SS3. 死に場所を求めて -コウヤ-
SS、最後はコウヤが主役です。
重いまぶたをなんとか持ち上げると、見知らぬ女がコウヤの顔を覗き込んでいた。
「お目覚めですね」
抑揚のない女の声には一切の感情が見えない。一重のつり目に小さい鼻に、口。島の人間とは真逆の要素で構成された顔には、冷徹さすら感じられた。
しばらくの間、コウヤは無心で女と見つめ合った。だがその顔が急に悔し気にゆがめられた。
「……なぜだ。なぜ俺を助けた」
そう、コウヤはこの豪雪地帯にて命を絶とうとしたのだった。吹雪く山をひたすら登り、たどりついた中腹の雪原において、コウヤは大の字に寝そべって命が尽きるのを待っていたはずだったのである。深夜、真っ暗な空に雪がつぶてのように飛び交う様を眺めながら。ひゅうひゅうと鳴る風の叫びを聞きながら。
なのに――なぜか今、コウヤは生きていた。
「話を聞かせてもらえますか」
女はコウヤの問いに答えることなく、逆に話をねだってきた。
ぱちりと、囲炉裏の中で薪がはぜ、炎が散った。
「あなたの話を聞かせてください」
コウヤが黙っていると、女が繰り返し、言った。
「お狐様がおっしゃっているのです。あなたの話を聞きたいと」
「……狐、だと?」
すっと、女が視線をわずかにずらした。自然とコウヤの視線もそちらに動いた。
そこには狐はいなかった。ただ神棚があっただけだった。
コウヤも神棚のことは知っている。島を離れて十数年、大陸の風習についてもある程度は知るようになっていた。ただ、あの神棚と狐の関係性まではコウヤも知らなかった。
それでも――コウヤの第六感ともいうべき何かが、『そこ』にこの世のものではない存在を感知した。
「……魚の次は狐か。笑わせる」
右手で顔を覆ったコウヤが自嘲気味につぶやいた。
その手の下にある肌は荒れ、無精ひげが生え、目は妙にぎょろついていた。島にいた頃の好青年らしい名残は、今ではどこにも見当たらない。髪も随分長くなった。一切手入れをしていない髪には艶がなく、無造作に縛った髪の毛先は縮れて丸まってしまっている。
「はっ。神様めいた態度をとるくせに、どいつもこいつも人間を都合よく扱う奴らばかりだ」
コウヤが発した声もまた、醜く低く歪んでいる。一度風邪をこじらせて喉をやられて以来、別人のような声になってしまった。
「……どこにいても俺は結局そういう奴らに利用されるのかよ」
意味のない言葉を大声でわめきたくなるような、胸の奥に感じる痛みと苦しみをごまかすように、コウヤは乱暴に頭を掻きむしった。とうとう死ぬ決心をしたというのに、自由に死ぬこともゆるされないときたら――。
「……で、俺から何を訊きたいんだ」
手を止め、乱れた前髪の隙間からコウヤが女をねめつけた。
「あなたの話を」
コウヤの眼光の鋭さにも感情の乱れにもかまうことなく、女が同じ言葉を繰り返した。
「お狐様はあなた自身の話を知りたいそうです」
「俺の何を知りたいって?」
これに女は神棚を見上げ、次に緩く首を振った。
「わかりません」
「わからない? なんだそれは」
「申し訳ありません」
だが女はそれ以上口を開こうとはしなかった。
「……ふざけやがって」
しびれを切らしたコウヤがゆっくりと起き上がった。意図せず女に助けられたとはいえ、半分死にかけた自覚がコウヤにはあった。案の定、重い体は緩慢にしか動かなかった。それでもゆっくりと囲炉裏の前に移動し、座る。そしてコウヤはまだかじかんでいる手を炎にかざした。炎に照らされ、両手もまた炎をともしたかのように緋色に染まった。その色はコウヤの固く閉ざしてきた心を強く刺激した。
「……だったら俺がしゃべりたいようにしゃべるだけだ」
やや乱暴な物言いでコウヤが唐突に語りだした。
*
俺は遠い島からここまでやってきた。
ここまでたどり着くのに何年かかったか。十年じゃきかない。だが二十年もたってはいない。ああでも、そんなことはお前にはどうでもいい話だよな。
