モモ餃子とロイド談義
帰宅後アビゲイルは早速モモを焼いた。エルマがスプリングオニオンと卵のスープとジャガイモとグリーンピースの温野菜サラダを作ってくれていたので夕食もすぐに用意出来た。
「なんだか最近ラム肉が多いわね」
「エルマ苦手? ラム肉」
「ううん、平気よ。小さい頃から食べてるし、でもニンニクとかが効いてると明日だいじょうぶかな~って思っちゃう」
小さく舌を出して照れる。女の子だから口臭や匂いが気になるのは当たり前だ。
「食後とか明日の朝に牛乳飲むといいらしいよ」
「へえ、じゃあたっぷり飲まないとね」
ご飯を作るときにこうしてエルマ達と会話するときは冒険者ではなく、少しお母さんのような気持ちに戻れてアビゲイルは楽しかった。だがエルマ達の母親ではないので、余計なことは言わず。はたから見ると年の離れた姉妹のような会話だ。
のんびり会話しているとオスカーがくんくんと匂いをかぎながら食堂にやってきた。
「今日はずいぶんスパイシーな匂いだねえ」
「アルさんがモモを作ったんです。そのお手伝いのお礼で少しいただけたんですよ」
「えっモモが食べれるのかい? 嬉しいねえ」
「今日の酒場の夜メニューなんですよ」
焼き上がったモモをテーブルにおいて、小皿にソースを分けて席に並べた。
「ソースもあるんだね、本格的だなあ。いやあ嬉しいね、早速いただこう」
「はーい、いただきまーす」
形は餃子だが味は全然違い、スパイスの刺激と辛味の効いたパンチのある味だ。味も香りもアビゲイルには未体験なものだったが、昔食べたネパール人の経営していたカレー屋の味を思い出す。
「うーんおいしい、トマトソースのおかげでちょっと爽やかになりますね」
「夏の新鮮なトマトで作るとソースはもっと酸味が増しておいしくなるんだよ」
オスカーはうれしそうにモモを頬張っている、カミラはソースを使わずにそのまま食べている。トマトは食べたくないようだ。それを見つけたオスカーは。
「カミラ、ソースを使わないのならお父さんがもらってもいいかな?」
「いいよ、食べて」
「ありがとう」
差し出されたソースの小皿を受け取り、オスカーはまたモモをたっぷりとソースに浸して食べ始めた。最初のぶんはもう食べてしまったようで、オスカーの小皿は磨いたようにきれいになっていた。
「お父さん本当に好きなのね。口のはしにソースがついてるわよ」
オスカーの食べっぷりを見てエルマは微笑んだ。言われてオスカーは慌てて口元を拭う。
「いやあ本当に久しぶりだったからね、トココ村でモモが食べれるとは思わなかったし。本当アビゲイルさんとアルのおかげだな」
「食べすぎて太らないでね」
それを聞いてオスカーはモモを食べる手が一瞬止まった。が、すぐにまた食べてじっくり味わっている。飲み込んでから小さくため息をつきつつ話しだした。
「そうだね・・・・、食生活がよくなったから確かにちょっと太ってきたんだよな・・・・・」
「あらま」
アビゲイルは少し申し訳なかった。
「だがまあ前より健康的にはなったからね、私がもう少し運動すればいい話だしね」
頭をかりかりとかきながらオスカーは恥ずかしそうにつぶやいた。
「やっぱり少し太ったね、カミラもだいぶ顔が丸くなったものね」
「えっまるくないよ?」
「うむ、カミラは前より野菜もよく食べるしおかわりも多くなったからね、食いしん坊の性格で拍車がかかっているように思うよ」
「まるくなってないよ!」
たくさん食べてもらって健康になるのはいいが、肥満になるのはいただけない。よく食べるカミラが可愛くて食べさせすぎただろうか?
