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山岸咲輝には、人には言えない過去があった。
誰にもバレてない、まだ、まだ大丈夫。
2年以上そう思い続けてきた。
一日も不安は消えることがなかった。
毎日、こうやって布団のなかで怯えている。
父が、母を殺した。
それは、まだ私が小学校の低学年だったころのことだ。
「ただいまー!」
金曜日、週末の始まりは、いつもテンションが高かった。まだ日も高い、ムシムシした午後だった。
「あれ?お母さん?」
いつもなら笑顔で出迎えてくれた、しかし、その日は人の気配すらしなかった。
中に入っても、誰もいない。家中を走り回って探しても、見つからなかった。
怖くなって、お父さんに電話をした。何度も、何度も試したけれど、「現在電波が…」というアナウンスが流れるだけだった。
あの日以来、あのアナウンスが聞こえる前に電話を切ることにしている。
いつの間にか、外は暗くなっていた。テレビをつけて、怖さをごまかそうとした。
金曜日は大好きなアニメがあったのに、全然楽しくなかった。いつの間にかお腹が空いていた。
お母さんが知ったら怒ることを承知で、お菓子を沢山食べた。帰ってきてくれるのならば、怒られてもいいと思った。
テレビは、ずっと続いていた。いつもなら寝ていて見られないような番組も、あの日は見ることができた。
そういえば、あの日が初めての夜更かしだったかもしれない。
ソファーでゆっくりと眠りについた。
次に気づいたころには、あまり見覚えのない部屋に居た。いや、知らないわけではない。何回か来たことのある、父方の祖母の家だった。が、それを認識するのには時間がかかった。
私が起きたのを知ると、すぐに朝ご飯を出してくれた。祖母のご飯はいつだって美味しい。特段腹ぺこだった私は、とにかく食べた。
その間祖母は、何度も何度も電話をかけていた。
早くに祖父がなくなり、彼女は長い間一人で、暮らしていた。そのためもあって、彼女は活発な人だった。しかし、あの時だけは悲しそうな声を漏らしていたのを覚えている。
「お母さんとお父さんは?」
私がそう聞くと、何も言わずに悲しい顔をした。それからいくら聞いても、彼女は何も言わなかった。ただ、優しく私にの頭をなでた。
月曜日になってから、なんとなく何があったかわかった。学校へ行かなくていいのかと心配していると、パトカーが家にやってきた。
学校に行かないから、怒りに来たのかと怯えていたが、彼らは私を見て祖母と同じ、あの悲しい目をするだけだった。
私は祖母に連れられ、人生で初めてパトカーに乗った。
パトカーの中で、祖母がゆっくりと話し始めた。
「咲輝、あなたのお母さんとお父さんはね、遠いところに行っちゃったんだ。もう、多分会えないだろう。これからは、おばあちゃんと一緒に暮らすんだよ。」
それからの記憶はあまりない。ただただ泣きじゃくっていたのだろう。泣きつかれて寝ていたのか、パトカーがどこへ向かっていたのかも知らない。目が覚めたら、枕元に祖母の家の布団の中だった。
私が起きたのに気づくと、彼女は微笑んで、「お腹減った?」と聞いた。私が頷くと、彼女はスッと立ち、台所のほうに歩いていった。
彼女の背筋が前よりも伸びている気がした。
学校は、転校することになった。馴染みのある学校を離れるのは悲しかった。お別れ会をしてくれたのを覚えている。先生が最後に泣き出したので、みんなびっくりした。彼女だけが私の両親のことを知っていたのだろう、「これから大変だろうけど、困ったら先生のところに電話して」とケータイの電話番号を教えてくれた。
一番辛かったのは、この後だった。
小学生のコミュニティは狭い。よそ者は嫌われる確率のほうが高い。さらに、どこからか私の両親のことがバレたらしい。
「人殺し」それが私につけられたあだ名だった。
詳しく何が起こったのか知らなかった私は、このときにお父さんの犯した罪を知った。
そんなことを気にする暇もなく、私は学校に馴染むのに必死だった。どれだけ暴言を吐かれようとも、笑顔を崩さなかった。しかしそれは逆効果で、いじめは長い間続いた。
2学期も中盤に差し掛かった頃、私の心は限界だった。
ある日の放課後、クラスには誰もおらず、私は声を殺して泣いていた。
「もう、こんな学校やめたい」幼稚園からの友だち、優しい先生、すべてが恋しかった。
「ねぇ、じゃあ、やめたら?」
低い身長、女の子みたいな高い声、困ったようにハの字に歪んだ眉、背中に回っている両手、今でもハッキリ思い出せる。
「怜治君…」




