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ウィッチ・オブ・アクア  作者: 夢前 美蕾
第1章 魔法学校1年生編
37/37

第37話 積み上がる後悔、ついに決壊Ⅱ

「……ここ、は?」

 見覚えのない古びた部屋。窓から吹き付けてきた隙間風から、男はゆっくりと意識を取り戻す。

 眠る前の記憶は、霧にかかったように思い出せない。

 嫌な気配を感じて扉に進もうとすると、同時に入ってきた人影によって阻まれてしまう。

「おはようございます。目覚めはいかが?」

「君は、一体……」

「アウダー・ラーミック。どこにでもいる、街のしがない一般人だよ」

 爽やかな笑顔、柔らかな物腰のアウダーという青年。しかし全身に漂う、怪しげな雰囲気。

 椅子に向かって手を伸ばした。首を横に振ろうとするが、彼の言葉がそれを封じる。

「僕は貴方のことを知りたい。さあ、肩の力を抜いて」

 拒もうとしても、身体が勝手に動き、促されてしまう。

 反論も疑いも挟むことができず、ただアウダーの指示通りに、椅子に腰かけてしまった。

「まず、名前は?」

「……ドルマンだ。ボストレンで魚を売ってる」

「なるほど。ドルマのおじさん、略してドルさんだね。今年で何歳になるの?」

「四十二だよ。まあ、おじさんと呼ばれても仕方ないな」

 口元が小刻みに震える。頭に浮かんだことは、躊躇いもなく彼に話してしまう。

「家族は、誰がいるの?」

「妻と二人だ。あとは……」

 目を細める。笑みを浮かべるアウダーの手には、杖も魔道具も見当たらなかった。

 術ではないはずなのに、彼の意のままに動き、全て話すことを命じられる。

 心の奥底の、誰にも見せられない核の部分まで……

「息子がいた。去年までは」

「何かあったのかい? 聞かせてごらん」

「まあ……事故に遭ったんだ。相手はこの辺りのドンが乗っていた馬車で、何のお咎めも無かった」

 床が軋む音が聞こえる。アウダーは、一歩だけ歩み寄った。

「それは辛かったね。悔しいだろう?」

「ああ。ただ、俺たちにはどうすることもできない。悲しかったし、今もまだ信じられないが、でも……」

 彼はため息をついた。まるでそれが、自分の求めている答えではなかったかのように。

 少し、身体が軽くなった。どうやら、自由を取り戻すことができたらしい。

 ここにはもう用はない。そう思った刹那……


「そうか。貴方の思いはよく伝わったよ」

 途端に冷ややかな表情へ変わったリューズの手から、ナイフが投げられる。

「バイバイ」

「は、っ……!?」

 身を引いて避ける間もなく、刃が眉間に向かって飛ぶ。

 どうして、と口を開くよりも先に、自分の視界は再び真っ暗になった。


 辺りが静まり返った夜、密かに繰り出したリューズは、近所の空き地に足を踏み入れる。

 街灯もない、真っ暗な景色の中で、激しく燃え盛る炎だけが異彩を放つ。

 燃料として薪の下に積み上がっていたのは、無数の骸。

「まったく、臆病者は使えないなあ」

 川で採れたナマズを串に刺し、ゆっくりと回して丸焼きに。

 ソースの入った瓶をぶち撒け、赤ワインを口に運びながら、葉を出して思い切り貪る。

 生命の輝きが放つ芳醇な味が、口の中に広がっていく。

 もう一口。満面の笑みを浮かべていると、背後から不意に足音が聞こえてきた。

「……相変わらず、気色悪いのです」

「君も食うかい? 腹が減っては、戦ができないよ」

「腹に穴を開けられたくなかったら、とっとと下げるのです」

 ジョン・オウタム。覆い隠された素顔が、周囲の薄暗さと相まって不気味な気配を醸し出す。