どうして俺が故郷の島を出てきたのか。理由はいくつもある。だが……そうだな。一番の理由は俺がいたら幸せになれない人間がいるからだ。そしてもう一つ。俺は不思議ってやつと関わらなくて済む場所に行きたかったんだ。
ああ。俺の島にもお前の崇め奉るような狐によく似た存在がいたよ。俺が会ったことがあるのは魚とヤドカリだ。ああ、お前はヤドカリなんて知らないか。まあいい。わからなくていい。話を続けるぞ。
俺は生まれたときからふざけた宿命を背負わされていた。どんな宿命だったか、それは言わない。言いたくない。だがそのせいで俺は人生を狂わされたと思っている。本当だったら他の奴らと同じようにあの島で死ぬまでのんびりと暮らしていたはずなのに、こうして大陸の果ての極寒の地で死のうとするくらいには人生を狂わされている。
女だ。
俺の人生を狂わせたのは一人の女だ。
その女のせいで俺は島を出るはめになったんだ。
*
そこでコウヤはいったん話を区切った。囲炉裏の上で煮えたぎる鍋の湯を手近な椀に勝手にすくい、音をたててすする。すきっ腹に湯がしみわたる感覚は、いまだ靄がかかったようなコウヤの頭を冴えさせた。
ちらと見た女は正座した膝の上に両手をきっちりと揃えていた。女はコウヤが話を始める前からいっさい姿勢を崩していなかった。そのせいだろうか、意識しないと女の存在感は簡単に薄れてしまいそうだった。まるで薄闇の中、炎を相手に独り言をしているかのように錯覚してしまいそうになる。
コウヤは湯をもう一口すすった。
独り言でもいい。上等だ。そう思ったら、自然と言葉が口からあふれ出した。
*
その女がいると俺は狂う。獣になってしまう。
わかっていても当時の俺には何も打開策はなかった。
ああ、俺が言う獣っていうのは、男が女を軽く扱うとか、そういう類の話じゃない。言葉通りだ。つまり、タガが外れ、理性を失うってことだ。
俺にとってそれは我慢ならないことだった。いや、普通、誰だって嫌だろうよ。だから俺は耐えた。耐え続けた。俺が俺であるために。いったん獣に堕ちたら二度と人間には戻れないから。だが一生耐え続けることなんて土台無理な話だった。それは自分でもわかっていたんだ。
まあそれでいろいろあって、俺は女を島から追い出すための策を練ったんだが……まあ、ものの見事に失敗してな。失敗といっても、その過程において俺の中に居座っていた獣は消滅したし、無駄に女を不幸にすることもなかったから、見ようによっては最高の結末だったと思う。だがあれは失敗の一言に尽きた。現に俺は今、ここにいる。
そう――俺だけが不幸を引き受けてしまったんだよ。
不公平な話だ。そう思わないか?
その女は俺の甥と夫婦になった。今も海に囲まれたあの島で幸せに暮らしているんだろう。
だが俺はどうだ――?
*
「くそっ……!」
コウヤが手に持っていた椀を衝動的に壁に投げつけた。
素人の作った瀬戸物の椀は、壁にぶつかるや爆ぜたように割れた。
怒りに支配されたコウヤはしばらくの間黙り込んだ。だがやがて、荒くなった息も、上下する肩も、ゆっくりと落ち着いていった。
「……すまない」
恥じるようにささやかれた謝罪の言葉に、女は黙って首を振った。
*
島を出た俺は大陸中を当てもなくさまよい始めた。いつからだろう、俺の足は自然と北へと向かっていた。なぜ北へと向かうようになったのか。それは生まれた島から少しでも離れたかったからだと思う。
だがどこにいても地に足の着いた感覚を得ることはできなかった。誰といても打ち解けられず、何をしても心が定まらなかった。生粋の島人だから仕方ない、そう言ってなぐさめてくれる奴もいた。だが、もうそいつらの顔を俺は思い出せない。ただ言葉だけが無意味に記憶に残っているだけだ。
最悪なのが夜だ。何の前触れもなく見る悪夢だ。
島に残った俺は村長になっていて、その隣にはあの女がいる。そういう夢だ。あり得た未来だ。そして女の周りには俺や女によく似た子供がうじゃうじゃといて、子供たちが甲高い声で無邪気に言うのさ。
次の聖者はだーれ?
