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22/22

22もふ 重たい書物

「良いな!」


長い列を成す書架の端っこで俺様国王が大きな声を上げた後、整理中と書かれた柵を軽々と乗り越えてきた。足長いな。国立魔導図書館は広いのに毎回毎回よく僕を探し当てるもんだ。


「何しにきたんだよ……」


この間の……アンジュからされた獣族特有の《《治療》》と熱い口付けを思い出して警戒してしまう。


「その格好はどうした? とても似合ってるじゃないか。俺の好みだ」


僕の質問にも僕の心にもお構いなしにすぐ目の前までやってきて無邪気な顔で問いかけてきた。アンジュってロリータ好きなんだ。そこもレクスとおんなじだ。


「え? ああ。さっきまでお見合いしてたから」


お見合いは午前で終わり。トラヴェス・ティメント次期侯爵様、クションシュカ館長、それぞれからの昼食のお誘いを丁重に断った。早く仕事に戻りたかったからね。着替えに家に帰ってると時間がもったいないからそのまま出勤したんだ。

だからロリータ感のある貴族服のままだったりする。男性女性問わず同僚からの好奇心旺盛な視線を浴びてちょっと後悔したけど。司書のローブも家にあるから今は着ていない。

書架で作業をしているのは理由があって。ティメント様に言われた真実の愛という言葉が頭にちらついていて魔導書の修復と解読に集中できる気がしなかったから。


「なんだと!? 明日じゃなかったのか!?」

「え? 今日だけど?」


アンジュがすっとんきょうな反応してる。


「おのれ腹黒宰相! 俺を謀ったな! 事前にジュリを攫って邪魔をする計画を立てていたのに!」

「僕を攫う計画とは何かな?」


僕の言葉に聞く耳持たず。額に青筋を立てる勢いで両方の拳を振り上げて、憎々しげに虚空を睨んでる。その視線の先にはきっと腹黒く高笑いしている宰相の姿でも見えているんだろう。


「ちゃんと断ったんだろうな! まさか婚約を受けてはいないな!」

「もちろん。僕だって婚約なんてしたくないからね。でもトラヴェス・ティメント次期侯爵様はとてもいい人だったよ」

「む? トラヴェスだと? なぜ次期当主が?」


憎々しげな顔が理解不能な顔に変化してる。


「腹黒宰相の思惑通りにはいかなかったってこと」

「そうか! シュルードの奴、ザマを見ろ!」


アンジュが高らかに笑ってるし。よっぽど腹黒宰相の鼻をあかせて嬉しいんだね?


「アンジュって案外、腹黒宰相に騙されること多いよね?」

「そんなことはない! 俺の方が奴を出し抜いてるに決まってる! 今だって奴は必死に俺を探してるはずだ!」


確かに仕事をサボったり公務から脱走しては困らせてるもんね。それだけこの国は平和なんだなあ。


「腹黒宰相だけじゃなくてみんなも困るからちゃんと仕事くらいしなよ」

「む。正論は嫌いだ」


立派な狼耳が少しだけ垂れて困り眉になってる。みんなを困らせてる自覚はあるんだね。ほんとにコロコロと表情を変えて可愛いんだから。


「嫌いじゃないよ。ダメでしょそんなこと言ってる王様じゃ」

「俺はすべきことはしているぞ。先日、民のために法改正した政策も大臣や国民から好評じゃないか」


アンジュが戴冠してから二年。というか戴冠前からだけど、腹黒宰相ほか優秀な政務官たちと協力してそれまでの悪政や法律を見直して国内外に賞賛されるほどの実績をいくつも上げている。


それは三年前に起きたことが影響している。政変になり得る大きな派閥争いに勝利して、敵対勢力を粛清し一枚岩になったと言える政治体制を獲得したからこそなんだけど。もしも失敗していたらアンジュは良くて終身刑かそれこそ斬首刑にでもなっていたかもしれない。


「アンジュもみんなもがんばってるよね。国民のためにしていることは偉いと思うよ。……法改正って言えばさ。同性婚ができるように見直しをしてるって聞いたんだけど」


ティメント様から聞いた情報が少しだけ、そう。ほんの少しだけ気になっていた。


「なんだ? 気になるのか?」

「え? や。そういうわけじゃないんだけどさ」


なんとなく言い訳をしてるっぽい気持ちになってしまった。そっぽを向いて書架に書物を一冊置いた。一応勤務中だし手は動かしてる。


「シュルードがその話を急に進め初めてな。俺の……母であった故王妃の出身国は同性婚が認められているからそれを参考にしようとしているらしい。俺としては願ったりだが、元々敵対している派閥や元老院から隙を見せるいい口実になるだろうに。それを思うと頭が痛い」


う。願ったりって言いながら僕のことを怪しい視線で見つめてる。やっぱりアンジュは僕のことを……ん? 気になる事を言ったよね?


