↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
墓場ぐらしのサダコさん  作者: 則本潮


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
1/103

「お彼岸は、墓場の繁忙期。」(前半)

☆きらきら女子の朝は忙しい

朝。

カーテンの隙間から差し込む光で、あたしは目を覚ます。

――なんて、カーテンなんてないんだけど。

あるのは、苔むした御影石のすき間と、そこから漏れる秋の朝日だけ。でも気分は大事じゃん?

気分がカーテンなら、それはもうカーテンなの。


「よーし、今日も盛っていくよー!」

髪を手ぐしで整えて、前髪をちょいっと流す。ネイルは死んだ日のまま、ひとつも剥げてないサクラ色のグラデ。これだけは死後の世界に感謝してる。一生サロン行かなくていい。いや、一生はもう終わってるんだけど。

手鏡をのぞきこむ。

映らない。


「……だよねー」

これだけは一年経っても慣れない。

盛れてるかどうか、自分で確かめられないのは、きらきら女子としては致命的なのだ。

致命的っていうか、もう致命してるんだけど。


あたしの名前は、桜庭貞子。

十六歳。好きなものはプリといちごミルクと、きらきらしたもの全般。

嫌いなものは、雨と、自分の名前。

だって「貞子」だよ? この名前で生きる十六年がどれだけ過酷だったか。

小学校では「井戸から出てきて」、中学では「テレビから出てきて」、高校の入学式では担任に出席を取られた瞬間、教室が微妙に静かになった。だからあたしは黒髪を明るくして、前髪は絶対顔にかからない長さにして、自分のことは「サダ」って呼ばせてた。


その結果、どうなったかというと――

「さだちゃーん、朝ごはんですよー」

死んで幽霊になりました。

「はーい、ひいばあちゃん今行くー!」


ここは、某県某市、某寺の墓地。

その一番奥、日当たり良好でちょっと傾いた区画に建つ『桜庭家之墓』が、あたしの我が家だ。

外から見ればただの墓石。でも中に入れば、吉木の座卓に東向きの縁側、曾おじいちゃんが生前の腕を振るって右左に増築した、立派な一戸建てだ。反則だと思う。生きてる頃の家より広い。

「貞子、今日はお彼岸やさかい、線香の匂いがええなあ」

座卓でどっかりと胡坐をかいているのは、曾おじいちゃんの源蔵。

元大工。声がでかい。とにかくでかい。


「ていうかひいじいちゃん、貞子って呼ばないでって言ってるじゃん。サダだってば」

「サダも貞子も変わらんだろうが」

「変わるもん」

「はいはい、さだちゃん。お味噌汁、冷めないうちにね」

にこにことお椀を出してくれるのは、曾おばあちゃんのトメ。この家、いやこの墓場で、たぶん一番強い人。

お味噌汁の具は、先週誰かがお供えしてくれたとうもろこし。味は、なんというか、「気持ちの味」がする。

供えた人がこめた想いが、そのまま風味になるのだ。死後の世界の食事、実はけっこう奥が深い。


――ね、びっくりした?

あたしもびっくりした。死んだら三途の川とか閻魔様とか、少なくとも「無」みたいなものが待ってるんだと思ってた。でも実際に待ってたのは、お味噌汁と、声のでかい曾おじいちゃんだった。

死後の世界は、思ってたよりずっと、にぎやかだ。


☆墓場は、今日も平和ではない

「こらぁぁぁぁ鬼塚の小僧ぉぉぉ!!」

朝ごはんを食べ終えた瞬間、源蔵じいちゃんが縁側から飛び出していった。

あー、始まった。

外に出ると、隣の区画『鬼塚家之墓』の前で、リーゼントに特攻服の男が、転がったおはぎを踏んづけて立っていた。

鬼塚武さん。昭和のどこかで走り屋をやっていて、そのまま帰らぬ人になった、というのが本人の自己紹介。

「あぁ? 墓の境界線を越えてきたもんは、拾ったもんのもんだろうがよ、ジジイ」

「そのおはぎは、うちの孫娘が昨日供えていったもんじゃぁ!」

「風で転がってきたんだから、風のせいだろうが!」

「風に謝らせたるわぁ!」

意味がわからない。


だが次の瞬間、源蔵じいちゃんの大工仕込みの右ストレートが、鬼塚さんの顔面にめり込んだ。

スポーン。

実にいい音がして、鬼塚さんの首が墓地の空を舞った。


「てめぇ、やりやがったなぁ!」

首だけになった鬼塚さんが、空中で叫ぶ。首のない体は手探りで首をキャッチして、ゴキッと嵌め直した。

少し斜めになった。


――そう。この世界の最大のルール。

霊は、殴っても死なない。

だってもう死んでるから。

そのせいで、この墓地では殴り合いが挨拶くらいの頻度で起きる。誰も止めない。止める理由がない。死なないし。

「ごきげんよう、貞子さん。今朝も野蛮ですこと」

何の前触れもなく、白い日傘を差した、えび茶の絣の女の子が隣に立っていた。

西園寺麗華。この墓地で一番大きい、もはや城と呼んでもいい西園寺家のお墓に住む、大正生まれのお嬢様だ。

年齢は亡くなったときの二十歳で止まっているが、霊歴は百年近い大先輩。


「麗華、おはよー。てか今日の日傘かわいいじゃん」

「でしょう? 曾孫が昨日、お供えしてくださったの。こちらですと、正直……「エモい」ですわね」

「言いたいだけでしょそれ」

「ええ。貞子さんに教わってから、もう三百回は使いましたわ」

麗華は、あたしの自称ライバルだ。「墓地いちの負けない女の称号はわたくしのもの」とか言って、しょっちゅう勝負を挑んでくる。内容は、「どちらがお供え物を可愛く並べられるか」とか、「どちらが猫のおはぎに好かれているか」とか。でもまあ、つまりは親友です。