 伸ばしかかた手を下げ、ため息をつきながら再び頬張った。

「……呪術師になり得る者はいなかったよ。残念ながら」

「構わないのです。弱い虫ケラが増えたところで、後々面倒なだけなのですから」

 恨みや憎しみ。強い感情は呪術の鍵となり、より強い力を持ち主に与える。

 早く三種の魔神器を探し出すには、より多くの手駒が必要だというのに。

「彼女らが魔法使い、バアル・ラモンのもとに向かったのです。グレオに殺害を命じましたが、どうなることやら」

「良いのかい? 魔法使いなのに」

「私が欲しいのは、私に従う能力者のみなのです。手前勝手な理屈を振り翳して暴れるなど、弱者より滑稽なのです」

「同じ視点で我が身を振り返れないのも、そこそこ滑稽だと思うけどねえ」

 小さな呟きを見逃すことなく、歩み寄ってきたジョンに頭を軽く叩かれる。

 パチパチと、焚き火の音。ナマズを全て平げ、焼け焦げた骸たちに手を合わせる。

「回収できると良いね、ミシェルの杖」

「何を他人事のように……貴様も力を貸すのです」

「はいはい。分かりましたよーだ」

 人の都合に振り回されるのは、誰であっても性に合わない。

 僅かな気怠さを感じながら、グラスに残った最後の一滴を飲み干した。


 授業を終え、足早に学校を後にしたイリーナたちは、地図に記された場所へと向かう。

 既に黄金色に染まり始めた日が、季節が冬に差しかかっていることを示しているようだった。

「確か……この角を曲がった先だったよね?」

 変わらない賑やかさ。そう感じていたのは、市街地を抜けるまでの僅かな間。

 外を歩く住人たちは、揃って俯いていた。妙な殺気や敵愾心などではなく、単に……光が消えている。

 ブタのストーリアの行方を追い、事件を探っていた頃を不意に思い出す。

「人、少ないね」

「西部は十年前まで、若い魔法使いに人気の場所だった。まあ……例の事件が尾を引いているのだろうな」

 クリスの言葉に視線を回すと、空き地や抜け殻になった店が映り、胸が締め付けられる。

 唇を引き結んで進んでいると、右手から声をかけられた。

「新聞は要るかい、一部で二マーラだよ?」

 古びた、小さな新聞屋の売店から、一人の男が顔を出す。

 咄嗟に止められ、すぐに返すことができなかった。愛想笑いをするも、彼は言葉を続ける。

「……お嬢さんたち、見ない顔だね。ここには何の用?」

「あっ……ええと、私たち、っ」

「ちょっとした観光ですよ。それでは」

 視線を回す。しかし息を吸い込もうとすると、一歩前に出たミシェルがそれを阻んだ。

「えっ、どうして?」

「三種の魔神器のことは、あまり喋らない方がいいんじゃないかな」

 そのままぎゅっと手を繋がれ、少し強引に引っ張られる。

 別に、隠すほどのことでもないのに。首を傾げたが、彼女の鋭い瞳に押さえ付けられる。

 何か理由がある。けれど、自分はそこに触れられない。

「おやおや、つれないね」

 最後に男がついたため息だけが、妙に自分の耳に残った。


 建物の間から、冷たい風が吹き荒れる中、一点を見つめたクリスが不意に立ち止まった。

「どうやら、ここのようだな」

 白塗りだったと思われる壁は、影か汚れか僅かに黒ずむ。

 目配せをした。自分の求めていた答えを引き出すため、息を呑んで扉の前に立つ。

 大丈夫。小さな震えを振り払って、軽くノックをした。

「すみません。バアルさんはいますか?」

 背筋が伸びる。しばらくすると、ゆっくり開いた扉の間から一人の男が顔を出した。

「……どちら様?」

「こんにちは、ワズランド魔法学校のイリーナです。三種の魔神器についての調査……で、来ました」

「あっ、ああ。学園長さんが言っていた魔女見習いか」

