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第四十章 アリエス

 新たな魔物。遂にサポート系の魔物が現れた。見た目は人間のようだが魔素の神官衣がヒーラーを思わせる。どこで見たような気がしていたがそれはリンセスのセリフから知る事が出来た。

「聖女!」

 ・・・いや、まさかな。

「お久しぶりです。また貴女に会えるとは思っていませんでした」


 ここは古城跡。今は鍛冶オーガたちによってだいぶ復興が進んでいる。もともと無駄に罠の多い城だったがそこから取れる素材はどれも有用でこの発展に拍車をかけているようだ。

 俺達も待機を利用してそこに出入りしていたのだが、そこにこの新魔物である聖女がやってきたということだ。

「ダンナ。間違いない。あの聖女で間違いない」

 リンセスは臨戦態勢だが俺はまだ様子見だ。単純に魔物であって人間ではない。それにあの化け物聖女が攻撃をするつもりなら俺の間合いには入ってこないだろう。これが攻撃をする気がないという意思表示とも取れる。

「ダンナ様。貴方ですね。私を解放してくださったのは」

 攻撃する意図はない。だが敵対する可能性はまだあるか。

「そうだ。お前には随分てこずらされた。まだ俺の手を焼きたいなら付き合うが」

「いいえ。お手を煩わせるために来たのではありません。貴方にお仕えしたくはせ参じました」

 ほう・・・。まったく意味が分からん。

「あの日、私の信仰が崩れました。貴方様に手傷を負わされ、その責で私はあの町に縛り付けられました。聖女にあるまじき失態だと。私はその前にも失態を犯していました。居るはずのない領主。魔王の化けた悪徳領主にも囚われました。そして町を守れず、神の御手を授けられても貴方様に敵わなかった。この時私は神に選ばれた存在ではないと気づいたのです」

 あの化け物ぶりで神に選ばれてないとぬかすか。

「私は神の身元にも行けず、人の世に戻ることも敵わず、ここに流れ着きました。そしてあなたに仕えたいと思ったのです。私をあそこまで追いつめ止めを刺したあなたなら私を理解していくれる。そう信じてここまで来ました」

 ふむ、まったくわからん。

「貴方を私の神として崇めることをお許しください。私にはもう貴方様しかいないのです。そのためなら私の全てを貴方様への信仰に捧げます」

 つまり、どういうことだってばよ。

 助けを求めてリンセスを見るが頷くだけで分かったというような顔だ。

 俺が分かってないんだってばよ。

「お前の敗因は何かわかっているか?」

 俺は苦し紛れに時間稼ぎに入る。こいつの言うことが全く頭に入ってこない。

「いいえ。私が未熟だとしか」

「簡単な話だ。お前は一人で戦おうとした。聖女の力は他者のサポートにある。お前はそれを捨てて戦おうとしたからだ」

「はい。私は誰も信じることが出来なかった。御手の力も私一人の為に使いました」

「それはなぜかわかるか?」

「いいえ。私は何を間違ったのでしょうか」

「お前は何も間違っていない。俺がそう仕向けた。俺がお前を打ち破るためにお前を一人で戦わせる舞台を作り上げた。お前の敗因は俺が相手だった、ただそれだけだ」

 これで話が分かりやすくなると思ったがそれは逆効果だった。遂に聖女が跪き俺に祈り始めた。

 そこは屈辱で歯向かってくるところじゃないかってばよ。

 おかしい。俺が対峙した聖女は化け物だった。剣で体を貫かれてもその加護が緩むどころか剣を弾き返した。魔物になったからとそう簡単に俺に膝をつくとは思えんが。

 信仰が崩れた、とはこういう意味か。

「私は全てを貴方に見透かされた。私は全てを貴方に奪われた。そして私は救われた。どうか私の信仰をお受け取り下さい。ダンナ様」

 なぜそうなる。負けたから服従するという事なのだろうが、俺がそれを望んでないだろう。なぜ勝った側が負けた方の言い分を聞かなければいけないんだ? 全てがわからん。そもそもこいつは何をしたいんだ?

