シャイナの薬
起きているのかまだ寝ているのか、体も重く動くのがだるい。
「ううー・・・・」
目が覚めていくにつれて頭がじわじわと痛みを増していく。いつの間に仕事が終わって教会に帰ってきたのかさっぱりわからない。カーテンの端から入ってくる光を見るとまだ外は明るいようだ?
「あれ? 昼まで寝てた?」
こめかみを揉みつつアビゲイルは体を起こし、部屋を眺めた。
「どこ? ここ」
部屋はアビゲイルの部屋より一回り大きく、部屋中にあらゆる植物が植えられた鉢が雑然と並び、天井には格子がかけられてそこからまたたくさんの植物が干して吊るされていた。大きく息を吸い込むと花の良い香りが漂ってくる。香りの先には窓があり、カーテンが風で揺れていた。窓が開いているみたいだ。
(気持ちいい部屋だな)
アビゲイルがそう思ったと同時にドアがノックされて、小柄で猫背の老婆がゆっくりとした動作で入ってきた。
「起きたかね、思ったより早かったね」
「アビーさん~。良かったです~!」
老婆の後ろからナナがカップや水差しを持って現れた。
「あれナナ、・・・・ん? ここどこ?」
「ここは私とおばあちゃんの家です~」
「ひひひ、ナナが世話になってるね。わたしゃシャイナ。ナナのばばあだよ。ここは治療、入院用の部屋だよ」
「えっ? 入院?」
入院と聞いて自分に何かあったのかと考え直した、そういえば下水道で立ちくらみがして倒れたのだということをようやく思い出した。
「ひっひひひ」
シャイナは笑いながらアビゲイルの顔をシワに隠れてしまいそうな小さな目でじろじろと眺めて、手を取り脈を測りうんうんと頷いた。そして持ってきたいくつかの瓶から何か得体のしれない液体や粒を出して乳鉢にいれてゴリゴリと擦りだした。
「思い出したかい? 仕事中にお前さんは魔法の使いすぎで倒れちまったんだよ。ようは魔力切れさ」
「魔力切れ・・・・・」
「ひとそれぞれ魔力を持っているけど、それが無くなっちまうと気を失ったり体が動かなくなったりするのさ。お前さんみたいな倒れ方だと今まで魔力切れしたことなかったんだろね。自分の加減を知らない奴の倒れ方だよ」
「はあ、全くそのとおりです。すいません」
まだ痛い頭をぽりぽりとかいてアビゲイルが謝罪するとシャイナはひひひと笑った。
「でも無事で良かったです~。アビゲイルさんを背負ってマスターがギルドに駆け込んできたときは驚きました~」
「ぜんぜん覚えてない」
「気絶してましたからしょうがないです~。そのままうちに連れて寝かせたんですよ~」
ディクソンは下水道からナナの家までアビゲイルを背負って走ってきたのだそうだ、仕事の途中で倒れて運ばれて、なんとも申し訳ない気持ちになっていると。シャイナは気づいたのか気にするなと慰めてくれた。
「あの子は力があるからね、ここまであっという間だったろうさ。ディクソンの坊やがすぐに魔力切れと気づいてくれて良かったよ。あとで礼でも言っときな」
「はい、あのここに運んでもらってどのくらい経ってますか?」
「2時間くらいです~。今はお昼すぎですよ」
思ったより寝込んではいなかったようだ。だが頭痛と体のだるさは相変わらずひどかった。
「2時間くらいじゃ魔力は回復しないのか・・・・・」
「目が覚めるくらいの最低限の魔力しか戻ってないよ。体に魔力が残っていると治りが早いけど、空っぽになるとずいぶん時間がかかるものなのさ完全回復までは2日はかかるよ。このシャイナ特製の回復薬を飲まないとね、ひーひひひ」
マグカップいっぱいの飲み薬を渡された。赤茶色の液体でカップは冷たいのにボコボコと泡立って泡が弾けるたびにそこから緑色の煙が昇る。
「これを飲む」
カップとシャイナを交互に何度も見る。シャイナは楽しそうに青白いアビゲイルの顔を見ている。ナナがそっとお湯のはいったカップを薬の横に添えてくれた。目で「がんばれ」と言ってくれている。飲むしか無い。
「よし、ありがとうございます。いただきます」
「一気にいきな」
大きく深呼吸して息を止めて飲む、口に含むと何か柔らかいタピオカのようなものが入っているのがわかったが、とにかく気持ち悪い。アビゲイルは気合でそのまま一気に薬を飲みほした。
「ウエェ」
すぐにお湯の入ったカップを奪うように取りくちをゆすぐようにしてがぶ飲みする。
「ウワーハー、お湯もう一杯!」
ドブの水を飲んだらこんな味だろうか? 味がすごすぎて香りまではわからない。お湯一杯では味が口から消えなかった。注がれたお湯をまた一気に飲み干す。
「ヒーヒヒヒヒヒ! いい飲みっぷりだね! 最高だよ! ヒヒヒヒ!」
シャイナは先程より高い声を出して大笑いしている、この薬の味はわざとではないのかと怪しくなってくるような笑いだが、言うとさらにすごい味の薬が出てきそうな気がしてアビゲイルは黙った。
「いやあよく飲んだね、たいしたもんだよ。次はこれを飲みな」
まだあるのかとアビゲイルは驚愕したが、シャイナが出してきたのはレモン色の炭酸水だった。
「これはエーテル水、口直しには最高だよ。魔力も回復するしね」
「え・・・・? じゃあこれを最初から飲めば良かったのでは・・・・?」
「さっきのはこのエーテル水の効果を高めてさらに魔力回復するための栄養薬。あると無しとじゃ大違いだよ」
「あっハイ」
エーテル水は甘い酸味のついたレモン水のようで本当においしかった。シャイナの回復薬を飲んだからなおさら美味しく感じているのかもしれない。
「おいし~」
「ひひひ、シャイナのエーテル水は特別だよ」
「えっ。これもシャイナさんの手作り?」
こんなにおいしく薬が作れるのなら他の薬ももっと飲みやすくできるのではないだろうか? 疑問に思っていたらまたシャイナがアビゲイルの気持ちを読み取ったのか
「良薬口に苦しだよ、美味しく作るとすぐに薬に頼ったり飲みすぎたり良くないんだよ。エーテル水は緊急時の栄養薬だからすぐにスッと飲めるように作ってあるのさ」
「なるほど」
「まあ薬を飲んでつらそうな顔してるの見るのも面白いんだけどね。内緒だよ、ヒヒヒ」
「ナルホド」
「効果いい状態で飲みやすく作るのは手間がかかるんだよ」
そう言いながらシャイナは首を回して肩をもんでいる。
「とりあえず今日は泊まっていきな。ディクソンが教会に連絡に行っているからね」
「ありがとうございます」
「アビーさん食欲ありますか~? 魔力と体力がないときは食べるに限ります~」
食欲があるかどうかと不安に思ったが、気づくともう頭痛はおさまっていて体もだるさが減っていた。やはりシャイナの薬は恐ろしいほどよく効くというのが改めてよくわかった。
「うん、いただこうかな? 薬のおかげで頭痛も収まったし。シャイナさんありがとうございます」
「ひひひ、いいんだよ。あとで薬代はいただくからね」
「ハイ」
ベッドから降りてゆっくり立ち上がる。まだ少し体に力は入らないが歩く分には問題なかった。明日このまま下水道クエストに参加できるかどうか心配だが、シャイナの薬はもうしばらく飲みたくないので、今はただ食べて寝るしか無いとアビゲイルは思った。