 四十代くらいの、髭を生やした男。力の抜けた声に疲労が伺えるが、一方で鋭い瞳からは、並いる者を寄せ付けない芯の強さを感じる。

 咳払いをし、彼は僅かに開いていた扉を開け放つ。

「俺はバアル・ラモン。かつてワズランドで魔法使いとして働いていた……まあ、今はただの抜け殻だ」

 招かれる。手にぎゅっと力を込め、軽く頭を下げながら中へと入った。


「ボクはクリス。イリーナとは属性科の同級生だ」

「ミ、ミシェル……です」

「ああ。よろしく」

  少し散らかったリビングに目を向けながら、誘われるままにソファへ腰かける。

 広さに反し、他の住人の気配がない。少し、寂しさを感じてしまう。

「俺も魔法学校を卒業して、魔道士として任務をこなしてた。暑い日の冒険は、氷魔法が役立ってたかな」

「あっ、私も氷魔法です!」

「おお。差し詰め、大後輩ってとこか」

「はい! 大先輩ですね」

 しばらく待っていると、コーヒーを持ったバアルがゆっくりと戻ってきた。

 湯気から漂う香ばしさに、ほんの少しだけ肩の力が抜ける。

 ふと横に目をやると、大量のミルクと砂糖を入れたクリスが、誇らしげな顔で啜っていた。

「……それで、確か三種の魔神器だったな」

 カップをテーブルに置く。声が、今までよりも低くなる。

「バアルさんが、暴走を止めた魔神器って?」

「デペンド・ワンド、所謂呪いの杖だ。とは言っても、今は行方知れずだがな」

 ほんの一瞬だけ、彼の目元と眉が震えるのが見て取れた。

 ミシェルが時折見せていた、物憂げな表情と重なる。何かがあるはずなのに、全体像が掴めず、靄のよう。

「魔法は術者の想像によって生み出される。しかし想像だけでは練度が低く、具現化できないから杖を使う。何となく伝わるか?」

「杖はあくまで補助道具だな。視力を上げる眼鏡に近しい」

「その通り。しかしデペンド・ワンドは術者の想像力を無理に引き上げ、勝手に魔法の練度を向上させようとする。軽微な挫折を絶望、些細な疑心を殺意に変えてしまうんだ」

 手を出してくれ、とバアルが軽く呟く。首を傾げながら差し出すと、懐から取り出した杖を向けられる。

 氷魔法。杖から飛び出た雪の結晶が、掌に軽く触れた。

 僅かに冷たい感覚と、砕けた欠片が輝きを放つ。ただそれだけのはずなのに、彼は小さく俯く。

「この程度の魔法でも、攻撃されたと判断して暴れ出す。あれは、杖が人を道具として操るんだよ」

 思わず目を見開いた。その神妙な面持ちに、一切の嘘偽りも感じられない。

「その……デペンド・ワンドは今どこに?」

「消えたよ。他の魔法使いたちも調査にあたったが、十年経った今でも行方は分かっていない」

「杖が自ら意思を持ち、姿を消したというのか」

「そうだろうな。もう次の持ち主を見つけたのかもしれんが、全く見当もつかない」

 この国のどこかに、姿を消した杖が今も潜んでいる。

 手を下ろしたバアルをじっと見つめる。言葉にするより前に、彼は首を横に振った。

「……申し訳ないが、俺が知っているのはこれだけだ」

「いえいえ、貴重なことが分かりました。ありがとうございます」

 頭を下げた。間を置いて口にするコーヒーは、先ほどよりもどこか冷め、体に馴染む。

 行方は、必ず掴まないといけない。杖を持った魔法使いが暴走する前に、自分たちで破壊する。

「しかし、関わらない方が良いのも事実だ。俺の知ってるアレは、一度見て触れただけで虜にされる……」


 しかし、最後に放たれた一言が今一度、自分の心に深く突き刺さった。

「ほんの一瞬でも、自分の力にしようなどとは、思わないことだな」


 与えられた情報を頭の中でなぞりながら、幾分か暗くなった道を歩いていく。

