33もふ 僕の知らなかった真実
夢を見ていた。
幼かった頃の事。
初夏だというのにまだ寒い広大な牧草地。
白く輝くほどに化粧された美しい稜線が連なる山々。
毛長牛の合間をぬって、僕を追いかける可憐な少女。
ゆるく波を打つ白銀の長髪を靡かせながら駈けてくる。
膝丈ほどのスカートの穴から飛び出たふさふさの銀色しっぽが揺れている。息を切らせながら僕に追いついた少女の頭にはかわいい狼の耳がにょっきりと生えていた。心が吸い込まれそうな金色の瞳が輝いて満面の笑顔が太陽の光に照らされている。
幼い僕の胸に飛び込んでくる小さな姿。
「……レクス」
目が覚めた。見知らぬ天井が目に映る。僕はどうしたんだっけ……起きあがろうとしたら体が重たい。包帯があちこちに巻かれてる。特におなかに集中していた。手でさすると鈍い痛みが走った。でも大したことはないから動ける。
あれは夢じゃない。アンジュ……レクスは大丈夫という確信があった。だから僕の心は穏やかだった。
周りを見渡すと広い部屋。質素だけど品のいい華やかさを感じる調度品がほどよく配置されている。僕はキングサイズのベッドに寝ていた。肌触りが心地良く体が沈むほどのベッドは極上品のように思われた。
「誰もいない……」
起き上がってベッドから降りる。裸足のままペタペタと進んだ。大きな両扉の取っ手に手をかけて開く。
ケー!
「うわ!」
甲高い叫び声と一緒に赤色と焦茶の塊が目の前に飛び込んできて、いきなりおなかに衝撃を感じた。おなかの包帯にスタンプされた。この感触は……まさか……
「キング!?」
戸惑う僕の言葉に一瞥をくれて荒く鼻息を吐き出す雄鶏。立派な赤いトサカに焦茶の羽毛が猛々しくも美しい。年季の入った貫禄を感じるくらいに得意そうにしている。もしもほんとにキングならおじいちゃんもいいとこだ。
もう一度、ケー! と鳴き声を上げると背を向けて走って行った。その先に立つ姿。
「やあジュリ」
20代後半と思われる男がニヤリと笑いながら、隻眼なのに器用に片目を瞑る。様になっていてかっこいい。この美丈夫には見覚えがある。あるに決まってる。
「嘘……バロン」
「うん。久しぶりだね。バロン・アルベールだ。予想通り眉目秀麗という言葉が相応しい美男に成長したな」
昔は短く切りそろえられていた栗毛の巻毛が腰まで伸びている。剣の攻撃と思われる傷で左眼が塞がっていた。
「ボトールです。治癒魔法が間に合ってよかったです。立派になられましたね。ジュリアン様」
腰まである長い白髪を一本の三つ編みに束ねて胸の前に下ろしている。腰から白く長い毛に覆われたしっぽが揺れている。頭の上には竹を割ったような長い耳が突き出ていた。白馬の獣人。
「うむ。鉄の忍耐力を持ってよくここまで成長できたものだ。ルテ・ディシプリンだよ。私は誇らしい」
頭の上には丸くてかわいい耳。ズボンのしっぽ穴から飛び出たネズミの細いしっぽがくるんと丸まってる。ネズミの獣人。
二人とも以前のままの姿。変わらないゴシック感あふれる執事服に身を包んでいる。
「ボトールさん! ルテさん!」
三人が僕の事をあたたかい眼差しで眺めてる。その後ろには何人かのメイドさんたちがいた。もちろん見覚えがある。僕に女の子の化粧をして喜んでた人たちだ。
「嘘でしょ……みんな。みんな。夢じゃないよね!」
自分の目が信じられなかった。夢にまで見たみんなが目の前にいる。それとも実は僕はもう死んでいて、ここは天国?