「では貞子さん、先日の勝負の決着を。どちらがあの殴り合いを先に止められるか」

「え、何その勝負。聞いてない」

「参りますわよ!」

麗華は日傘を閉じると、殴り合う二人の間に優雅に割って入り――

「お二人とも、おやめになって――」

ゴッ。

源蔵じいちゃんの拳と鬼塚さんの拳が、同時に麗華の両頰に入った。

「…………。」

麗華はしばらく黙ったあと、日傘を高々と振り上げた。

「西園寺家に伝わる護身の術、ご覧に入れますわ!」

こうして三つ巴になった。


「もー、だから言ったじゃん……言ってないけど」

あたしが頭を抱えていると、背後からスッと影が差した。

「――あらあら。朝から元気ねえ、皆さん」

その声が聞こえた瞬間、三人の動きがピタリと止まった。

トメばあちゃんが、変わらぬ笑顔で立っていた。

手には、さっきまでお味噌汁をよそっていたお玉じゃくし。


「今日はお彼岸よ。生きてる方たちが大勢いらっしゃるの。……わかるわね?」

「「「はい」」」

三人は正座した。鬼塚さんは踏んでいたおはぎをそっと源蔵じいちゃんに返し、源蔵じいちゃんは鬼塚さんの斜めの首をまっすぐに直してあげた。麗華は日傘をたたんで、なぜかあたしの後ろに隠れた。

墓場最強は、今日も平和を守った。

墓石の上では、寺猫のおはぎが大あくびをしていた。この墓地でただ一匹、あたしたちが見える生き物だ。見えているくせに、いつも心の底からどうでもよさそうな顔をしている。


☆お経は、あたしたちの音楽

――ごおん、と、鐘が鳴った。

その瞬間、墓地中の霊が、いっせいに本堂の方を振り向いた。

「……来るぞ」

源蔵じいちゃんが低くつぶやく。鬼塚さんがリーゼントを整える。麗華が背筋を伸ばす。

そして――

「如是我聞――一時仏住――」

低く、太く、どこまでも広がっていく声。

住職の円海さんのお経だ。


あ、だめ。これ、だめなやつ。

身体の芯から、じんわりと温かいものが広がっていく。冬の朝に入るお風呂とか、干したての布団とか、夜、待ち合わせしてた友達が「お待たせ」って手を振ってくれた瞬間とか。そういうのを全部まとめて身体に注ぐ感じ。


「はぁぁぁ……」

源蔵じいちゃんが、形を保てなくなってとろけている。

鬼塚さんのリーゼントがしなっとしている。

麗華に至っては、足元から少しずつ光の粒になりかけていた。

「麗華! 成仏しかけてる! 戻ってきて!」

「はっ……危ないところでしたわ。いま一瞬、お父様が手招きを……」

円海さんのお経は、この墓地の霊たちから「神声」と崇められている。実際、気を抜くとこのまま成仏しそうになるので、毎回が気持ちよさとの戦いだ。

やがて最後の一節が、秋の空に溶けて消えた。

墓地中から、満ち足りたため息がもれる。

――と、ここで終わればよかったのだけど。


「かっ、観自在菩薩ぅ――ぎょ、行深般若波羅……はらみっ……あっ、はらみったぁ――」

裏返った声が、本堂の脱靴場あたりから漏れてきた。

その瞬間、墓地中の幸福感が、引き潮のように消えていった。

うっ……。胃が、ないのに胃がもたれる。車酔いっぽい。

数学の小テストが返ってきたときの味もする。


「……チッ」

源蔵じいちゃんが、ものすごい顔で舌打ちした。

「あの坊主、修行中の小僧か」

「慈念の野郎、また噛みやがった……」と鬼塚さん。

「ごきげん……よう……。うっ……」と麗華。顔色が、幽霊なのにさらに青い。

慈念さん。十九歳。円海さんのもとで修行中のお弟子さんだ。

真面目で、毎朝一番に境内を掃除していて、生きてる人たちからは評判もいい。


ただし、お経は、下手。

言い訳のしようもなく、容赦もなく、ただただ、下手。

「……頑張れ、慈念さん。マジで頑張って」

あたしは胃のあたりを押さえながら、本堂に向かって手を合わせた。

死者が生者の成長を祈る。この墓地では、わりとよくある光景だ。


最後までお読みいただきありがとうございました。

初めての投稿です。まずは完走できるよう頑張ってみます。

よろしければ、ブックマークや評価で応援していただけると、とても励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。