 沈黙の中、最初に小さな唸り声を上げたのはクリスだった。

「近付いたと言うべきか、遠ざかったと言うべきか……」

 気配も発さずに、自分の意思で動き回る。想像していたよりも、道のりは遠く険しい。

 一歩後ろを歩いていたミシェルが速度を上げ、心配そうな表情を浮かべる。

「うーん、これ以上は難しいんじゃない?」

「ただ、杖なら魔道具店の連中が何か知っている可能性もある。見込みは薄いが、マルクにも聞いてみるか」

「うん。まだどこかに手がかりはあるはず」

 人の消えた街を見つめる。杖を持った魔法使いが暴走すれば、他の場所でも同じことが起きるかもしれない。

 同じことを繰り返してはいけないと、心の中に深く刻まれていく。

 そんな時、不意に聞き覚えのある声が耳に飛び込んできた。

「……そうか、バアルは何も喋らなかったようだな」

 開かれた新聞の上から、目だけを覗かせた男。行きに声をかけられた、新聞売り。

「えっ、ど、どうして……?」

「ここの人間とは大体顔見知りだ。まあ大方、あいつから事情を聞きに来たんだろうなって見当はついてた」

「彼が何かを隠している、と君はそう言いたいのか?」

 男はゆっくりと新聞を下ろした。暗がりからにやりと上がる口角に、ほんの少し覚えてしまう不安。

「あいつは人殺しだから信用ならねえよ。もし気に入らねえことがあれば。お嬢さんたちの身にも……」

 首を切るジェスチャーに、思わず困惑の声を上げてしまう。

 信じられなかった。魔法使いから退いても、自分たちに会ってくれたバアルのことを、疑いたくない。

 どういうこと、と問いかけた口を遮り、再び前に出たのはクリスだった。

「そんな……」

「そうは言っても、ボクたちは君のことを何も知らない。派手な見出しだけではそれこそ、信用できないな」

「なら教えてやろう。あいつはな……」

「おっちゃん、それ一枚貰える?」

 どこか自信を持った表情で語りかけた男を、住人らしき壮年の女性が呼び止める。

 手際の良さと、どこか軽い口振りから、常連と伺えた。

「ああ、二マーラだよ……ちょっと待ってくれ」

 左手で軽く制する。一瞬だけ空を見上げた男は、新聞を手渡した直後に振り向いてきた。

「明日は休みなんだ。たっぷり話してやるから……夕方にまた、ここに来てくれよ」

「……は、はい」

 どこか渋い表情をしながら、男は黙々と仕事へ戻っていく。

 バアルが隠していることは何だろう。杖の暴走を止め、魔法使いを辞めた間にある、誰も知らない核心。

 その場に残されたのは、呆気に取られたまま彼を見送るしかない、自分たちだった。


「……色々あったね、今日」

 強い風に窓が軋んだ。灯りが消えた部屋で、天井を見つめながらゆっくりと口を開く。

「気持ちは分かるけど、ちゃんと寝ないと明日に響くよ?」

「そうなんだよ。そうなんだけどね……」

 姿勢を変えても、ぎゅっと目を瞑っても、意識が食い付いたように離れない。

 考えを巡らせる程に、自身の呼吸が僅かに早くなっていくのをはっきりと感じた。

「強くなるって、何なんだろうね」

「えっ?」

「私はただ、立派な魔法使いになればいいと思ってた。でも、そのためにミシェルやみんなのことを忘れて、一人で強くなるなんて、やっぱり嫌だよ」

「っ……!」

 向こうのベッドから、ため息とも驚きとも取れない音が聞こえてきた。

「でも……その杖に手を出す人だって、最初は大切な人を守る力が欲しくて、良かれと思って触れたんじゃないかな」

「うん。まあ、それはそうだけど」

「暴走するのは間違いだけど、一人で強くなリたいって思う気持ちだけは、私は間違いじゃないって思う」

