SS リズへの報酬
エリーナのダイエットが成功したため、前世の知識を総動員した二人には報酬が支払われることになった。何か欲しいものがあるかとクリスから聞かれ、マルクは恐縮しながらも切れ味のいい包丁をと答えた。一方のリズは、それならあるお願いを聞いてほしいと、分厚い紙束を持って執務室を訪ねたのだった。
「あの、クリス様。私への報酬なんですが、クリス様が育成されている小説家の一人を紹介してもらえないでしょうか」
クリスはドルトン商会を経由して、エリーナに供給するロマンス小説を書く小説家の育成も手掛けていた。
「小説家を? できるけど、また何で?」
リズもロマンス小説好きだ。まだ出版されていない新作が欲しいとか、絶版された小説が欲しいというなら分かるが、思いもよらない願いにクリスは首を傾げる。それに対し、リズは「えっと」「その」と言い出しにくそうにしていた。前回とは逆だなと思いつつ、クリスは用件に入るのを待つ。
リズは気恥ずかしそうに視線を動かし、持っていた紙に目を落とす。
「私が前世、乙女ゲームが大好きでたくさんプレイしていたことはご存じだとは思うんですが……一つ、どうしてもストーリーが忘れられない作品があるんです」
「へぇ。乙女ゲームの中にはストーリーがいいものが多いからね」
エリーナは基本的にヒロインをいじめるシーンと断罪されるシーンにいたため、ストーリー全体を把握するには頭の中にあるシナリオを読むしかなかったのだが、クリスはモブとしてほとんどのシーンにいた。そのため、ストーリーを遠巻きに見ていたのだ。
「そうなんです。それで、そのうちの一つが涙なしでは語れない名作で、次回作が出るって決まっていたんですが、プレイする前に死んじゃったんです」
相槌を打つクリスは、だんだん話が見えてきた。
「この世界に生まれてから、何度もストーリーを思い出して、もう一度プレイしたくなって……でも、この世界にゲームはないし、私に文才はなくて。忘れないように、子どもの時からストーリーの流れやセリフを書き留めていたんです。それで、小説が書ける人を紹介してもらえたら、その人に依頼しようかと思いまして」
「乙女ゲームオタクのリズが絶賛するストーリーか……。ちょっと見せてよ」
「え、あ……きれいにまとまってはいないのですが」
自分用のメモだったので恥ずかしいが、小説家を紹介してもらえるならとリズはクリスに手渡す。クリスはタイトルに目をやり、2,3ページ読み流すと頷く。
「たしかにこれ、僕が経験した乙女ゲームの中でも一番の名作だったよ。さすがリズだ」
「えっ! クリス様、いらっしゃったんですか!? どこに! 誰ですか!?」
矢継ぎ早に質問を繰り出すリズからは、乙女ゲーム愛があふれ出している。クリスは小さく笑い、首を横に振る。
「モブに名前はないよ。そうだね、路頭に迷うヒロインに傘を差し伸べる攻略キャラの後ろを歩く商人とか、戦場に赴いた攻略キャラのためにドラゴンに乗って加勢しに行ったヒロインに斬られる兵士とかだった」
満遍なくモブキャラの中にいたが、プレイヤーの目に留まるシーンはその二つくらいだろう。
「え、え! あのシーンですか! すごい! じゃあ、ストーリーも覚えていらっしゃいますか!? 私、義弟ルートの中盤が怪しくて」
「完全にとは言えないけどだいたい覚えているよ。リズのメモを見ていたら思い出してきたし」
クリスはページをめくり、読み進めていく。頭の中で別の計算が働き始めていた。
「ということは、エリーナ様も? あれ、でも悪役令嬢は出てこなかったような」
「エリーはいなかったよ。これは僕の3回目の作品で、エリーとは10回目以降に一緒だったから」
ただ一人、意味も分からず動けないモブキャラの中にいて、ただ目の前に流れる物語を空虚な眼差しで眺めていた頃だ。
「そうだったんですね……。えっと、それで、小説家さんを一人紹介していただけますか?」
思わぬ話の花が咲いてしまったが、リズはじぃっと紙束の最後まで目を通したクリスを見つめた。クリスが顔を上げ、口端を上げる。
「紹介するのはいいけど、その先はどうするの? 依頼ってことはお金を払って、書いてもらうつもり?」
「あ、はい。そうですけど?」
ラルフレアで侍女見習いとして働いていた頃から、貯金は少しずつしていた。ある程度まとまった金額があるので、問題ないと思っているが見通しが甘かったかと不安が胸をよぎる。
「この物語をリズだけが読むなんてもったいない。出版しよう。このメモをもとに小説を書かせるから、リズは監修をしたらいい。もちろんリズの取り分もあるよ。そうすれば、自分が好きなように物語を作ってもらえるし、これが売れたら続編が作れる」
「え、続編?」
「そう。自分が好きな展開にできる続編。作りたくない?」
「作りたいです!」
食い気味にリズは即答した。その返答に満足そうに笑みを浮かべるクリスは、世界の半分をくれてやろうと言う魔王に見えたという。
こうして、リズが監修したロマンス小説は出版されるなりアスタリア、ラルフレア両国で飛ぶように売れ、ロマンス小説評論家であるエリーナとベロニカにも絶賛された。続刊の制作も決定している。リズはヘルシープリンの報酬として、この上ない幸せを手に入れたのだった。




