☆バレンタインデイ☆
遅くなりましたが、バレンタインのお話です☆
蜘蛛が苦手な人は、少し注意してください。
☆アンナのバレンタイン☆
「・・・何をなさってるんですか、姫様」
「アンナぁぁ!チョコがうまく固まらないんですのぉっ」
紅玉の瞳に涙をためてコチラに縋り付いてくる様子は、とても可愛い・・・が、現状が可愛さを半減どころか綺麗に消し去った上でどん底に引きずりこんでいる。
アンナは大きなため息を飲み込んだ。
「な・ん・で!全身チョコまみれなんですかっ?」
そう。何がどうなってこうなったのか。シャルールは顔を除いて体中チョコまみれなのだ。
人によっては喜ぶかもしれないこの光景。シャルール付き侍女であるアンナにはゾッとするものだった。
何故なら、シャルールがチョコまみれになっている場所は、シャルールの部屋。
一応姫君の部屋なだけあって、広く豪奢なその部屋には、シャルールの愛しの君・シオン様の写真が壁中に貼られている。
しかも、がっつり隠し撮りの写真は、豆粒ほど小さいのを拡大したため激しくぼやけていたり、ほとんどが明後日の方向を向いる。何枚かカメラ目線のものもあるが、その目は絶対零度の瞳。笑顔のカケラも見当たらない。
そんなシオンに囲まれた部屋の中心で、シャルールはチョコにまみれているのである。
一応絨毯に染みないように配慮してか、足元にはシーツが敷かれているが、大量のチョコはたかがシーツ一枚くらい、軽く突き抜けて高級な絨毯にしっかり染みを付けている。
周りの家具にもチョコがぐっちょり。
誰がこの部屋の掃除をすると思ってるのか・・・
広いのが幸いして、壁まではチョコは届いていないが、それにしても悲惨な状況。
「もう、やんちゃなんだから☆」
なんて許せる歳はとうに過ぎているし、そもそも、いくら悪ガキでもここまでしない。
本当に、何をどう考えたら、こういう状況になるのか。まったくもって理解できない。
ギッと睨むアンナに、シャルールはキョトン顔。
「なんで、て。今日はバレンタインですわよ?」
知らないの?と首を傾げるシャルールに、アンナの頬が引き攣る。
「はい。バレンタインです。で?それとコレの関係は?」
コレ、と。顎で周囲を指し示す。
「見てわかりませんことっ!?」
「わかりたくありません」
「わたくし+チョコ=シオン様、私を食べて〜ん!!ですわっ!!」
ドヤッと、何ともゾッとする計算式を言ったシャルールに、アンナは顔をしかめた。
「・・・姫様。去年のバレンタインを覚えてますか?」
「もちろんよっ!去年は動いて喋る等身大のシャルールチョコを、シオン様に贈りましたわっ!!」
瞳をキラキラさせ、うっとりとした表情で思い出しているシャルール。
「で、何がありましたか?」
「シャルールチョコの首だけ返ってきましたわっ」
「同じ運命を辿りますよ?・・・姫様、そこで恍惚とした表情をする意味がわかりませんっ」
あの日は城中が悲鳴に包まれ、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図だった。
間違ってもウットリするような出来事ではなかったはずだ。
「わかってませんわねぇ。アレはシオン様の照れ隠しですわっ!」
「・・・何をどう考えたら、そんな風に思えるんですか・・・」
「わたくしの首だけ返って来た。つ・ま・りぃ〜体はちゃ〜んと、シオン様の元にあったということでしょう?」
「・・・」
確かにそうだが、体が無事だとは到底思えない。だが、シャルールにはそんな事関係ないらしい。
「それが意味するのは〜『等身大のチョコではなく、君が欲しい・・・だが、この魅惑的なボディだけは、君がいない寂しさを埋める為に、傍に置いておく。早く僕に食べられにおいで』・・・きゃぁぁぁぁぁぁっ!シオン様、後少しだけお待ち下さいませぇぇ!シャールールは貴方に食べられる為に、万全をきして参りますぅぅっ!」
自分の妄想に鼻血を出しているシャルールに、アンナはドン引いた。
チョコにまみれて、鼻血を出しながら悶える、絶世の美女。
シュール過ぎて、笑えない。
これは、止めるべきか?いや、止めない方が身のためだ・・・でも、知ってて止めなかったとシオン様に知られたら・・・いやいや、彼女を止めるのなんて無理である。魔王様に助けを求める?・・・あぁ、駄目だ。今日の魔王様に、何かしてもらう事など不可能だ。何故なら、魔王様もバレンタインに浮かれているから・・・邪魔したら殺される。もういっそシオン様本人にとどめをさしにきてもらうか?