 そういう考え方もあるのか、と心で納得しながら頷く。

 ミシェルの言葉には、妙な力強さがあった。相対すると、思わず圧倒される、確固たる芯。

 まるで自分が実際に見て、感じてきたような……

「あっ、ごめん。別にイリーナの考えがダメってわけじゃなくて……」

「大丈夫だよ。思いは人それぞれだもん」

 今の時間は、分からない。朝日の気配は感じられず、想像よりも夜は長いのだと感じさせられた。

 静かに息を吐きながら、自分はどうだろうと頭を巡らせる。

「でも私は……みんなと一緒に進む方が、楽しいと思うな」

 納得できたのか、それとも相容れないと思ったのか、彼女からの言葉は返ってこなかった。


 授業を終えた後、寮へと戻っていく生徒たちとは逆行し、門からワズランドの西部へと向かう。

 道中、重苦しい空気が漂う中、勇気を出して口を開いた。

「……本当なのかな、バアルさんのこと」

 地面に映り出た、自分たちの小さな影に視線を落とす。

 人殺しだと、指を差して糾弾するつもりは微塵もなかった。けれど一度言葉にされると、染みとなって心に残る。

 そんな自分の疑念を吹き飛ばすように、クリスとミシェルは自信を持って告げた。

「どうせカラクリがあるに違いないよ。そういう顔をしていたから」

「うん。あまり鵜呑みにはできないよね」

「人の不安を煽り、感情を揺れ動かす。そういうやり方で生き残ってきたのだろうが、ボクはどうも気に入らないね」

 進むほど、人気が少なくなっていく。鼓動が早まり、胸を軽く押さえた。

「まあ……話を聞いてみないと、だけど」

 昨日の売店では、別の男が気怠そうに新聞を売っていた。

 彼はどこに、と視線を回すと、いち早く何かに気付いたクリスに肩を叩かれる。

「あそこにいるのが、新聞屋じゃないか?」

「そうだね。行ってみよう!」

 小さな路地に顔を向ける。確かに、新聞屋の男らしき後ろ姿が遠くから伺えた。

 早足で進み、クリスたちもすぐ後を追いかけてくる。

 しかし呼び止めようとした刹那、ふと周りに漂っていた違和感に気付いた。


「えっ?」

 男の顔はこちらを向かず、真っ青な肌で小刻みに震える。

 歩み寄ろうと足を踏み入れると、地面に薄い氷が張っているのか、砕ける音がはっきりと聞こえた。

 バアルが、抵抗する男の首を掴み、もう片方の手で杖を携えていた。

「こ、のッ……!」

「あの人に詫びろ、地獄の底でな」

 止めに入るよりも先に、握られた杖が眩い光を放つ。

 男の首を中心に、上半身が真っ白に凍り付いた。冷気は周囲に広がっていき、肌を突き刺す寒さに思わず飛び退く。

 痙攣の後、彼に掴まれていた男は、全身の力が抜けて倒れこんだ。

「かは……あ」

 こちらを向いたまま、微動だにしない。呼吸をする素振りは見せず、見開かれた瞳には、光がない。

 駆け寄る間もなく、それは死んでしまったのだと悟った。


 凍えるような冷たさなのに、地面に汗が滴り落ちる。

 物言わぬ抜け殻となってしまった男に、バアルは侮蔑にも近しい冷ややかな視線を送る。

 昨日、穏やかさを見せてくれた魔法使いの先輩とは、まるで別人のような風貌だった。

「何、だと?」

「バアルさん!?」

 考えるよりも先に声が上がる。沈黙の後、振り向く彼。

「……君たち、は」

 自分たちが来るとは知らなかったのか、小さく口を開いた彼は一歩後退る。

 澱みもなく地面に張った氷が、互いの姿を映し出しながら少しずつ溶けていく。

 その時、自分たちの間に流れていた時間は不意に止まった。


 続く

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