ロイドの家
なかなかに賑やかだったがまだ朝である。ギルドにも来たばかりだ。ロイドはディクソンに首根っこを掴まれたまま引きずられて行った。ディクソンの力と強引さはこういうとき本当に役に立つ。
「さて今日の仕事は・・・・と」
数日経過して落ち着いたのか、薬草採取のクエストがいくつか余っていた。久しぶりにやろうかと思ったがナナが声をかけてきた。
「アビーさん、今日は午後から依頼がきてますよ~」
「へ? 誰から?」
「心臓亭の皆さんからです。仕込みの手伝いをアビーさんにお願いしたいそうです」
直接依頼が来たのは今回が初めてだ。だが冒険者としてではなく、料理の手伝いというのがなんともアビゲイルらしい。
「なんの仕込みだろ? いいよ、受ける」
「ありがとうございます~。では午後からお願いします」
午前中は薬草採取することにする、予備冒険者のばば達から一緒に行こうと誘われたのでついていくことにした。東南の川沿いの道、そのわきの薬草を摘みにいく。なんでも川の近くは春先の薬草の育ちがいいらしい。
「なんでかはわからないけど昔からそうだね、大森林の恵みや力が川に流れてきてるのかね?」
「あれじゃないかね雪解け水に栄養があるかもしれないよ、川の水も増えるしねえ」
「まあ昔から東の川沿いはなんでもよく育つんだよ」
話をしながら村外れの道につき、畑や放牧地と道を遮る柵に並んでモギ草が生えている。
「さてはじめて行こうかね。アビーさんと私は右ね」
「はーい」
手分けしてモギ草の脇芽を摘んでいく、新芽も少しだけ摘む、そうすれば新しい脇芽が伸びてまた収穫できる。この道にはモギ草に混じって別な草木が生えている。
「ああ、それは別の薬草だよ。摘むのはもう少し育ってからだね」
「これはなんていう草なんですか?」
「オカ草っていうんだよ、木だけどね。そっちはお腹の具合が悪いときに食べるのさ。新芽を普通に茹でて食べるとおいしいよ。採るのは夏が始まる頃さ」
他にも色々と雑談をしたり、ばば達の歌を聞いたりしながらのどかに薬草摘みをしていく。
「あ、この先にスライムがいますね。ちょっと退治してきます」
「気をつけてね」
道を外れて川沿いに行くと2~3匹スライムがいたので、用心しつつ退治する。やっぱり1度できれいに切れない。最後の1匹は切る途中で刃が止まり、剣にスライムがくっついたままになって慌ててしまった。火魔法で焼いて事なきを得たが、やはりきちんと切れないと良くないなと思い直す。
「明日はたっぷり退治出来るから、たっぷり練習しよう」
核を集めて道に戻る、心配してくれたのかばば達が先ほどと同じ場所で待っていてくれた。
「あれ、先に行っていても良かったのに」
「いいじゃないか、心配させておくれ。スライムとはいえ何かあったら大変だからね」
「すいません、待たせちゃって。ありがとうございます」
「じゃあ先いこか」
日差しが少し高くなって、そよ風も暖かく感じるようになった。どこからか木々の花びらが数枚ちらほらと漂ってきて、花びらと一緒に僅かな香りが花をくすぐる。薬草摘みという大事な仕事の最中ではあるが、景色や気温の暖かみがなんとものどかで散歩か遠足にでも来ているような気分にさせてしまう。
みんなとのおしゃべりは陽気のせいか盛り上がり、話しすぎてネタが尽きてきた。
「そういえば今日の朝ロイドがまたぐずっていたねえ、ちょっとは真面目になったかと思ったんだけど、そうもいかないねえ」
「あの子は昔からいたずら小僧でわがままに育ったから、これから苦労するでしょうよ」
「あそこの奥さんは優しい人だからねえ」
ロイドの話になったのでこれはチャンスと思いアビゲイルはばば達に聞いてみた。
「そういえばロイドの実家ってどんな感じなんですかね? 今日実家暮らししたらって言ったら怒っちゃって」
「あらら、まあそうかもしれないねえ。あの子のうちの人ってみんないい人なんだけどねえ」