「夢じゃないよジュリ。触れてみると良い」
もしも消えてしまうと思ったら怖い。恐る恐る手を差し出した。僕の手を包むバロンの手から感じる温もりは現実だった。涙がこぼれる。
「会いたかったよ」
バロンを抱きしめていた。兄貴と思っていたバロンが僕の腕の中にいる。バロンが僕の頭を優しく撫でてくれた。ボトールさんも僕の肩に手を置いてにっこり微笑んでくれてる。バロンに代わって僕を抱きしめてくれた。ルテさんは突っ立ったままだけど。
涙があふれて止まらない。僕はみんなと一緒にいた時の子ども時代に戻った気分だった。
「すまないな。これまでずっとジュリの前に姿を見せずにいて」
バロンもみんなもひどく申し訳なさそうな顔をしている。
「でもなんで? なんで僕の前からいなくなったの?」
「話すと長くなるけどいいか?」
「うん」
バロンから語られる僕の知らなかった真実。
「あの日。俺たちは身内に変化した敵に襲われた。内通者がいたんだ。レクス様を人質にとられてどうしようもなかった。抵抗できず殺されるところだった。この目の傷はその時にできたんだ。だけど俺たちの命を助けるためにレクス様が交換条件を出した。誰一人死ななければ素直にすべて言うことを聞くと。俺たちは人質になったんだ。だけど雇っていた村人の命までは守られなかった」
「やっぱり口封じに?」
「襲撃者とレクス様の痕跡を残さないためにな。村には冬籠りで休みの者もいたというのにずさんだよな。だけど騒ぎにならなかった。恐怖で心を縛る事には成功していたんだろう」
確かにそうかもしれない。村長を初め、僕とアミックがどんなに訴えても動いてはくれなかったのだから。貴族のとばっちりで死ぬのは誰だってごめんだ。
「首謀者はずっと分からなかった。ジュリのおかげでやっと捕らえたけどな。今は取り調べをたっぷり受けてるだろうさ」
取り調べ? レーヴは生きてるということか。死んだと思ったけど魔法防御によるものかな?
「十二年前、王妃は身罷られ王陛下は病に伏した。争いは始まっていたんだ。先代王陛下の敵対勢力が傀儡の王となる王位継承者を欲しがっていたんだ。どこからその情報を知ったのか、その標的になったのがレクス様だ。レクス様の血筋はジュリも分かってるだろ?」
「うん。王陛下と王妹殿下の……」
「その頃、命の危険を察知したアンジュ王太子殿下は王妃の母国である隣国ファールに脱出。俺たちを人質にとられたレクス様は言うことを聞くしかなかった。だけどな。レクス様も俺たちも政略争いの渦中から脱する事ができた」
「どうして?」
「王妹殿下とその派閥がレクス様の身を案じて出し抜いたんだ。救出されて王妹殿下の住まう宮殿に匿われた。そこで数年の間、身を隠して過ごしていたんだ」
「僕も呼んでくれればよかったのに!」
「当時のレクス様はジュリを巻き込みたくなかったんだよ」
「でもなんでキングだけ? キングは村に残っていたけど突然いなくなったんだ」
「はは。ずっと寂しい思いをしていたレクス様のためにキングだけでもとルテが忍んで連れてきたんだよ」
「レクスも寂しかったんだね」
「ジュリがいなかったからな」
また器用に片目をつむってる。隻眼だから両目を閉じてるし。
「少し話が飛ぶ。三年前。伏せっていた先代王陛下の病状が悪化し、いよいよ世代交代の時期となって貴族同士の派閥争いが激化したんだ」
「アンジュを利用して王権を脅かそうとしたけど、敵対派閥は粛清されて国内の情勢を安定させたと聞いてるよ」
そして先代王陛下はあの世へ旅立った。
「噂の通りで合ってるけど裏ではこんなやりとりがあった。隣国ファールからの使者が王妹殿下のもとにやってきたんだ。次代の王となるべきアンジュ王太子殿下に成り代わればレクスに王位を譲ると」
そうか。そんな取り引きがあったんだ。アンジュ王太子殿下はフィーリウス殿下の婚約者としてミーラヤと名乗っていた。恐らくだけど、二人の愛のために王位を放棄したかったんだろう。
「つまりレクスはアンジュの影武者になることを選んだんだ」
「そうだ。レクス様は二つ返事で受けた。王になれば権力を手にできる。安全を確保すれば俺たちも含めて後ろ指差される事なく表舞台に立てると。みんな家族のもとへ帰れると。レクス様はアンジュ王太子殿下として王都ビストに帰国したかのようにして国民の前に姿を見せたんだ。ちょうどその頃にレクス様扮するアンジュ王太子殿下とジュリが出会ってるよな」
そうだ。その頃にアンジュと初めて会ったんだ。家族のもとへか。きっとレクスは、僕のためにもと……
「そんなレクス様を懐柔しようとする派閥が現れたが、王妹派だった腹黒宰相の献身的な協力もあってジュリが言った通りの結果になった。だけど肝心の黒幕がしっぽを出す事はなかった。だから俺たちもレクス様もジュリの前に本当の姿をさらす事はできなかったし秘密のままだった」
「つまり腹黒宰相はレクスの正体も僕との関係も知っていてすっとぼけていたのか。腹黒め」
しかも僕に縁談を持ってきたりして何を企んでるんだ?