次の犠牲者はだーれ?
僕?
わたし?
もっと産んで。弟でも妹でもいいから産んで。その子に全部やらせちゃおうよ。あれもこれも、面倒なことは全部やらせちゃえばいいんだよ。
俺は子供たちに何も言い返せない。気持ちは十分すぎるほどわかるから。すると図に乗った子供たちは俺をさらに責め立ててくるんだ。
あまりの騒々しさに、とうとう俺は耳をふさぐ。目をつむる。だが子供たちは容赦しない。俺を責め続ける。身代わりを、犠牲者をねだり続ける。やがて我慢しきれなくなった俺は爆発する。言葉通り、俺を中心とした爆発を起こすのさ。
気づけば、子供たちの姿は消えている。
女もまた、消えている。
たまらず俺は叫ぶ。子のために。女のために。俺が殺めた者のために。何度も、何度も。いつだって叫ばずにはいられないんだ。
そして自分の叫び声で目を覚ますのさ。最悪な気分で。
*
黙って話を聞いていた女が、ふと神棚に視線をやった。
「お狐様がおっしゃっています。その夢を手放す気はないかと」
コウヤに視線を戻した女の発言は思いもよらないものだった。
「どういう意味だ」
「あなたの夢を食べてもよい、と」
「食べる? 夢を?」
「はい。失礼します」
女は立ち上がると、自分の頭よりも高い位置にある神棚に手を伸ばし、供えてあった油揚げを皿ごと引き寄せた。そして、いぶかし気な表情をするコウヤの前に皿を静かに置いた。
「どうぞ」
「……これを俺に食べろと?」
コウヤの目には油揚げはうすぼんやりとした光をまとって見えている。つまり、ただの食べ物には見えていないということだ。
「お狐様への供物を食べることで、あなたが抱える悪夢が逆にお狐様に捧げられることになります」
女の説明に、とうとうコウヤが顔をしかめた。
「これと俺の悪夢が等価だとしたら、これはかなりヤバいものだということじゃないか。たかが悪夢のためにそんな危険な代物を食うわけがないだろう」
「いいえ。これは悪しきものなどではありません。そしてあなたの夢はただの夢ではありません。あなたの苦しみが集約したものであり、今のあなたにとっての諸悪の根源です」
「いい悪いを判断するのは俺だ。お前やその狐ではない」
「では」
女がすっと姿勢を正した。
「あなたはまた死のうとするのですか。死ねもしないのに」
「わかったような口をきくな。お前が余計なことをしなければ俺は今頃死んでいたんだ。それをお前が勝手に」
いらいらとしながら言葉を返すコウヤを、女が一重のつり目で見つめ返した。
「お狐様がおっしゃったのです。声がすると。死にたくないと泣く男の声がすると。だからあなたをここに連れてきたのです」
「……嘘だ」
「あなたは本当は死にたくなんてなかった。それが本当のあなたです」
「嘘だ。嘘だ。嘘だ!」
コウヤが両手で顔を覆い、体を丸めた。
「俺は信じない。俺は非人間の言うこともお前のようなおかしな奴のことも信じない……!」
大きな体の男がぶるぶると震える姿にも、女は何ら感じるところはないようだった。
「決めるのはあなたです」
「うるさい……っ」
「あなたは死にたかったわけではない。ただ救われたかっただけです」
「俺はっ……」
「ここの山一帯は幽世。あなたのいた島と近しい場所。唯人は足を踏み入れることもできない禁域です。お狐様がおっしゃっています。あなたはここに誘われたのだと」
これにコウヤの体が一度大きく震えた。
「……ヨンドか?」
こんな最北の地まで来てもあの島の宿命から逃れられないのかと、コウヤの表情に絶望が浮かんだ。だが女はこれを即座に否定した。
「ヨンドとは何かわかりませんが、あなたには守護者ともいうべき魂が寄り添っています。あなたのように清らかで尊い魂が。ええ、あなたを救いたいと願い、それゆえあなたをここへと導いたのでしょう」