「悪いが俺は既婚者だ。既に愛する伴侶が居る。お前の申しでは受けられない」

 信仰だかなんだか知らないが知らない女の世話まではせんぞ。

「わかりました。では私はどのようなものでも構いません。体を捧げるのが迷惑ならこの信仰だけはお受け取り下さい」

 流石は聖職者だ。押し売りサービスの心得は万国、いや万世界共通か。

「まて。俺の欲しい関係性は双方向だ。お前の一方通行の信仰は俺の望む関係ではない」

 俺の感じていた違和感はこれか。こいつは丁寧だが押し付けているだけだ。

「それは勿論です。私がご所望でないのなら私の力はどうでしょう。私の見立てでは魔物にこの力はないはず」

 そういうやいなや巨大化を始める聖女。人としてのシルエットが崩れていき両手と足が伸びていく。皮膚が鱗に覆われ巨大化した手からは爪が。

 その姿は蛇女というべきか。下半身は蛇そのもので上半身が異様に伸びた腕と巨大化した手。肉はなく細身だがその爪の鋭さは見てもわかる程だ。顔も変貌し首の周りに花びらのような鱗がある。その姿は魔素ジェネレーターにも通じるな。全長はもとより全高でも俺より高い。

「美しい魔物だな」

「ありがとうございます。ですがこの力は更に美しいものですよ」

 ほう、調子が出てきたな。人型だった時よりも自信に満ちてあの聖女に近づいて見える。この方がやりやすいな。


 魔素の放出。俺と対峙した魔物聖女の一手がそれだった。

 魔素の放出といっても誰にでも干渉できるただ放出されたものではなく魔法による滞留だ。人間相手なら多少効果があるだろうがこれはなんだ? だがそれが動き出すとその効果が知れた。俺の、いや魔物の魔素を感じる部分にノイズが走る。これはジャミングか。俺は魔素と目視の両方で敵を捕らえていたがそれが片方潰された。滞留した魔素が壁となりその先が感知できない。対魔物であればこういう使い方もあるのか。流石は元聖女だ。

 そして目視に頼った俺は慣れない戦闘の上に蛇女の間合いが測れないでいる。腕の長さと体の長さで翻弄してくる。マズイな。俺がいかに魔素の感覚に頼っていたかが浮き彫りになる。この滞留魔素がなければもう腕を切り落としていた筈だ。そしてそれは体だけでなく魔法さえも隠蔽する。滞留した魔素から魔法の棘が飛んでくる。魔法を放つ素振りは見えなかった。

 仕込んでいたか。俺は剣の腹で受け流そうとするが、それはただの滞留した魔素が伸びただけの無害な代物だ。俺の感覚では魔素の槍に見えたが、俺の目には何も映っていない。言うならばジャミングが伸びて槍の形になったようなものだ。それを俺は槍と勘違いした。普段なら気付いただろうがジャミングで鋭敏になった所でこの不意打ち。俺は何もない槍の気配に反応してしまった。

 そこに蛇女の尾の一撃が迫る。俺は相棒を地面に突き刺しそれを支えに中空で避ける。

 これは魔物の戦い方では駄目だ。俺は魔素のセンサーを閉じると目視を頼りに剣を人間の時に動きに変える。五感頼りは空間把握に問題が出るがジャマーがある状態では致し方なしか。

 やはり滞留魔素に魔法を仕込んでいるな。隠蔽がなくとも魔素の滞留が隠蔽の代わりになり魔法の効果を実質高めている。しかしこれはなんだ? 魔法ではない。魔素に干渉する何か。そして本命がやってきた。

