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悪役令嬢の品格-読者様への感謝を込めた短編集-  作者: 幸路 ことは


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SS カイルの小さな幸せ

『悪役令嬢の品格 -20回目はヒロインでしたが、悪役令嬢を貫きますー』のコミカライズ版がRenta! 様で7月19日(土)より配信開始です!


以前、リクエストをいただいていたお話を投稿します。

同時に、本編の方にも短編を数日にわたって投稿します。

 カイル・ドルトンは商人である。若くしてドルトン商会を継ぎ、弟ミシェルが考案・開発したお嬢さまシリーズ、お姫様シリーズを中心に幅広く商品を取り扱い、今やラルフレア王都でも屈指の商会へと急成長した。


 クリス、エリーナ夫妻に子供ができてからは、ベビー用品も取り扱うようになり、さらに裾野を広げている。当然毎日目が回る忙しさで、時は金なり、移動の馬車の中でも商談をするほど仕事に心血を注いでいる。


 だが、今日は商談と商談の間に余裕があるため、最近お腹周りのささやかな肉をミシェルにつつかれ笑われたカイルは、散歩もいいだろうと商会までの道を歩くことにしたのだ。


(この辺りも、いくつか店が変わってるな~)


 商人として店の入れ替わりには敏感でなくてはならない。今の流行り、立地、客層、店一つ見るだけでも得られる情報は多い。商人として駆け出しのころは、よく仕事の合間に町を歩いていた。最近このような市場調査は、部下に任せていたがたまには自分の肌で感じるのもいい。

 帰路の半分を過ぎたところで、露店のテーブルに積まれた黄色い果実に目が留まった。太陽の日差しを浴びて、みずみずしく輝いている。


(レモンの店が増えたなぁ。今年は暑いから、酸味が強いものが売れるかもしれない。よし、レモンプリンの試作を頼むか)


 ついでにと、その店で足を止めてレモネードを買う。ガラスのコップごしに冷たさが伝わり、丸い氷の中にはレモンの果肉が入っていた。


(おぉ~。氷が溶けても味が薄まらないだけでなく、見た目もきれいだ。やるな~)


 休憩用なのか、パラソルの下にベンチが置かれていたのでありがたく腰を下ろし、しばし商品を観察してから冷えたレモネードを喉に流し込む。レモンの爽やかな香りが鼻に抜け、酸味とほのかな甘みがすっきりしていてゴクゴク飲める。体は水分を求めていた。歩いて少し火照った体が冷えていく。まだ夏は始まっていないが、日差しは強い。王立天文台によれば、今年は例年より暑いらしい。


(暑くなるってことは、涼を感じられる商品が売れる。この間の取引で北の国とつながりができたから、氷菓子を仕入れるか……。南の国の商人に、夏を涼しく過ごす商品があるか聞いてみるのもありだな~)


 根っからの商人であるカイルは、少し町を歩くだけで新たな儲けの種が浮かんでくる。それを忘れないように手帳にメモをし、レモネードを飲み切った。コップを店に返すと、ちょうど若い女性がレモネードを買っていた。ふと、その女性の髪飾りが目を引く。


(あ、うちの新商品)


 その髪飾りは、クリスとエリーナの婚姻5年を記念したもので、赤と紫のリボンが組み合わされている。デザインを巡ってミシェルと筆頭針子であるアイシャが言い争っていたのも記憶に新しい。結局は、ミシェルの服飾センスはいまいちなので、アイシャ9、ミシェル1のデザイン案に収まったのだ。


 そのやりとりはもはや名物で、思い出して口元が緩んだ。皆が楽しそうに仕事に打ち込んでくれているのが嬉しい。そして、再び歩き出せば、通りの角にカフェ・アークの三号店が見えてきた。店先で並んでいる人をさばいていた店員がカイルに気付いて、会釈をする。それに軽く手を挙げて応え、盛況そうで何よりと通り過ぎる。


 少し歩いた先の本屋には、新刊の『プリン姫の冒険 魔王との対決編』が並び、その向かいにはカイルが仕入れて卸している薬屋があった。道行く人々に目を向ければ、ドルトン商会が関わっている商品を身に着けている人が何人もいる。


(ここまで、広がったんだなぁ)


 胸にくすぐったさを覚える。商人の成果は売上であり、カイルは毎日帳簿と睨みあっている。だが、それとは別に実際に自分が関わった品々が、店が、町に広がっているのを目にすると、自分という存在が溶け、染みわたっていくような不思議な感覚になった。昔、ミシェルがエリーナの周りの品を、全て自分が作ったもので埋めると豪語したのを呆れて笑っていたが、これは自分も笑えない。胸のうちには、確かな達成感があるのだから。


 商人としてのし上がっていけば、当然やっかみも受ける。数字のようにきれいなことばかりではなく、割り切れないこともある。胃薬に何度お世話になったか数えきれない。それでも、商品を買ってくれる、身に着けてくれている人たちの笑顔を見れば、全て報われる。


「……商人やってて、よかったな」


 カイル自身は不器用で、製品を作る助けもできなければデザインもできない。ただできるのは、やってきたのは、誰かの「欲しい」を聞いて、誰かの助けを借りて、人を辿って、実現すること。その積み重ねが、今のドルトン商会を作った。


 カイルは住み慣れた家でもあるドルトン商会を見上げる。元は小さな商会で傾きかけていたのに、今やアスタリア王国にも支店があるほど成長した。部下も複数いて、小さな商談は彼らに任せている。今も商談を終えたらしき商人が出ていった。


 商会に入ると、挨拶をしようとした受付の女性が、「あら」と客向けの顔から内向きのものに変わった。


「おかえりなさいませ。もうすぐ次の商談のお時間……カイルさん、何かいいことでもありました? なんだか嬉しそうですけど」


 長くこの商会で働いている彼女にそう指摘され、カイルは「ふふ」と笑みをこぼす。


「いや、幸せだなぁって」


 思いもよらない言葉を受けて目を瞬かせた受付嬢をそのままに、カイルは階段を上っていく。気の抜けない商談へと臨むのだった。


この作品を楽しんでくれた読者様、応援してくださった皆様、いつもありがとうございます。

よろしければ、コミカライズ版も楽しんでくださいね。下にURLをはっておきます。

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― 新着の感想 ―
リクエストに応えていただき、ありがとうございましたm(_ _)m カイル……どこまでも商売脳(・・;) もう、実際の女性とのアレコレは無理なんですね(/_;) ルルちゃん(ネコ)と幸せに。
カイルさんは漢方薬皇帝ですね(笑)プリン姫さまからたくさんの元気と癒しを頂きました。 本当にありがとうございます(^^)
体調を崩しずっとコチラに来ておりませんでしたが、久しぶりに来て心身ともに癒されました。 ありがとうございます。 プリン姫さま最高です✨
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