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謝罪

アビゲイルは目覚めてすぐに窓枠にかけていたカバンが乾いているか確認した。夜の間にまた湿ってしまうのではと思っていたが、内側も確認するときれいに乾いていた。これでようやくオスカーに返せる。

「おはようございます」

 着替えて台所に向かうといつもどおりオスカーがお茶を飲んでいた。

「神父様、これずっと貸してくださってありがとうございました」

「おや、もういいのかい?」

「この間ようやくバッグが買えましたので、水筒はもう少し貸してほしいんですけど・・・・」

「構わないよ、カバンもわざわざ洗ってくれてありがとう」

「ありがとうございます」

 朝食とお弁当を用意してすぐにギルドに出かける。また今日からお金を稼がないといけない。まだまだ必要なものが揃っていないからだ。余計なものは買わないように気をつけているが、そろそろちょっとした贅沢もしてみたい。

「おはようございます~」

「アビーさん! おはよう! 良かったすれ違いにならなくて、ようやくコルセットの染め直しと修復が終わったわよ! 見て、この綺麗な染め色! アビーさんに作った鞘とベルトに合わせて同じ色にしたわ! もともとの染め色もあるから微調整が大変だったんだけどお母さんが手伝ってくれて。まだこのあたりは修行が必要ね、でもいい修行になったわ本当にありがとう!どんどん使ってね。そうすれば皮の色が落ち着いてさらに光沢が増してかっこよくなるから!何かあったらいつでも言って、すぐに直すしすぐに作るからね!」

「ありがとうルツ」

 ギルドには朝からルツがいて、コルセットを届けてくれたのだが、話を止める人間がいなかったので最後まで聞くことになった。よく息がつづくものだと感心する。

「届けてくれてありがとう、すぐに使うね」

 背負っていた冒険者バッグを降ろしてテーブルにのせるとすぐにルツが反応した。

「あー!! バッグ! 買ったの? どこで? 雑貨屋? ということは都の量産品ね! どうして私に作らせてくれなかったの? オーダーメイドのほうが色々融通が利くのに! 皮は牛革ね、量産品にしては作りも・・・縫い目も悪くないわね・・・・むむむ・・・・・」

 最初にものすごい勢いで喋りだしたので、今度はどこかで止めなくてはと思ったのだが、カバンの周りをぐるぐる回って見つめながら話しているとだんだん静かになっていった。

「ごめんね、まだオーダーメイドには手を出せなくて、雑貨屋のご主人が知らないうちに取り寄せてくれてたんだ」

「そうなのね・・・・いくらだった?」

「え・・・? きゅ、9000ゼム」

「安いわね! このクオリティで9000ゼムだなんて! 私が同じものを作ったらたぶん12000ゼムくらいになっちゃうわ! 牛革のなめしもきれいだし、使い込んだらもっといい色になるわ・・・・これは・・・・これで・・・・」

 喋りだす勢いは変わらないが、バッグを見つめるたびに声が小さくなっていって黙ってしまう。こんなルツは初めて見る。

「おはようアビー。お、冒険者バッグ。お前のか?」

「うんおとといようやく買えたんだ。でもなんかルツが・・・・」

 言われてディクソンがルツを見る。

「こいつがこんなに静かなのは珍しいな」

 ルツの心中としてはアビゲイルの持つ革製品をすべて作る気だったのだろうか? 雑貨屋で購入したバッグはルツにとって浮気されたような気分にさせてしまっただろうか? バッグをぐるぐると厳しい目で見つめるルツを見て少し不安になってきた。

「ル、ルツ、ごめんね。なんだか申し訳ない」

「・・・・・・」

 返事がない。アビゲイルはあせったが、ディクソンがすかさずルツにチョップした。

「うぐっ。はっ何?」

「アビーがバッグ買ってごめんねって言ってるぞ」

「えっ? なんで謝るの? 全然いいのよ、確かに作りたかったけど押し売りは駄目だしね。むしろ安いだけのちゃちいバッグだったら雑貨屋の親父に殴り込み行こうかと思ったけど、このバッグでこの値段なら全然いいわ! いい買い物よ! 量産品とは思えないんだもん! 同じ皮細工師としてちょっと悔しかったのよね。アビーさんは自由に好きなもの買えばいいのよ。私も得手不得手があるからね! でもこのバッグが壊れたときはいつでも修理するから言ってね! なんならまた染めてあげるわよ、今度は明るい色で・・・うげぇっ!」

 ディクソンがチョップでルツを止める。他の人より力が強いせいか止まるときに出る声も大きい。

「あっそうだこれ、これおまけ」

 ルツが突然アビゲイルに黒革の小さな革袋をくれた。紐の部分には傷のついた骨が装飾でついている。

「お財布よ、アビーさんがこのあいだ買い物してるの見たときポーチから直接お金だしてたから、不便かなと思って。いいでしょ? このあいだアビーさんが退治したブラックウルフの革よ。牙は傷がついてて売り物にならないやつを使ったんだけど、お母さんが言うにはたぶんアビーさんの剣でついた傷だろうって。いい記念になるじゃない? だからあえて使ってみたのよね。いいでしょこれ」

