第四十二章 信仰
その後のアリエスは順調だった。俺の命である人間の殺害を行わないように距離を取り援護に徹している。蛇女のスピードで攪乱しつつ魔法を放ち前線を支えながらヘイトを取ったら下がってくる。理想的な動きだ。
・・・最初からこの命を出していればよかったのだろうが、これは聖女を知るためであってこの状況を作り出すものではなかったからな。聖女の真の目的。それを知った時にアリエスがその名を捨てるのは間違いないだろう。
だがやはりその時は来てしまった。
かつての聖女の仲間。今は落ちぶれ傭兵か冒険者か。そんなものがあるかかどうかは知らないが、そのみすぼらしい装備を見れば聖女の護衛という輝かしい功績は聖女の消失と同時に消えたのだろう。
逆を言えばよく生きていたものだ。俺は聖女を落とした後はそのまま去ってしまったからな。生き延びたのか逃げおおせたのかそれはわからない。
それは交易路の西。この前の弓矢の壁とは逆の方向だ。つまり人類圏から離れている。こちらに魔族が出て敵対しているという指示だ。未だ具体案が来ない所を見るとかなりの混乱状態なのだろう。今まで無視されていた通り道の人間の街を魔素ジェネレーターに変える作業も並行して行われている。俺達は壁に囲まれた街というより町というレベルの場所にきているが、そこの加護持ちがどうやら聖女の元従者というわけだ。
そして、聖女が俺達の前に立ちはだかった。
ボロい装備で加護の援護もない近接DPS構成だ。まともに戦えてるのはあのモンクだけだろう。はっきり言って俺達の敵じゃない。むしろ良く逃げずにいるものだ。そしてそれを見た聖女がどちらにつくのかは分かり切っていた。
人間を背に俺達に対峙したアリエスは笑っていた。
「わが父。一つだけわがままを許していただけますか?」
「なんだ」
「私の答えを聞くまで時間をいただきたいのです」
「早くしろ。長くは待たん」
そしてアリエスは人間の姿に戻る。魔物である以上会話は出来ない筈だが、表情も個体識別も効かない。俺が聖女の従者と判断したのはアリエスの反応とその装備からの判断だ。
だが人間の反応は早かった。モンクの一撃が振り返り手を広げたアリエスを捉える。
まあ、そうだろうな。それが人間だ。だから俺は人間を捨てたのだ。
「ここで黙っていられないから、俺は鬼になったのだ!!!」
ヒーラーを始末し、加護を失った近接DPSを致命傷で放っておく。奴らには使い道がある。
俺は倒れたままのアリエスを抱き起す。
「わがままは聞き入れてはもらえなかったのですか?」
「当然だ。俺が神だ。見返りは求めるな。まだ行くことは許さん」
「私は、信仰を捨てました。もうじきこの魂は天の神に召されるでしょう。私は聖女。人類最大の脅威であるあなたを討つために魔に堕ちあなたの元へ来ました。人類の守り手。それだけが私の支えだった。私にはそれしかなかったのに。なぜ、あなたなのですか?」
「簡単な話だ。お前を討つのにそこらの魔物で太刀打ちなどできるものか。俺だからお前を討てた。お前を理解し倒すために全てを捧げた俺だからこそ、お前も魂を捧げたのだ」
「嬉しいです。私はその答えに辿り着いたとき、信仰を捨てました。人類の守護者ではなく、アリエスとして生きると決めました」
「何故と聞いてもいいのだろうな」
「はい。わが父の言う通り信仰を捨てた私は魂が天に帰るのを感じていました。この体はそのままに。それだけは耐えられなかったのです。私の抜け殻がこの場に残るのが。私でない私を貴方がアリエスと呼ぶのが。幻滅しましたか?」
「ああ。人類の守護者として華々しく散るものだと思っていたぞ」
「酷い方です。ですが私もそれに賭けたいと思いました。かつて聖女として共に戦った仲間が私を受け入れたのなら私は聖女として貴方を討っていました」
「酷い自信家だ。奴らにも俺にもだ。聖女失格だな。天の神も見放しただろう」