などと、アンナが現実逃避という名の思考の海に浸っていると。
「でもっ!!」
というシャルールの声に、ビクリと肩を震わせた。
「チョコの服を着て、シオン様に『わ・た・し・を・た・べ・て☆』って、しようと思ってたのにぃ・・・チョコが溶けるんですのぉぉっ!」
「そんな事をしたら、本気で殺されますよっ!!」
「アンナぁぁっ!どうして溶けるんですのぉぉ!?」
チョコまみれの、鼻血まみれの、涙まみれ。
コレを好きという殿方は、余程奇特な方だろう。
あ、だからいないのか。
腐っても自分の主。
見た目だけは極上の美女なのだから、モテてモテて殿方からのお誘いが止まらなくて大変だわ〜・・・なんて言ってみたい。
侍女の集まりで、自分だけ哀れみの目で見られるのは何故だろう。
いや、理由は分かりすぎる程に分かってる。
姫付き侍女なんて、皆が羨む仕事な筈なのにっ!!
「ちょっと、聞いてますの!?」
「あぁ、すみません。えーと何でしたっけ?チョコが溶ける?・・・姫様?バカですか?」
「ちょっと!?主に向かってバカって何ですのっ!?」
「あのですね?チョコは暖かいと溶けるんですよ。体温で溶けるんです。しかも、貴女の種族は火竜・・・溶けないわけないでしょう。溶けないようにするには、雪女にでもなるしかないですね」
「じゃあ、どうしたら良いのっ!?」
「諦めて下さい」
「嫌ぁぁぁっ!!」
途端に駄々をこねだすシャルールに、アンナは大きなため息を吐いて、半ばヤケクソで言った。
「バレンタインは男性から女性に花を贈る日、と聞いた事もあります。姫様もシオン様からの花を待ってみては?」
まぁ、100%来ないだろうけど。でもこれでシャルールが大人しくして万々歳だ。
そんな事を思って言った言葉だった。
「・・・花を、贈る?・・・ならチョコの代わりに、花で体を覆えばいいのねっ!?」
「はっ!?誰もそんな事言ってませんが!?」
「そうと決まれば、庭から花を摘んでこなければ!ハッ!閃きましたわっ!!」
「何をっ!?いやっやっぱ言わないで下さいっ!」
これ以上、ろくでもない事を閃かないで欲しい。そんなアンナの願いも虚しく、シャルールはキラキラとした瞳で、閃きを説明する。
「今体に付いてるチョコをのり代わりにして、体を花びらで覆うんですのっ!いや〜ん!ステキ!さすがアンナですわっ!!」
「人聞きの悪い事を言わないで下さいっ!そんな悪趣味な事、私は思いつきませんっ!!」
「そうと決まれば、早速庭園に行かなければっ!!」
「ちょっ!駄目だっつってんでしょ!?あぁっ・・・行ってしまった・・・」
チョコの足跡だけ残して去った主に、アンナはガクリと膝をついた。
「もぅ、辞めたい・・・」
その後、何回目になるか分からない辞表を宰相の元に出しに行って、
「貴女以外に、誰が王女の相手を出来るんですかっ」
というお決まり文句で泣きつかれて却下され、更に
「あとですね?先程、公爵家からシャルール様を迎えに来るように連絡がありまして・・・お願いできますか?」
と、真っ青な顔で現在行方不明中の魔王様の代わりに片付けている書類の山に埋もれながら言われ、今回も辞める事が出来なかったアンナは、シオン様によってチョコエッグみたいにされたシャルールを回収しに、公爵家へと向かうのだった。
☆アンジェのバレンタイン☆
「はいっおにーさま、おとーさま。チョコだよっ」
そう言って差し出されたのは、一生懸命包みました感満載でラッピングされたチョコ。ニコニコと満面の笑みで差し出されたソレを、デレデレの顔で受け取った男二人。
「ありがとう、アンジェ」
「アンジェが作ったのかい?」
公爵は可愛い娘を抱き上げて腕に乗せ、目を愛おしそうに細めて尋ねる。
それにアンジェは、「うんっ」 と嬉しそうに答える。犬だったらしっぽをパタパタ振ってるだろう。
「あのね、コックさんにてつだってもらったの。『とりふ』っていうんだって。とってもおいしいの」
「アンジェ、食べたの?ついてるよ」
シオンがクスクス笑いながら、アンジェの口元についてるチョコを拭ってやると、アンジェはエへヘッと笑い、「ちょっとよ?」と、小さな人差し指と親指ですき間をつくってみせる。
「よかったね」
「うん」
ちょっと恥ずかしいのか、ほんのり頬を染めながらも、にっこり頷くアンジェに、男二人はメロメロのデレデレである。