「うわあ、いいの? ありがとう~! コルセットも直してもらったのに、財布までつくってくれて! ありがとう~いいよこれ。財布も欲しかったんだ!」

「でしょ? でしょ? でしょ? うげっ」

「止まれ」

 壊れたテレビを直すみたいにディクソンはルツを叩いている。逆に壊れそうだ。

「ごめんね・・・・なんだか興奮させちゃって」

「ううん、私はいつもこんな感じだから。気にしないで。あと手袋のデザインはもう決まってるから、いつでも言ってね。それじゃあ工房に戻るわ、またね!」

 ルツを見送るアビゲイルにディクソンは手招きする。

「どうしたのディクソン」

「お前の装備も戻ってきたし、この前話してたスライム退治、明日からだからな」

「ああ、そうだね。で場所はどこなの?」

「下水道です~」

「え」

 この村には下水道があったのかと少し驚いたが、教会のトイレは水洗だし、水道が整っているのならば下水道があってもおかしくない。

「この村の下水道は下水処理用の人工スライムがいるんだが、これが放っておくと勝手にどんどん増えるんだ。年に2回これを間引くのが今回のクエストだ」

「ようは下水道掃除」

「そういうこと、スライム退治と掃除がメインだ」

 下水道掃除クエストは村の年中行事の一つで大事なものだ。数日かけて行われてスライムの間引き、下水道の掃除とメンテナンスを行う。村の下水道を管理しているのは役場なので、明日からは役場の人々と予備冒険者のじじばばと一緒に下水道に潜ることになる。

「大変な作業だね・・・・・」

「まあな、汚れ作業だ。だがこれも大事な仕事だ。都でもこのクエストはあるんだぞ。報酬が良くて比較的安全だから、新米やなんかには人気があるんだ」

「報酬いいの?」

 アビゲイルの目が光る。

「いいぞ、一日4000ゼム。それが3日続く」

「おお~」

 報酬を聞いてアビゲイルは喜んだが、その隣でロイドは浮かない顔をしている。

「臭くて汚い下水道でしょぼいスライム退治だぞ・・・・金が良くなきゃやるもんかよ」

 最近のロイドはディクソンに厳しくしつけられてしぶしぶ毎日クエストを行っているが、元々は「金と名誉を欲しがる仕事の出来ない冒険者」なので、こういう汚れ仕事はもっとも嫌いなものなのだろう。

「ロイドやらないの?」

「やるやらないは関係なく強制参加だよ・・・・ったく」

「いつもどおりじゃん」

「馴染んできたな、いいぞアビー」

 そこは褒められてもあまり嬉しいものではなかったが、掃除は嫌いじゃないし何より収入が良く、スライムを退治するので剣の練習も出来る。こんなにいい仕事はない。

「このクエストを頑張れば皮手袋が作れるかもしれないなあ、いいぞいいぞ」

「お前コルセットやバッグを買ったばかりなのに、もう革手袋を買えるのかよ? おかしくないか? 何か他に仕事してるのか?」

「なんにもしてないよ? あ、でも食費とか家賃があまりかかってないからかも・・・・・」

 それを聞いてロイドが驚いて聞き返してきた。

「食費も家賃もかかってないのかよ! 教会にタダで飯食わしてもらって寝かしてもらってるのか!?」

「家賃は月2000ゼム払ってるよ」

 ちょっとむすっとしてアビゲイルは答えた。

「ずるすぎだろ? しかもエルマと一緒に・・・・くそー!」

「エルマと一緒になんなのかはわかんないけど、ちゃんと掃除や洗濯、毎日の朝食と夕食の準備したり手伝ったりしてますぅ。タダで何もしないなんてことはしてないですぅ」

 アビゲイルはさらにいじけつつ答えた。だがそれを聞いてもロイドは納得してないようだ。

「ロイドは家賃いくらなの?」

「俺は月に8000ゼムだ、それに食費だなんだで全然金がたまらねえ」

「違うな」

 ディクソンが横から口をはさむ。

「コイツの家は最初5000ゼムだったんだが、家の中を汚したり壊したりで大家が怒って修理費を足して賃上げしたんだ。まだ払い終わってない。そして自炊できないから酒場で毎日酒と食事。他のやつより無駄に金がかかるんだよ。洗濯掃除もさぼるからいざというときに動けないし、健康状態も悪い。だから訓練も続かないし気力もわかない」

「・・・・・うーん」

 何も同情できない。

「ち、ちくしょー!」

「あとは実家ぐらしするとか」

 アビゲイルの助言を聞いてロイドがアビゲイルをにらみつけて怒鳴った。

「嫌だ! それだけは絶対に嫌だ!」

 今までとは違う怒り方にアビゲイルは驚いた。少し怯えたような、追い詰められた者が歯向かってくるような怒り方だ。

「実家なんて・・・・ふざけんな!」

「そ、そうなの? あんまり家のこと知らなかったから・・・・ごめんね」

 すぐにアビゲイルが謝るとロイドもすぐに落ち着いた。曇った目で大きなため息をついて、しょんぼりしている。

「ごめんね」

「いや・・・・もういい。今日は帰る」

 そう言ってギルドを出ていこうとしたロイドをディクソンは逃さなかった。すぐに羽交い締めにしてしまう。

「いててて!」

「そうやってすぐいじけるのも悪い癖だぞ、お前は今日も俺と巡回して訓練だ!」

「ぎえええ!」

 コブラツイストのような絞め技と説教をくらいロイドが呻いている。おそらく今日はディクソンに厳しく訓練されるだろう、ロイドは明日無事にクエストをこなせるだろうかとアビゲイルは少し心配になった。


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