女の細く白い手がコウヤの周囲の空気をするりとなでた。ややあって、手が触れた箇所に淡い黄色の球体――魂――が可視化された。コウヤは一目見てわかった。それは母であるトカリの魂だった。
ごく淡い黄色の魂から放たれるあたたかな気配は、島を離れて以来、一度も感じたことのない慈愛に満ち溢れていた。じっと魂を見つめるコウヤがたまらず涙を落とした。
「生きていた頃は全然母親らしいことをしなかったくせに……。なんだよ……今更……」
「さあ。夢を手放すのです。そして帰るべき場所へと帰りなさい。その魂とともに」
コウヤは魂を見つめ続けた。自分がこれからとるべき行動を見つめ直すために。だが魂は何も言わなかった。強く輝くことも、揺れることもしなかった。ただそこにあり続けた。
「大丈夫です。あなたが心配するようなことは起こっていません」
静寂の中、女の声がやけにはっきりと響いた。すると女に同調するように魂が膨れ、縮んだ。そのたった一回の変化だけが魂が示した行動だった。
「……そうか」
コウヤが硬く目を閉じた。
あの島が本当に不思議の類や宿命から解放されたのか、どうか。島を出たコウヤがずっと気にしていたことはその一つに尽きた。
肌間隔でも、直感でも。あの島はただの島に戻ったとコウヤは思っていた。自身の聖なる力が消滅したこともそれが理由だと考えていた。だからコウヤはアキトに村長の座を譲った。譲ることができた。そうでなければ、コウヤは今も島を出ることはできなかっただろう。
だが――この大陸に渡ってから、コウヤはたびたび不思議な現象に遭遇した。死霊や物の怪の類も何度か見かけた。他の誰にも見えないそれらを、コウヤの瞳だけが映し続けたのである。
コウヤの聖なる力が完全に消滅していないということは、逆説的に見れば、島はいまだ不思議に支配されている可能性があるわけで。今も島がヨンドの言いなりにならざるを得ない状況なのであれば、村長であるアキトも、稀有な魂を有するトワも、二人の子供たちも、当時のコウヤと同じように苦しんでいるかもしれないわけで。
コウヤの悪夢とは、つまりはその想像したくもない現状を鏡に映したものに他ならなかったのである。
だが島に戻ることはどうしてもできなかった。島に戻り、現実を直視し――また地獄のような日々を過ごす未来を受け入れることは、コウヤにはどうしてもできなかったのである。それはつまり、地獄をアキトやトワに押し付け、自分は逃げ続けていることと同意だった。
ぼんやりとしたコウヤの目の前では魂が煌々と光り輝いている。迷う息子のためだけに光り輝いている。そう思いたいだけなのかもしれないと、コウヤは疲弊した頭の片隅で思った。
「……結局、俺は女に人生を動かされる定めなのかもしれないな」
だがそれでもいいのかもしれない。
覚悟を決め、コウヤは震える手をゆっくりと皿に伸ばした。
*
あと半刻もしたら島へと戻る船が出る。
一か月ぶりに再会する夫と子供の顔を思い出し、トワの顔には笑みが浮かんでいた。港に立ち、潮風に吹かれながら、トワは島のある方角を繰り返し眺め、眺めては表情を崩していた。
「ふふ。みんな驚くだろうな」
トワは帰郷のたびに土産を用意するが、今回は特別なものを用意していた。なんと、船である。中型だが島にはない最新式のもので、速く、揺れにくく、頑丈なところをトワは気に入っていた。これがあれば島人たちの航海は今後格段に楽になるだろう。
「ふふ。ふふふ」
島人たちが驚き、喜ぶ様を想像するだけで、トワは幸せな気持ちになるのだった。
と、そこに、高槻が息せき切って駆け寄ってきた。
「トワ! 大変だ!」
「どうしたの? そんなに慌てて。城で何かあったの?」