そん家族の和気あいあいとした雰囲気は、数分後には跡形もなく消え去った。
「あ。お、おとーさまっおろして」
アンジェが、急にもぞもぞと公爵の腕の中から降りようとする。
公爵が名残惜しそうに、アンジェを床へ降ろすと、アンジェはとてとてと小走りで、扉へ向かった。
「・・・アンジェ?」
シオンが、急に慌てだした妹に「どうしたんだい?」と首をかしげてみせると、すでに部屋の外に出ていたアンジェは、顔だけひょこっと扉から出して嬉しそうに
「まおーさまがくるから、アンジェおむかえにいってくるね」
と言って、パタパタていう足音が遠ざかっていった。
アンジェが去った部屋は、極寒並の冷気が男二人から発せられていた。
「・・・父上。やっぱアイツ殺っていいか?」
「・・・そうだな――
「駄目よ〜」
息子の物騒な提案に賛成しようとした言葉は、それまで黙ってお茶を飲んでいたマーダラによって遮られた。
「っ!何故だ、マーダラ」
「母上っ」
娘同様に妻にもデレデレアマアマな夫は、愛しい妻の言葉を簡単に却下できない。
幼い頃からそんな二人を見てきたシオンも、母には簡単に逆らえなかった。
「嫌われるわよ?」
「「っ!?」」
理由を問いただす二人にのべられた理由は、至極単純。
すでにアンジェは、魔王の事が大好きなのだ。
ガクリと膝をつく夫と息子に、マーダラは「バカね〜」と紅茶をすすったのだった。
☆去年のバレンタイン☆
「・・・ねぇ、シオン様からバレンタインのお返しが届いたんだけど・・・開けなきゃ駄目かしら?」
その日、魔王城のメイド達は困惑していた。
朝からシャルールがシオンに贈った動いて喋る等身大シャルールチョコ。
そのお返しが、その日の内に届いたのだ。
王族に届く荷物は、全てチェックするのが決まりだが、あの(・・)シオンが、シャルール(・・・・・)からのチョコに対するお返しという時点で、嫌な予感しかしない。
「シオン様からのなら、勝手開けたらシャルール様が怒るから、そのままでいいんじゃない?」
「それが・・・魔王様当てなのよ」
「・・・何で?」
「さぁ?」
「・・・」
人の頭程の大きさの包みを、メイド達は無言で見つめる。
「・・・魔王様当てなら、開けなきゃよね?」
「・・・じゃぁ、開けるわよ?」
そう言って、包みのリボンをつまみ、周囲に準備はいい?という視線をやる。その場の全員が、逃げる準備万端でコクりと頷くと、リボンを一気にひもといた。
『いやぁぁ〜んっ』
途端に箱から聞こえてきた声に、全員がギョッと目を見開き、継いで
「「「「「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!」」」」
悲鳴が城内に響き渡った。
女達のただならぬ悲鳴に、城内がざわつく。何事かと駆け付けた兵達は、悲鳴をあげながら逃げるメイド達の一人を捕まえて、「何があった!?」と、問いただした。
「シャ・シャルール様がっ!!」
ガタガタ震えながらあげられた名前は、魔王城の問題児。
それまで賊でも侵入したのかと思っていた兵達は、一気に脱力した。
「シャルール様が何かするのは、今に始まった事じゃないだろう」
ため息をついたり笑ったりしている兵達に、メイド達がいっせいに言う。
「「「「「じゃぁ、アレどうにかしてきなさいよっ!!!!」」」」」
「・・・おいおい、いくらあんな人でも、王女に対して『アレ』だなんて・・・」
酷い言いように、眉をひそめた兵だが、そんな事は直に言えなくなった。
「ひっ来たぁぁっ!!」
再び悲鳴をあげながら逃げて行くメイド達。
何をあんなに怯えてるんだ?と、メイド達が来た方向に目をやると
『おにぃぃさまぁぁぁっんっ!!』
というずっこけそうなセリフと共にやってきたのは、シャルールではなかった。
いや、声は確かにシャルールだが、コチラに向かってくろのは茶色いボールのようなモノ。
何だアレはと、目を凝らした兵達は揃って絶句した。
それは、魔王城で働く者なら一度は見た(シャルールが試運転と称して城内を散歩させてたから)、動く等身大シャルールチョコ・・・の頭部だった。
どういう訳か、精密に再現された長い髪を蜘蛛のようにシャカシャカ動かし、猛スピードでコチラに向かってくる、シャルールの生首。
