第10話
検証の儀の顛末は、三日と経たずに社交界を駆け巡った。
偽の神託、空っぽの伯爵家、騙し合った男女の御前での泥仕合。そして、そのすべてを静かに追い詰め、完璧な舞台で暴いてみせた侯爵令嬢。醜聞に飢えた社交界にとって、これほど極上の物語はなかった。人々のクラリスを見る目は一変した。氷の令嬢という呼び名はそのままに、そこに込められる響きだけが、畏怖から称賛へと変わった。あの方の前で嘘はつけない、と貴族たちは囁き合った。真実を知らぬまま、それはまったく正しかった。
縁談の申し込みが山と届いた。クラリスは、その一通も開かなかった。開かない娘を見て、父はなぜか愉快そうに笑うだけで、何も言わなかった。
ひと月後。クラリスは大神殿の奥庭にいた。
事件の後始末の報告、という名目でユリウスに招かれたのだ。もっとも、報告なら文で足りることも、この庭に白薔薇が満開であることも、互いに承知の上だった。
「オルガの裁きが定まりました。還俗の上、十年の奉仕労働。これで、あの一件は本当に終わりです」
「そう。……長いようで、あっという間でしたわね」
並んで歩きながら、クラリスはこのひと月を思う。嘘を暴く戦のさなか、この人と交わした言葉の数々を。作戦の合間の他愛ない話、露台で明かした秘密、決戦前夜の短い書簡。思い返せばそのどれひとつにも、黒い靄はなかった。生まれて初めて、視ることに疲れなかった日々だった。むしろこの頃は、あの神殿の一室が恋しくてならないのだ。戦が終わってしまったことを、寂しいとさえ思っている自分に、クラリスはとうに気づいていた。
ふと、ユリウスが足を止めた。
「クラリス様。今日お呼びしたのは、報告のためだけではありません」
振り返った金褐色の瞳が、真っ直ぐにクラリスを射抜く。
「あなたの目の前で、これから俺が口にすることの意味を、ずっと考えていました。あなたには、言葉の真偽がすべて視える。……つまりあなたに愛を語ることは、魂を裸で差し出すことと同じだ。誤魔化しも、飾りも、一切きかない」
「ええ。……怖くはございませんの?」
「怖いですよ。世界で一番、勇気のいる告白だ」
ユリウスは笑い、それから、ゆっくりと片膝をついた。白薔薇の下、騎士の礼をもって。
「クラリス・アーヴェント様。あなたをお慕いしています。氷の令嬢と呼ばれるあなたが、本当は誰よりも深く言葉に傷つき、それでも誠実であり続けた人だと知っているから。あなたの隣で、生涯、嘘のない言葉だけを積み上げていきたい。――どうか俺と、結婚してください」
クラリスは、視ていた。
一句、一句、祈るように紡がれるその言葉たちを。そこには靄のひとかけらもなく、冬の泉より澄んだ響きだけが、まっすぐに胸へ届いてくる。ああ、と思う。嘘が視えるこの目は、ずっと呪いだと思っていた。人の言葉の汚さばかりを映す、疎ましい目だと。
けれど、違った。
この目があったから、分かるのだ。目の前のこの人の言葉が、どこまでも、どこまでも本物だと。世界中の誰より確かに、疑う余地の欠片もなく、わたくしだけが知ることができる。
――この力は、この日のためにあったのかもしれないわね。
視界が滲んで、靄も何も視えなくなった。氷の令嬢が人前で涙をこぼしたのは、物心ついて初めてのことだった。
「……ずるい方。そんな言葉を向けられたら、わたくし、確かめるまでもありませんのに」
クラリスは笑った。誰も見たことのない、春の雪解けのような笑顔だった。
「お受けいたします、ユリウス様」
差し出された手を取り、彼女は囁く。
「ええ――その言葉が嘘じゃないことくらい、世界でわたくしが、いちばんよく知っておりますもの」
白薔薇の花びらが、祝福のように舞った。嘘を見抜く令嬢の物語は、嘘のない愛の言葉で、幕を下ろす。




