盛な亜人は少ないが、それでも興味のある亜人は十人どころではない。
強制労働組も六の少女には興味があるようだが、大半は居残り組の亜人との交流を深めている。
「大人気だったな」
「久し振り、まだ生きてたのね」
「お互い様だ」
ようやく開放された六の少女のところに、二三一が来る。
「明日の事を少し聞きたいんだが」
「明日? 詳しくはメルディスが知ってると思うよ?」
「どう言う意味で?」
六の少女と二三一のところにメルディスが来て尋ねる。
「だって私、明日は朝から迎えに来るって事しか教えてもらってないから」
「ああ、そういう事。それならちょっとは答えられるわね」
メルディスはそう言うと、明日の朝の段取りを話す。
早朝に六の少女は呼び出され、沐浴で身を清めて服を着替える。さすがにこの収容所で着せられているボロボロの擦り切れそうな服では、表に出せないらしい。その間、所長は研究機関からの来客を迎える為、収容所から外へ出る。
通常なら所員は寮の警戒を行うのだが、相手は六の少女である。彼女は研究機関の方を攻撃してくる恐れがあるので、通常より外側への護衛を強化しているので、寮の警戒にあたる所員は通常の三分の一まで減る事になる。
(食いついた)
六の少女は手応えを感じていた。
六の少女が図書室で読んだ本の中には、禁書に当たる魔導書の類も含まれていた。
そういう本が図書室の本棚に無造作に置いてあった事は無用心の極みだが、六の少女はあえてそれをメモに書き込んでいた。
その気になれば遠距離攻撃も出来る、その可能性を所長に考えさせる餌を蒔いていた。
ごく僅かなヒントではあったが、所長なら必ず気付くと思っていた。
もし、外の護衛を考えなければ、六の少女は研究機関を攻撃するつもりだった。それにより、所長が研究機関を裏切った様に演出しようとしていたのだ。
それは難しくなったが、その分、亜人達による一斉蜂起の成功の可能性は大きく跳ね上がった。
元々収容所の中は所員より亜人の方が多く、真正面からぶつかり合った場合には亜人の方が圧倒的に強い。
これまで行動に移らなかったのは、一つには所長が近くにいては犠牲が多くなる事。もう一つは援軍の事。
所員と研究機関の人間でも、集まった者達だけならいつでも蹴散らせる。しかし、その後の警備兵や軍隊に出てこられては殲滅されるのは避けられない。
だが、今なら行ける。
所員を蹴散らし、研究機関が援軍を要請し、軍隊が装備や出撃準備を整えて援軍に来る頃には季節は真冬になっている。
重装備で数百人の兵隊が真冬に行軍するなど、常識的に考えて有り得ないし、現実的に不可能なはずだ。
冬の間に逃走計画を立て、春になって軍隊が来る前に収容所を放棄して散り散りに逃げる。
計画を成功させるために努力をしてきたが、すべてが計画通りに動いている。
計算違いがあったとすれば右足を奪われた事だが、それによって所長にも油断が生じていたと考えれば、支払う必要のあった犠牲だと思える。
「明日って、そういう段取りなのね。じゃ、メルディスに従ってね」
六の少女は二三一に言う。
亜人がほぼ全員集まっているこの食堂が、見張られていないはずがない。会話も所長がチェックしている事を考えると、うかつな事は言えない。
「メルディスは」
六の少女が尋ねようとするのを、二三一が遮る。
「案外、あんたとメルディスさんは似た様な性格なのかもな。考えの全てを表に出さないところとか、意外と手段を選ばないところとか」
二三一の言葉に、六の少女はちょっと驚く。
メルディスはとことん従順な性格で、この収容所の亜人をまとめるには理想的な人物なのだと思っていたが、実はちょっと違ったらしい。
夜中になって解散になり、六の少女とメルディス、十一、十二の四人は久し振りに寮の同じ部屋へ行く。
新たな四番は収容所にもいるのだが、メルディスと同じ部屋にはならなかった。
「確認させてもらっていい?」
六の少女は、隣りで横になっているメルディスにだけ聞こえる様に尋ねる。
「私は、ずっと考えてきたの。どうしてこんな所に集められて、虐げられないといけないのかって。私一人では戦えないし、戦って勝っても、それだけじゃ意味が無い事も。貴女はその答えを出せたの?」
それに答える声は、メルディスのいつもの柔らかく温かい声では無い。重い言葉で、積み重なる悔いを隠しきれない本当のメルディスの声だった。
彼女も戦っていたのだ。
同じ様に戦おうとしていた六の少女にさえ気付かせないのだから、驚くべき擬態能力と言える。
「信じていいのね?」