突然の高槻の登場にトワが目を丸くした。高槻は今日は港まで見送りに来る予定がなかったからだ。
「あのさ。びっくりすると思うんだけど」
だが、高槻が続く言葉を発するよりも先に、いつからいたのか、高槻の背後にいた男が音もなく姿を現した。
トワは男と無言でしばし見つめ合った。
「…………あ」
数拍遅れて、これ以上ないというほど驚いたトワが、大声をあげそうになってとっさに両手で自分の口を押さえた。
やがて――感極まったトワが嗚咽をもらした。
口元を押さえながら、子供のようにぼろぼろと涙を流し始めたトワのことを、男は無言で眺めていた。だがしばらくすると、陰りのある顔に困ったような笑みが浮かんだ。それはトワがよく見知った男の表情だった。父として、兄として慕ってきた男の表情だった。
*
そして――島では。
漁を終えた男たちが船着き場で談笑をしていた。
「いやー。今日も大漁だったな」
大変そうな口調とは裏腹に朗らかな笑みを浮かべるタイラは、もう中年の域に入っているというのに若者以上の釣果にご満悦だ。
そんなタイラに、アキトは苦笑しながら魚を入れた重い籠を持ち上げた。
「最近は干物がよく売れるからいくら獲っても獲り足りないし、助かるってもんだ。明日もよろしくな」
「はいよ。そういえば今日はトワが島に戻ってくる日だよな。トウもアキエも喜んでるんじゃないか?」
「昨夜は興奮してなかなか寝てくれなかったよ」
「仕方ないさ。一か月ぶりの母親との再会だ。お前がトワを十年待つ以上に、子供にとっての一か月は長いのさ」
「おい。お前はいつまで過去の話で俺をからかうつもりだ」
殴る真似をしたアキトに、タイラが大げさに身を反らした。
「うわー。やめてくれー」
「お前、演技が下手だな。本当に殴ってやろうか」
「わー。やめてー。村長が殴るー。……あれ?」
子供のようにじゃれあっていたタイラの視線が、急に空の一点を見つめた。
「あれ、高槻様の伝書バトじゃないか」
タイラにならい、アキトも空を見上げた。
「本当だ。何かあったんだろうか」
やや不安な面持ちになったアキトのもとに、狙ったとおりにハトが降りてくる。アキトはハトに麦を与えてねぎらいながら、その足に結び付けられている細い筒から巻かれた紙片を取り出した。
この島では文字を読めるものは少ない。タイラも同様で、アキトが文を読み終わるのをじれた思いで見守った。
文に目を通すアキトの表情は、まず小さな驚きを示した。と、思ったら、何回も文に目を通し始めた。せわしなく動く視線は信じられないものを目にしたときのものである。
「おい。なんて書いてあったんだ? ……アキト?」
いつからだろう、アキトの目には涙が浮かんでいた。
それはトワとの祝言の日以来のことで、タイラの顔が一気に白くなった。
「まさかトワの身に何かあったのかっ? なあ、何があったんだっ?」
だがアキトは答えることができなかった。文を握りしめ、その場に崩れるように座り込んだ。
「ようやくだ……。ようやく帰ってきてくれるんだな……。叔父貴……」
「……それって。まさか」
むせび泣くアキトのつぶやきの意味を理解した瞬間。タイラもまた誰にかまうことなく歓喜の雄たけびをあげた。そして我が子が産まれて以来の涙を流したのであった。
了
コウヤは最後まで不幸な人生を送るタイプにも思えたのですが、それを良しとしない人物による救いがあってもいいのではないかと思い、このようなSSになりました。
トワもアキトも、島の人々も、コウヤが戻ってくることで本当の意味で心から笑えるのかな、とも思って。
ここまでお読みくださりありがとうございました。
本作品はおそらく三月に予告なく検索除外をかけます。一時的な措置です。




