最強少年
「で、いまさら何のようだね?」
昼休みの中庭は活気に溢れている。
部活にいそしむ連中、グループで弁当を広げる連中、恋人同士で語らいあって周囲からの殺意を一身に浴びる奴。そのどれもが笑い声に溢れている。
その一角を占拠した明らかに場違いな集団は、満貫寺名物お昼のお茶会だ。
ティーセットにパラソル、真っ白に統一された椅子やテーブルは、どれか一つだけでも高級車が買えるほどの代物だ。ただ、そんな高級品があることよりも、それを取り巻く数名のメイドが作り出す空気が、何よりも違和感の正体だ。
「何の用とは、またご挨拶でございますね。今回の顛末、ほぼ全てあなたが原因でございましょう。説明を要求いたしております、びっち」
椅子に腰掛けた紅葉の姿は、貴族のためにしつられられた人形のようで、制服などではなくドレスを着せたくなるほどだ。その隣に仕えるメイド、華がゴスロリメイド服を揺らして、静かな口調で毒を吐く。
「設計図を盗み出した人間のセリフではないと思うけど、確かに私の責任でもあるね」
「天王寺美緒、お前は自分の魔法実験のために、不必要に巨大な魔法陣を作らせたというわけですね。なんともお前らしい話です」
「良くわかっているじゃないか。実際、一人の男の心動かすのなら畳一枚分もあれば十分に効果が出るはずだ。とはいえ、お互い様だよ。ゼロサムゲーム、もしくはウィンウィンの関係という奴だ。イレギュラーはあれどね」
「本当に喰えないビッチでございますね」
「お互い様だよ。メイド君、君にとってこの結果は、果たして失敗だったのかな?」
「つくづくくそビッチめ、でございます」
互いに涼しい顔をしてすさまじい毒の応酬。遠めに見れば、美緒の改造制服が浮いている程度で、優雅なお茶会の光景でしかない。とてもこんな会話は想像もできない。
「まさか、魔法陣の設計図もあえて盗ませた、とか言わないですよね?」
くすりとほくそ笑むだけで、美緒はそれには回答しなかった。代わりとばかりに、手近なマカロンを一つ摘み上げる。
「まあ何にせよ」
マカロンを口に放り込み、雑な手つきでお茶を飲み干して美緒は立ち上がる。
「世界はとかく面白い。君も色んな意味で敵ができてよかったじゃないか。悪の首領君」
「ちっ、全く食えない女です。やはりこの女を頼ったのが間違いだった気がするです」
「同感でございます」
改造制服のスリットから太ももを覗かせ、去り際にモデルばりのポーズで振り返った美緒は、底意地悪く口の端を吊り上げて笑う。
「魔法で恋を実らせるのではなく、次は恋の魔法を使ってみたまえ」
紛れもなく、魔女の笑みだ。
白を基調とした室内を、風が一巡りする。
天気のいい日は窓を開けて空を見せるのだと看護婦が言っていたが、確かに今日の日差しは心地よい。頬に感じる暖かさに、ついうとうとしたくなるほどだ。
「やっと、お前んとこに顔出せた……遅くなって、ごめん」
花瓶の水を替え、自分の持ってきた花に入れ替えながら真弘はしゃべり始めた。
「報告が、あってよ」
まだ魔法陣の発動事件からから半日だというのに、体はとんでもない回復力を見せ、怪我らしい怪我はほとんど残っていない。あるのは筋肉痛のような鈍痛だが、これも時間の問題に思えた。
入院したばかりの時に一度来ただけだったが、ベッドに横になった姿は、そのときと何ら変わらない。時間が止まっていると言われても納得できるほどだ。
酒井佳苗の頬は、朱を帯びて艶やかだ。あの春の日と、何も変わらない。
「俺のトラウマ、なんか認めてくれる変な奴がいてよ。なんでも、正義の顕れなんだとさ。心の奥底に正義があるから、それが噴き出すんだとよ。意味わかんねぇよな。俺はただ、目の前のトラウマから逃げ出したいだけなのにな」
返事はないが、真弘はやさしい眼で閉じた瞼を見つめて、続ける。
「そのせいってわけでもないんだけど、俺、正義の味方やることになったみたいだ。って、なれるかどうかわかんないけどな」
カーテンがゆれるたびに、ゆっくりとした時間が室内に流れ込む。