 デバフ。一言で言えばそうだ。俺の体を構成する魔素に干渉してくる。そうか。この蛇女の支配は魔素の支配。本来なら干渉できない役割を決めた魔素に干渉できる。流石に俺の体がバラバラになることはないが、それが収束して俺の右腕に。だが支配は抵抗できる。そう簡単に取らせるものかよ。

 その不意打ちに余程自身があったのだろう。接近しトドメの爪を繰り出してくる。蛇女の構造上本気の一撃を入れるなら鼻先まで近づく必要がある。俺はその爪の間。掌に剣を入れると衝撃を放つ。どれだけ爪が鋭かろうと掌までは強化が出来ない。

 骨を砕かれた右手を下げながら蛇女も下がる。俺は魔素のセンサーを開こうとしたが大音量の警告音がそれを止める。なんだ。これはどこから来ている。五感の一つだ。触感。それも足。俺が飛びのくとそこに魔素の槍が撃ち込まれる。本命はそれか。

 目視で蛇女を捉えると既に右手が再生している。次の魔法が来るが魔素のセンサーが開けない状態では読み取ることもましてカウンターも取れない。ここも攪乱のジャマーは配備済みだろうな。目隠し状態で突撃するほかないか。魔法の詠唱が終わると蛇女は悠然と構えている。これは誘いか罠か。いや、これは誘いか。それも殺意がない。何かを見せたいだけか。

 俺は誘いに乗って蛇女に切りかかる。しかしそれは加護に阻まれた。これは、魔素の加護バージョンか。滞留した魔素を支配で凝縮、操作しているのだろう。もし俺が魔素のセンサーを開いていればこれは感知できたはずだ。全力であれば抜けたかもしれないがそれでもその軽減効果は無視できないものだっただろう。俺は追撃してくる蛇女の爪をわざと食らった。

「ダンナ様!?」

 狼狽した聖女の疎通が響く。

「見事だった。これの回復を頼めるか?」

 聖女は頷くと俺の体を構成する魔素に干渉してくる。さっきのデバフの逆だ。俺の魔素が活性化してくる。魔素の供給ではなく活性化。魔素の支配が出来るからこその回復術か。魔素自体の自己回復は難しいが部位破壊や損傷を即座に回復できる。仮に膝を砕かれてもこの回復があれば即座に戦線に復帰できるだろう。これは強力だ。

 それもこの活性化は魔素体の損傷も防ぐ。つまり、

 俺は再度傷のない状態で回復を頼む。そして俺の魔素を燃やした斬撃を繰り出していく。やはりだ。活性化した魔素は燃やしたときの魔素の消費を抑えられる。消費した魔素自体は回復できないが、使い方によって実質魔素の総量を増やすに等しい。

「素晴らしい。最高だ聖女よ」

 俺の素直な感想が口に出る。

「ありがとうございます。それでは?」

「それだがな。お前の信仰を預かるという形でなら受け入れよう」

「つまりどういう事でしょう?」

「俺の望む関係は双方向だ。お前の信仰を受け取っても俺はお前に信仰を預けられない。友であれば友で返すがそれはお前の望みではないだろう」

「はい、おっしゃる通りです。信仰とは奉仕するもの。その見返りは求めません。ですがそれなら私の神として振舞ってはいただけないでしょうか?」

「そうだな。それも含めて預かるという形にしよう。お前の信仰が本当に崩れたのか俺はそれも疑っている」

「私がまだ神の信徒であると?」

「そうだ。聖女よ名前はあるか?」

「いえ。私はここに来るときに過去の名前に関する記憶は失いました」

「ならば。アリエスと名乗れ。最初の一人という意味だ。この名を捨てる時が俺への信仰が終わった時と判断する」

「わかりました。わが父。私はアリエス。ダンナ様の最初にして唯一の信徒です」

 元聖女か。あれほどの加護を得て神の手先まで降ろした存在が俺を崇める事などあるのだろうか。

 それにしてもダンナ様は流石に訂正すべきか。これは確実に勘違いだろうな。

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