その質問をしたのはメルディスだった。
やり直しはきかない。行動を起こしたら、行動した者だけではなく行動に参加しなかった亜人でさえ巻き込む事になる。
ここから賭けるのは自分一人の命ではない。自分達とは関係の無い者も巻き込み、成功しても失敗してもその命の責任を背負う事になる。
だが、その覚悟も無しに準備をしてきた訳ではない。
六の少女にとって、その命さえ必要な駒である。弾除けの盾にしても、戦う時の槍持ちにしても頭数は必要なのだから。
割り切った考え方と行動ではあるが、その都度胸に得体の知れない痛みが走る。
四の少女の事を考えた時と同じ、未知の胸の痛み。骨折した骨が体内の何処かに刺さった様な痛みだが、もうその痛みを理由に計画を止める訳にはいかない。
「ここに全て用意してる。読み方を教えるわ」
六の少女は、所長に焼かれたメモの束をこっそりと取り出す。
一見何もない寮の部屋だが、メモの一枚まで隠せないと言う事は無い。
寝る時の布団は決められている上に、それを用意するのは自分自身である。
この部屋に戻ってくる事の無かったと周りが思っていたからこそ、彼女は簡単に自分の使うシーツの中に隠す事が出来ていた。
基本的にスパードと行動する事を義務付けられていたとはいえ、大怪我をして六の少女が勝手にリハビリをしている時などの監視はかなり緩かった。片足の重傷者がまともに動けるはずがない、という事だったのだが、そのスキに六の少女はこの部屋に隠していた。
もし万が一見つけられても、所長に提出する予定だったメモだと言い張るつもりだったので、書いてある文字を読むだけでは、本のタイトルとページ数しか書いていない。
これの中には六の少女が独自に考案した暗号で、様々な情報が書き込まれている。
勝算は十分にあるはずだった。
条件としては、メルディスがスパイでは無く本当に戦う為の覚悟をしていればだが、そうで無かった時には敗北を認めて殺されるしかない。
六の少女はすでに賽を投げたのだから。
運命の日の朝。
六の少女は、スパードではない所員に呼び出され、所員用の浴室で洗浄されて新しい衣服に着替えさせられた。
濡れた髪を乾かし、髪を梳くのはメルディスの他、十一、十二の同室の亜人の少女達だった。
普段の六の少女は髪は伸び放題のボサボサ髪なのだが、綺麗に梳いて整えると金色の神秘的な瞳と相まって、メルディスとは違う魅力がある。また、身に付ける衣装も収容所の擦り切れたみすぼらしい衣服では無く、美しく飾った服であるので近寄り難いほどである。
髪と衣服を整えると、六の少女はメルディスの手で手錠をかけられ、その手錠の先から伸びる綱を所員の男が握る。
通常の身請けが決まった亜人に対してはここまではやらないのだが、念には念を入れてこの処置となった。
また、メルディス達の六の少女との接触はここまでで、メルディスと十一、十二の獣人姉妹は部屋で待機が命じられている。
季節で言えばまだ初冬であるにもかかわらず、昨夜からかなり強い雪が降り続き、季節外れの積雪量となっていた。
本来来るはずだった研究機関の人物達も積雪に足止めされ、当初の半数ほどしか来ていないと言う。また、長期の滞在となると帰れなくなるので、研究機関の面々は早めに帰りたいと思っているらしい。
その天候さえも、六の少女にとって強力極まる味方となっていた。
「最後にルー先生にアイサツしたいんだけど」
「ダメだ」
「せっかくこんなに着飾ってるのに? これって誰かに見せるためじゃないの?」
「とにかくダメだ」
「なんでよ。噛み付くわよ」
「とにかく、ダメなものはダメだ」
所員が怯えていると言う事もあるのだが、所長から六の少女の行動には特に注意を払い、余計な事は何もさせるなと言われているのである。
「せっかくこんな服着てるのに、見せられないのか。ちょっと残念だな」
六の少女は本心からそう思っていた。
それがルーディールの役割と言う事もあるが、六の少女が収容所で一番世話になった人物がルーディールである。恩人と言っても過言ではないので、せっかくの晴れ着姿を見せたかったのだが、諦めるしかない。
六の少女は廊下の途中で立ち止まり、窓から外を見る。
「すっかり積もってるわね。私、雪って嫌いなのよね」
六の少女につられて、所員も窓の方を見る。
昨日から降り続けている雪は、おそらく小柄な六の少女であれば、膝上くらいまで積もっているだろう。
所員がそう思って六の少女を見た時、そこには破壊された手錠と手錠の先につながっている綱だけが残っていた。