いい人と聞いてアビゲイルは最初、ロイドの家の悪いところを言う前のフォローなのかと思ったが、聞いてみるとそうではなかった。父と腹違いの兄が二人、そしてロイドを生んだ母とロイドという5人家族らしいのだが、母も兄も優しく、父も可愛がっているそうだ。だが度が過ぎるらしく小さい頃は家族全員で小さいロイドを徹底的に甘やかしてしまい、結果小太りのわがままいたずら坊主になり。成長すると現実の厳しさを叩きつけられていじけて世間に甘えて、ボーッとしてても自分のなりたいものになれると思い込んだこじらせ屁理屈野郎になってしまった。ということだった。
環境と世間に文句を言うばかりの男になってしまったのだが、別に家にたいした問題があるわけではなかった。
「家に戻ろうと思えば戻れるだろうけど、聞いた話じゃ見栄張って都まで飛び出してすぐに戻って来ちゃったらしいから帰りづらいんでしょうねえ」
「都で冒険者になったんですか」
「そうらしいよ? でも3ヶ月くらいですーぐ戻ってきたんだよ」
「あらー・・・・」
話に集中してしまい、手が休んでいたことに気づいて、アビゲイルはすぐにモギ草摘みに戻った。余計なことを言ってしまったかなと思ったが、たいしたことはなかったと知り、それもまたどうなのかと少しモヤモヤしてしまったが、ロイド自身がどうにかするしかない案件とわかったので、アビゲイルは同じ冒険者として応援するくらいしか出来ないなと自分に言い聞かせることにした。
(ひょっとしたらみんなが知らない家庭の事情もあるかもしれないしね・・・・・)
よその家のことにはよほどのことがないかぎりあまり深くかかわらないほうがいい。これは子育てと同時に大量のママ友と子供の同級生のお母さん達と関わってきたアビゲイルの経験則だ。
依頼された量のモギ草が集め終わったのでギルドに戻ると訓練場から剣がぶつかり合う音が聞こえてきた。
「ただいま~。あの二人もう帰ってきてるんだね」
「ついさっき帰ってきて休みもせずに訓練してます~」
「だいじょうぶなのかな?」
訓練場の入り口からのぞいてみると、ロイドはもうボロボロに疲れ切っていて汗だくでよろよろしていた。文句を言う気力もないように見える。ディクソンはチラっとアビゲイルを目線で捉えたがすぐにロイドに向き直って訓練を続けた。まあディクソンに面倒を見させておくのが一番いいのだろう。アビゲイルはギルドに戻ってナナと一緒に昼食を食べた。すぐに食べ終えたがロイド達は訓練場から出てこなかった。
「ではでは酒場に次の仕事に向かいますかね」
「いってらっしゃい~。報酬はアルさんからいただいてください~」
「は~い」
心臓亭の厨房に向かうといつもの3人が昼食をとっていた。
「こんにちは~。依頼を受けにきましたー」
「いらっしゃい! 早かったね、よかったら一緒に食べないかい?」
ウルバがゆでたまごのはいったザルをアビゲイルに差し出した。
「ありがとうございます」
ひょいとひとつ持ってコツコツとテーブルに打ちつけながら差し出された椅子に座るとすぐにお茶を出してくれた。手際の良さに少し驚く。
「至れり尽くせりですね」
アルが塩壺を差し出しながら今日の依頼は何かを話しだした。
「今日の晩のメニューにモモに似せた餃子を出すんだ。羊肉のクミンが効いたやつだがな。あれから店が終わったあとに俺なりのガラムマサラを作ってみたんだ」
「おおおー! すごい! じゃあそのお手伝いってことですね」
「そうだ、一応味見と包んでいく作業を手伝ってほしいんだ」
調理台を見ると羊肉はすでにひき肉になっていて下味もついているようだった。近づくと鼻に鮮やかな香りと刺激を感じる。
「うーん、いい香り。スパイスの材料はどんな感じなんですか?」
「あんたの言っていた黒胡椒とシナモン、クミン、ローリエ、そこに俺なりに考えて肉に合うクローブと爽やかさにカルダモンが入ってる。昼前に肉だけ少し焼いてみたんだが味を見てくれ」
アルの差し出された小さなハンバーグのようになった具を食べてみる。冷めてはいるがスパイスがしっかりと香っていてラム肉の強い匂いと混じって濃厚な感じだ。