「だけどな。今回のファール視察団の来訪で一気に状況が変わった。アンジュ王太子殿下から先代王陛下と王妃殿下の墓所へ最後に一度だけ訪れたいと言う申し出が突如としてあったんだ。それが内通者によって通じてしまった。結果、偽物の王であるレクスを廃する大義名分を狙ってアンジュ王太子殿下の身柄を手中に入れようとしていたわけだ」
なるほど。大体、僕の推測は当たってることになる。
「でもなんでミーラヤさんは一人であんな暗い時間に?」
「大聖堂の墓所に入れるのは王族や司教など関係者だけだ。良い案が浮かばないままに時が過ぎてしまった。滞在期間の終わりが迫る中、思いあまって単独行動に踏み切ったそうだ。迷惑な事だが、結果的にしっぽを掴めたので悪し様にも言えないな」
いや。そんな事ないと思うけど。下手したら大変なことになってたと思うし。
「まさかジュリまで拘束されるとは思わなかったよ。アミックから話を聞いた腹黒宰相がみんなに知らせたんだ。レクス様はもちろん、俺たちも我慢できなくてね。総出で救出作戦を決行することにしたんだ。潜伏場所は分からなかったけどレクス様の嗅覚があっという間にジュリを捉えて一直線だったのさ」
さすがレクス。僕は必ずレクスに見つけられる。
「あとさ。ミーラヤさんは灰色狼獣人なのに王族なの?」
「幼い頃は白銀だったそうだ。成長するにつれ灰色になったとか。先代王妃はファールの人族。混血では変異が起こることもあるからね」
「大体事情は分かったよ。それじゃあ今度こそみんなは大丈夫なんだね」
「ああ。とりあえずはな。ドロドロとした争いは王族の宿命だから今後どうなるかは分からないけどな」
「僕としてはレクスに王様をやめて欲しいよ。それで。レクスはどこにいるの?」
「混乱を治めるために政務に追われてる。ここ王妹殿下の宮殿にはしばらく訪れないと思う。ジュリは傷ついた怪我を癒やすといい」
「バロンてさ。田舎貴族なんて言ってたけど実は全然違うんじゃないの?」
「ん? ああ。そんなことも言ったな。俺はな? 実は……」
王族の傍系だった。とても英才教育を受けてきたらしい。僕はずっとみんなに騙されてたんだね。
突然、廊下に通じるだろう扉が音を立てて勢いよく開いた。
「ジュリ! ジュリ! ジュリ!」
「アミック!」
山猫獣人が僕に飛びついてきた。僕の頬に頬ずりをしてくるアミックがボロボロと泣いていた。
「ジュリ。キミはもう一週間も寝ていたんだ。アミックはひどく心配していたよ。……応えてあげるといい」
一週間ということはファールの視察団はミーラヤさんも含めて帰国しているかな?
バロンの言いたい事がなんとなく分かった。僕はこれからいくつかの答えを出さないといけないんだ。