「あれ? 敵対派閥? アンジュが戴冠する前と違って今は国内の貴族って一枚岩じゃなかったっけ?」


「ああ。いや、表向きはそうなってるがな。俺を利用しようとした不届者は粛清したが、本当に厄介な奴はなかなかしっぽを出さん。都合の良い機会がくるのを見極めて俺の寝首を掻こうとしているだろうさ。だが一度ならず二度も俺を利用しようとした罪は重い。その上、三度目となればな」


一度目と二度目? 僕が知ってる限り、三年前に帰国したアンジュは大きな派閥争いに巻き込まれて、とある公爵家に傀儡の王にされそうになったんだよね? アンジュの言葉通り、先代腹黒宰相や故王妃派の助けもあって、もう粛清されたはずだけど。

この口振りだとアンジュに敵対する大物でも隠れていそうな感じがする。


「アンジュ。大丈夫なの?」


書架に収めるために荷台に置いてあった書物を手にとって聞いてみる。


「何があろうと必ず返り討ちにしてくれるわ」

「でもさ。貴族の世界は恐ろしいものだよ。腹黒宰相と一緒に気をつけてね」


腹黒宰相は腹が立つことはあるけどアンジュにとって頼りになる忠臣の一人だ。政治の世界で何かあっても僕が役に立てることは少ないしとても心配。


「ふふ。そんな目をするな。俺は頼りないか?」

「や。そんなことはないけど」

「ところで同性婚の話をしていたな。もしや気になる同性がいるのか? その相手はもちろん決まってるよな」


僕の瞳を絡めとるような視線でアンジュが詰め寄ってくる。僕の背に書架がぶつかった。


「な、何を自信満々な顔して僕を見てるんだよ。大体にして何しにきたんだよ?」

「ん? もちろんジュリに会いにきたに決まってるだろう」


僕の背にある書架にアンジュの右手が置かれた。大きな体に覆い被されるようになってしまった。頭一つ分の身長差のせいで見上げてしまう。手に持っていた重たい書物を胸に、手にギュッと力がこもってしまう。


「も、もちろんて用もないのに仕事の邪魔をされたら困るんだけど」

「覚悟しろと言ったはずだが? そうだな。では今から用を作ってやろう」

「え?」


狼の牙が見えた。ぺろりと舌を覗かせて、アンジュの挑発するような視線に硬直してしまった。

見上げる僕の唇に重なる唇。

絡まる想いが熱くて柔らかくてまるで溶けるよう。

懐かしく感じる甘い香りが僕の心をくすぐる。

書架に置かれていたアンジュの大きな手が僕の胸元に滑り込んでくる。ロリータ感のあるブラウスのボタンが一つ二つ三つと外される。そして素肌に感じるぬくもり。そこは……アミックが甘えてきたところだよ。優しい刺激に書物を持つ手にさらに力が入る。


薄暗がりの部屋で書架にもたれて体をくねらせる。アンジュのたくましい腕が力強い。唇が離れてはすぐに塞がれて吐息と声が漏れてしまう。

心が甘く満たされて……頭が……溶ける。

力が抜けて、手に持っていた書物が床に落ちた。

僕。僕は……もう。


「ふふ。ジュリを見ているといけない気分になるな」


瞳は酷く優しいけれど征服感を感じる野生味のあるアンジュの笑顔に僕の心がまるで支配されたよう。僕の胸の先端からアンジュの優しい手が離れていない。声が漏れる。そんなに見つめないで。顔が熱いよ。

ここは国立魔導図書館なのに。他にも人がいるのに。整理中を記した柵の向こうが別世界のように遠く感じる。こんなの。こんなの。いけないことだよ。僕はレクスのものなのに。僕もアンジュも男なのに。それなのにアンジュに惹かれる僕がいる。


「アンジュ……どうして?」

「そんなに可愛い顔をされると今すぐにでも最後まで襲いたくなる」


最後って……

僕の唇がまたも塞がれて、アンジュのもう片方の手が僕の腰の下に降りてきた。熱くて大きな手は包容力にあふれてる。布越しに硬い爪の感触がくすぐったいけれど、徐々に変化していく感覚に首がのけぞる。


今、僕は俺様狼王に襲われている。

穏やかな僕の司書生活がどこかに行ってしまう。

こんなところ……誰かに見られたら……僕は……


「どこ行った!? あのどあほーな俺様国王は! 陛下! 王陛下! とっとと出てこーーーい!」


少し遠くに聞こえる腹黒宰相の声。その声には怒りの感情がこもっていて、呼びかける声が真っ直ぐこちらに向かってくる。アンジュがここにいるのが分かっているみたいに。


「ん? シュルードか。ちっ。いいところで」


アンジュの唇が離れて書架の外側に視線を移してる。

ぼーっとする頭だけど、腹黒宰相がアンジュを探しにきたことくらい分かる。


「いいところじゃなーーーい!」


両手で思い切りアンジュの厚い胸板を押し切った。開いたブラウスを閉じる。


「アンジュのばかー!」


顔を真っ赤にしたまま涙目になっていた僕は、アンジュの顔も見ないで全速力で逃げ出していた。


覚悟しろって……もしかしなくてもこんなことが毎日起こるの?

明日からどうしよう?

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