「うん、おいしい。ガラムマサラばっちりですね。あとニンニクと生姜も効いてて塩加減もちょうどいいです。タレなしでもいけますね!」
アビゲイルの感想を聞いてパトリックとウルバも強く頷いた。アルも少しホッとしたような顔になり、胸をなでおろした。
「良かった」
「私の知ってるガラムマサラに近いです。でも一度にこんなすぐにブレンドできてすごいですね」
「いや、最近スパイスの行商人が売りに来てな、そいつにも聞いてみたら知ってると言うんでそいつからもアドバイスをもらったんだ」
アルのスパイスを選んでいくセンスに驚いたが、香辛料のプロからの助言もあれば納得である。このまま他の料理にも使っていけそうだ。
「よし包んでいこうぜ、生地も練って休ませてあるからな。アビーさん生地を包む大きさに作っていってくれ。アビーさんの包み方も教えて欲しい」
「はい」
いつもの餃子作りの要領でどんどん作っていく。
「うまいもんだねえ。やっぱり頼んでおいてよかったよ。あたしらだけだったらもっと時間がかかってたかもね」
「生地を伸ばして小さい四角に切っていったものに包んでもいいですよ」
「包み方で食感が変わって面白いかもな」
モモを作りは全員がテーブルを囲んで座って作業していったので、ここでも会話に花が咲いた。最初は料理の話が多かったのだが、ふいに途切れたのでアビゲイルはふと思いだして今日聞いたロイドの家の話を振ってみた。
「ああそうだよ、だいたいそんな感じだよ。アイツの家はロイド以外みんな優しくて働き者さ」
「甘やかしすぎたんだよ、それだけだよ」
「あとはロイドの気持ちの切り替え次第さ」
ウルバとパトリックは交互に教えてくれた。やはりちょっとこじらせているだけらしい。
「アイツはまだ若いから、まだやり直しはいくらでも出来る。ディクソンも面倒見てるしな」
やはりアビゲイルが心配したほどたいしたことは無かった。だが外から見るのとロイド自身から見る世界では深刻さが桁違いなのだろう。実家に帰ることだけはどうにも我慢出来ないらしい。
「家に帰りたくないってアイツずっと言っているけど、そのほうがいいよ。どうせまた優しくされて甘えグセがつくからな。あとかっこ悪いと思ってるんだよ。そんな話じゃないのにさ」
パトリックも付き合いが長いからかロイドの気持ちや行動がよくわかっているようだ。程よい距離を持って心配してくれている。いい友達を持っている。
「でもアビゲイルさんみたいな冒険者ギルドに入ってきて、魔法も剣も使えてさ、こんなふうに色々作ったりして色々買ったりしてるだろ?」
「うん?」
「しかも剣で一回負けて、最初にケンカ売ったら買われて負けて説教されたりしてさ」
「うん・・・・」
「アイツに結構いいライバルみたいなのが出来ていい刺激になるんじゃないかなって俺はちょっと思ってるんだよね」
アビゲイルはパトリックの言葉に驚いて拒否したら思わず大声が出てしまった。
「ええー、やぁだー。ライバルとか! そういうのいらないし!」
嫌がるアビゲイルを見てみんなが笑う。アルは軽くパトリックをパシッと無言で叩いた。
「アビーさんは気にしないでやりたいようにやってりゃいいよ」
「そうさせてください」
会話もある程度はずんだおかげかモモもあっという間に包み終わった。3人とも覚えるのが早くてどんどん包むスピードがあがったのも理由のひとつだった。
「よし仕込みはこれで終わりだ。アビーさんありがとよ。これ少ないけど報酬な。あと餃子も少し持っていくといい。みんなで食べてくれ」
「ありがとうございます~」
報酬の1000ギルと餃子、そして玉ねぎとトマトの水煮をベースにしたタレまでくれた。再度お礼を言って教会に帰る、太陽はもう少しで山に手をかけるとこまで沈みかけている。オレンジ色のきれいな夕焼けの光が周囲の山を照らして金色に輝いている。もう少し沈めば今度は赤く染まり、濃紺の夜がやってくる。
陽が沈んで登るように当たり前のようにロイドの気持ちが切り替えられたらどんなにいいかと思う。だが人の悩みというのはそう簡単にはいかないのもアビゲイルはよくわかっていた。