「「「ぎゃぁぁぁっ!!きしょぉぉっ!!」」」
何人かの兵が悲鳴をあげ、鳥肌のたった腕をこする。
いくら美女の顔だろうと、生首が蜘蛛みたいに移動していたら、気持ち悪い以外の感想を持てない。
これはメイド達は逃げるはずだ。
「・・・と、とりあえず、切っとくか?」
頬を引き攣らせ、鳥肌を立たせながらも、何とか冷静に判断を下した小隊のリーダーは、スラリと剣を構えて向かってきたシャルールチョコの頭部を真っ二つに切った。
その場でコトリと動かなくなったシャルール頭部に、部下たちが「おぉ〜」と感嘆の声をあげた。
何とかリーダーのメンツは保てたか、と安堵の息を漏らしたリーダーだったが
『あら、コレいいですわね!』
というシャルールの声に、その場にいた全員が固まった。
恐る恐るシャルール頭部に目をやると、半分になったシャルール頭部はぐにょぐにょと動いて・・・
『分身の術〜ですわぁぁっ!!』
パンッと、何かが弾けたような音がした後、ぶわぁぁっと大量に増えたシャルール頭部が再び走り出した。
「「「「「ぎゃぁぁぁぁぁっ!!!!?」」」」」
余りに気持ち悪い光景に、兵達も走ってその場を逃げ出した。
『『『『『おにぃぃさまぁぁぁっ!!』』』』』
そのあとは、まさに地獄絵図である。
分裂して大量に増えたシャルール頭部は、城内を駆け回り。
切れば増え、燃やされても増え、捕まえると増え・・・どうやら、魔王を見つけるまでどうにもならないらしいソレに、城内総出で魔王様捜索が行われる。
・・・ただし、シャルール頭部から逃げながらなので、中々はかどらず、阿鼻叫喚は5時間続いた。
5時間後。
案の定アンジェの元にいた魔王は城に連れ戻され、訳も分からないまま急かされて、大広間へと押し込まれた。
ちなみに、魔王を探して城にいなかった宰相ダンガードも、さっさと魔王を連れ帰らなかった罰として一緒に広間に押し込まれた。
「何だ何だ!?」「何で僕も!?」と言っていた魔王だったが、広間の扉が閉められた途端
『『『『『おにぃさまっみ〜つけたぁぁっ!!』』』』』
「っ!!!???ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!」
「うみゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!??」
シャルール頭部に捕まったらしく、その日一番の悲鳴が魔王城に響いた・・・
結局、シャルール頭部はなんだったかと言うと。
動いて喋る等身大のシャルールチョコを受け取ったシオンがキレて、あまりの気持ち悪さに首を一刀両断。
こんなもんを贈ってきたシャルールにも腹が立ったが、それを黙認したであろう魔王にはもっと腹が立った。
なので、仕返しもかねて、切り落としたシャルール頭部に、魔王に(・・・)伝言を伝えるよう魔法をかけた。
結果、世にも気持ち悪い伝書生首が完成。
シャルール頭部は、魔王に(・・・)伝言を伝えるまで止まる事なく、任務を遂行したという訳だ。
ちなみに、伝言はこうだ。
『『『『『きっしょいモン作らせてんじゃねぇクソ魔王っ!!!王座から引きずりおとすぞっ!!?』』』』』
・・・数分後。
静かになった大広間の扉をそっと開けると、伝言を伝え終えたからか、溶けて無くなったシャルール頭部。
そして、チョコにまみれた魔王と宰相が、倒れていた。
☆おまけ☆
シオン「母上は、父上にチョコをあげないの?」
マーダラ「ん〜・・・あげたいのは山々なんだけど、何故か調理場に入れさせてくれないのよね〜」
シオン「・・・」
マーダラ「チョコを溶かして固めるだけなのにねぇ?」
シオン「・・・ちなみに、チョコの溶かし方は?」
マーダラ「お湯をかける(・・・)んでしょ?」
魔王「お前のポジティブさには恐れ入るよ」
シャルール「いや〜ん、それほどでもん」
魔王「褒めてない。あんな事されて喜ぶなんて・・・ポジティブじゃなくてただのドMか?」
シャルール「お兄様!ポジティブとは、どんな事をされても前向きに、いえ喜びに捕らえる事!」
魔王「・・・何が言いたい?」
シャルール「つまり〜。ポジティブな人は、総じてドMなんですわよっ!」
魔王「全国のポジティブな人に謝れっ!!!」