「はい。私は酷い女です。聖女にあるまじき失態持ちです。次に生まれかわるときは普通のなんでもない女になりたいものです」
「それは嘘だな。お前はまた人類の守護者として神のオモチャになるのだろう。それを座視する俺ではない。アリエス。お前を神の御許には送らせない」
俺はインナースペースの入り口を胸に開ける。禍々しい魔物の口が開く。これはシノが躊躇するわけだ。
「アリエス。俺の望む関係は双方向だと言ったな。お前がアリエスを名乗るのなら、俺はお前の信徒になる。人間の聖女ではなく、魔物の信徒である堕ちた聖女アリエス。俺はお前の神であると同時にお前を信じる信徒となる。俺の信仰を受け取ってくれるか?」
そうか。俺は始めてあった時からこの聖女に憧れていたのか。
「堕ちた聖女アリエス。人類ではなく魔物を守る守護者になれと? では貴方の信仰とは?」
「人類への期待だ。魔物に堕ち、鬼になり、それでも人に可能性を望んでいる。俺が、俺達が消える時、それが俺達の望んだ人類の誕生だ」
「わが父、王牙。私は堕ちた聖女アリエス。貴方と共に人類に希望を見出す真の聖女を目指します」
「誇れ。これは人間の聖女が俺に与えた信仰だ。実現可能かどうかは未知数だがな」
「いいえ。人間である聖女の私が保証します。人類は必ず勝ちます。それまで共に見守りましょう」
相変わらずの無駄な自信だ。それでこそ俺の対峙した聖女だ。
アリエスが手を伸ばすとそれを引き込むように俺のインナースペースに吸い込まれていく。
そして俺はその扉を閉じた。
さて、それはそれとしてこの残された連中をどうするか。俺には人間の言葉も表情もわからないが俺には聞こえた。「聖女の恥さらし」と。それが俺の幻聴であれなんであれ俺の信仰するアリエスの侮辱行為は見過ごせないな。
「まて、どうする気だ」
事態を静観していたシノだ。
「ザマァ展開というのを知っているか? 聖女を陥れた連中が酷い目に会うという展開だ。俺はアレがあまり好きではなかったが、今その理由を得た。今から呪いの首輪を嵌めて未来永劫真綿で首を締め続けてやる。その顔が血に染まりアリエスへの懺悔を止められない体にしてやる」
「やめろ。それに何の意味がある」
「意味だと? 鬼の俺にそれを問うか」
「私が気に入らないからやめろと言っているんだ。聞こえないのか」
「なんだと? 今更人道にでも目覚めたか。人類に希望はしたがコイツラは論外だ」
シノが髑髏を顕現する。
「私の事を第一に考えろと言ったはずだが。お前は私のものだ」
なんだ? 流石に今回は意図が分からんぞ。
「俺は俺の意志でコイツラを苦しめたいだけだ。コイツラがアリエスにしたことを忘れたか」
魔法の気配。ただの魔法の槍だが完全に俺を捉えている。
「まだ言葉が必要か」
本気か。これが放たれたらそれが合図だろう。
何を警戒している? あの人間に何かあるのか?
放置していた人間に目をやると動き出している。今まではシノが抑えていたのだろう。どちらを先に片付けるか悩んでいると牛頭と馬頭がやってきた。動きを見てやってきたのだろう。これはもう諦めるか。
牛頭がリンクで了承を訪ねてくる。俺は渋々それに応じた。するともう一度苦しめるかと問いかけられる。こんなことは始めてだが俺は拒否した。やるなら俺の手でなければ意味がないだろう。それに応じて二体の魔物が動き出す。だが馬頭の方が俺の肩に手を置くとサムズアップをしてきた。なんだ?
俺は意味も分からずシノに向きなおる。これで終わりではないのだろう。
「ここでは邪魔だ。外に出るぞ」
返事は来ず黙ったまま外に出る俺達。その後ろで人間達の絶叫が轟いた。いつもはこんな声を聞かないが、俺が後ろを見るとまた馬頭のサムズアップだ。俺はそれに手を上げて応える。アイツらは言葉は喋れないだけで理解はしているのか。アイツらもまた未知のままだな。だが、これで少しは気が晴れた。そこだけは感謝だな。