人口呼吸器や点滴と、それにつながる各種モニターが、生きていることを教えてくれる。と同時に、それがなければ生きられないことも。
それでも真弘は話しかけた。
「一生懸命やってれば、なるようになるんだろ。ま、どうなるかもわかんねぇし、とんでもないやつらばっかだから、なるようにならないほうが幸せかもだけど」
春の日差しを浴びた頬に、一瞬だけ鳥の影が横切る。
こうしていると、今にも目を覚まして軽口を叩きそうなだけに、胸が押しつぶされそうになって、言葉が詰まる。
一度だけ深呼吸をして、続ける。
「やってみるわ。せっかくお前が言ってた正義の味方なわけだしな。だから」
結局この一言がいいたかっただけなのに、相変わらず自分は回りくどくてダメだと苦笑する。美緒や小豆に見られた日にはからかわれるのは目に見えているが、それでも良いだろう。そうしたらまたその話を、ここでしてやろうと思う。
「お前も、奇跡ってのを、信じてみろよ」
そして、少しだけ躊躇ってそっぽを向きながら付け足す。
「俺は、信じることにしたからよ」
病室から出てきた真弘を迎えたのは、腕組みをして眉間にしわを寄せたツインテール。つむじの辺りから魔力に似たオーラがこぼれている気がする。
「ふんっ、正義の見回りを中断してまで病院に入ったと思えば、ただの見舞いか。しかも女の」
何が気に食わないのか、一緒に部屋に入るように促したのに小豆は断って廊下で待っていた。
「しゃあねぇだろ、友達の見舞いぐらい行かせろよな」
「まあ、正義の味方としてはこういう活動も必要だろう、ってことにしておくよ」
「はいはいありがとよ。んで、今日は何すんだよ?」
「パラ・ダイスの連中が自動販売機を返却して回るようなんだが、それを見回る」
「え? かえすの? 律儀な悪の秘密結社もあったもんだな」
あの直後にイカが語ったところによると、今回の失敗をもって計画は終了。盗んだ自動販売機はすべて返却し、町を元通りにする、というのだ。
「まあ、あんなこと二度とないように戻してもらえるのは助かるが、何か間抜けだよな」
『悪の秘密結社』というよりも、町の迷惑集団に近いよな、と思いながら廊下を歩く。
「何を言ってるんだ? これがもしかしたら、次の計画の初手になっているかもしれないだろう?」
「それは考えすぎだろ?」
「いや、そんなことはない。だから僕達は町を見回らなきゃ行けないんだ」
前を歩くツインテールは、今朝方の疲労感が嘘のように活力がみなぎって見える。いったいどこにコンセントがついているのかと探したくなるほどだ。
「じゃぁさ、二人で手分けしたほうが」
そして、真弘はきっちり地雷を踏む。
「今、何か言った?」
「え? いや、町を回るだけなら二人で回ったほうが効率がいいというか」
ものすごい速さで振り返ったので、、ツインテールが鞭のようにしなって円を描く。
「だめだ、一緒に回るんだ!」
「なんでだよ、効率悪いだろ?」
「そ、それは、その何でって……」
ごにょごにょと歯切れの悪い小豆だが、真弘はそんなことを気にも留めずにしたり顔で続ける。調子に乗るとろくなことがないという例だ。少しは学習すればいいものを。
「だろ? ここは手分けしてだな、さっさとパトロールをだな」
「……たい」
「んあ? なんていっぶるぁ!」
うっかり近づいたところに、完璧なカウンターブローが突き刺さる。まだ完全には修復しきれていないらしい内臓が悲鳴を上げ、体がくの字に折れる。
足が浮くほどの衝撃に、視界がかすんで周りが見えなくなる。
ちょっと内臓もこぼれた。
涙ではない。断じて泣いてなどいない、そう自分に言い聞かせるが、声は出せない。
「いいね、反論はないね? さあ、僕と二人で平和を守るんだ。なんせ」
声も出せず、苦悶の表情を浮かべる真弘の襟首をひっ捕まえて、小豆は意気揚々と病院を後にする。真弘を引き摺りながら。
「真弘が、正義の味方なんだからね」
涙でにじんだ春の日差しが、今日も世界は平和であることを伝えているようだった。