「あらー気づかなかった・・・・申し訳ない。・・・・・・あ、こういう気持ちか~」
「ん? なんの話だい?」
「ああ実は・・・」
アビゲイルは今日聞いたロイドの話をみんなに話した。ロイドは昔家族に可愛がられてコロコロに太っていたそうだと聞いたことを話すと、予想どおりエルマの表情がかたくなり、目が死んできた。
「そうよ・・・あの人本当にそんな感じで、それでわがままでいたずらいじめっ子で最悪だったわ。女の子全員いじめられたけど、途中で転校してきた私には本当にひどかったわ」
「あ、そうなの? 生まれはトココ村じゃあないんだ」
「うん、私達はディクソンが来たすぐ後くらいにここに住み始めたんだよ」
「そうだったんですか」
エルマがいじめられていた頃は周りの友人が大人たちに話したこともあって、何度もロイドの両親がロイドを連れて謝罪に来ていたらしい。それでもいじめは止まなかったが、ある日を境にピタッと止んだそうだ。
「へえなんでだろ?」
「知らないわ、でもいじめられたりからかわれたりすることが無くなって本当に良かった。あとはあの人がこの村からいなくなってくれたら嬉しいわ」
そう話したあとにエルマは大きなため息をついた。まるでそのため息でロイドは村から飛んで行きそうなくらい大きなため息だった。
「ごめんね、嫌なこと思い出させちゃって」
「ううん、いいのよ。アビゲイルさんも気をつけて。何するかわかんないからあの人」
「そうなの? ・・・・ありがとう気をつけるわ」
夕食後、エルマとカミラは一緒にお風呂に入っていて、その間アビゲイルは夕食の片付けをして応接間でオスカーと一緒にお茶を飲みつつ神魔法の練習を始めた。と言ってもエルマ達の入浴が終わるまでの間だけの簡単な練習だった。
両手を握り合ってオスカーの魔力の流れを読み取りつつ、自分の魔力を全身で丁寧に練り上げていく。オスカーは時々わざと自分の魔力の流れを変えたり、一箇所にためたりしてアビゲイルに読み取らせる。
「うーん・・・・えーと右足・・・すねのあたりに魔力がないです」
「正解、次」
「え? あ、どこだろう・・・・・・あっ後頭部左側」
「正解、はいここは?」
「ん?・・・・・・んん? え?」
「ヒントは顔」
「かお・・・・あー右目?」
「正解、よし休憩しよう」
握り合っていた手を離してからアビゲイルは大きく伸びをした。
「ああー難しいっ」
「まあまあこれも練習練習」
オスカーがお茶を入れ直してくれた。疲れたので砂糖を入れてゆっくりと飲む。少しの間静寂になり、お風呂場から小さくカミラとエルマの歌が聞こえた。
「そういえばさっきロイドがエルマをいじめるのを突然やめたとエルマが話してただろう?」
「はい」
「やめさせたのは実はディクソンなんだよ」
「えっ」
カップの湯気を眺めていたアビゲイルは驚いてオスカーの顔を見上げた。
「ロイドが両親と一緒にうちに謝りに来てね、そのとき偶然ディクソンが教会にいたんだ。私達のやりとりを聞いていて、顔をそらして私に謝らないロイドを見てディクソンが言ったんだ」
(謝れない奴は嫌われて最後ひとりぼっちで死ぬぞ)
「うわ・・・・」
「そしてこうも言って」
(お前エルマのこと好きみたいだけど、いじめて興味引いても絶対好かれないぞ。むしろお前はエルマにとって毛虫以下にしかならん。もういじめはやめろ。クソかっこ悪いぞ)
「なかなか辛辣ですね」
(好きな女はいじめずに守れ、大事にして優しくしろ。悪さをしたら謝れ。じゃないと絶対好かれないぞ。強くなりたいなら冒険者ギルドに来い。強い男になってエルマを惚れさせろ)
「あ?」
アビゲイルのはっとした顔を見てオスカーは微笑んだ。
「そう、ロイドを太ったいじめっこから冒険者にしていじめを止めさせたのはディクソンなんだよ」
「そうでしたか・・・・へえー・・・へえ」
驚きと感心で言葉がとぎれとぎれになってしまった。
「ふうん・・・それでロイドはディクソンに頭が上がらないのか、尊敬もしてるみたいだし・・・・なるほどなあ。というか・・・・」
「ん?」
「ロイドの冒険者になった動機がなかなか・・・・・不純というかなんというか」
それを聞いてオスカーも苦笑いになる。
「きっかけは人それぞれだね。まあいじめが無くなっただけでも成長しているよ」
「そうですね」
冒険者になって2年経っても相変わらずエルマには毛虫並に嫌われているロイドだが、いつかエルマを守れる男になれるのだろうか? その前にやらなければいけないことが山積みな気もするが。
だが積んであるものが人によって違うだけで、誰しもが何かを山積みにしていてそれをこなしていなしていくのが人生なのだとアビゲイルはぼんやり思った。




