第百十七章 加護無し
「お父様。私は人間の街を見てみたい」
居城に戻ってきた俺を待っていたのはレオニスのその言葉だった。
所謂諜報活動だ。魔物側のスパイとして人類側の情報を手に入れる。それにレオニスが手を挙げた。
俺が来たときには全ての準備が整っていた。既に旅立つ前日。お供にはジンバ。
ジンバはコア持ちだ。コアの力で人間に擬態し溶け込むことは可能だろう。それこそレオーネの時の経験や伝手もある。それに加えてムリエル、シャウラ率いるコア持ちに成功した魔物もバックアップに入る様だ。
肩書も人間の結界外の名家の生き残り。正にレオニスはそうなのだが縁者という流れらしい。
準備は万全。中央都市の魔法学園に編入予定。残るは俺の返答次第。
二つ返事をしたいのは山々だが、明らかにこれは。間違いなく、フラグだろう。問題が起きないなどという事は絶対にない。確実に何かが起きるだろう。
そもそもその魔法学園とはなんだ? この魔物に追いつめられた状態で暢気に学校を開いて子供たちの教育だと? 学徒動員と言えばわかりもするが、魔法とはなんだ? この状況であれば聖女か神の加護を求めるだろう。その可能性を捨てて魔法だと?
子供でも使える便利な魔法。それはおそらくだが、神の加護抜きでも使える魔法という名の何かだろう。言ってしまえばコア持ちの製造か、それとも人間の結界が弱ったせいで異世界転生者の世界の改変を狙っている可能性もある。
レオニスとジンバがそれに対処できないことはないが、諜報活動で力を使えないとなれば話は変わる。追いつめられた人間領の学校など、それはそれは酷い物だろう。
せめて加護持ちの中で過ごすべきだ。
それでもレオニスの決意は固かった。
神になるのならば知らなければならない、と。
そして俺は週の記憶共有を前提として折れる事にした。
ーーー
案の定そこはヤバい所だった。
魔道具。つまり魔法の杖なのだが、この先端についている宝石がコアだ。
コアとは異世界転生者の魂を媒介に作られるものだ。それを分御霊にし、魔物や人間に食わせるとコア持ち(制御可能)かコア付き(制御不可能)になる。分御霊にする理由は単体で食うと確実に強力なコア付き(ボス)が生まれるからだ(第二十章 魔物の村防衛戦参照)。
つまりこれは人間を元に作られた杖だ。木のように見える杖部分も内部に骨が見える。人間かどうかはわからないが、生き物であった可能性は高い。
善悪は別として人間が使うなら問題ない。コアは人間にとって万物を生み出せる願望器だ。魔物が持つと浸食が始まり核が生まれ出す。今ジンバの体になっているシノの遺体は魔物でありながらコアを制御できたレアケースだ。(第十八章 古城② 決戦参照)
魔道具の使用に関して、ベースが人間であるレオニスはもとより、コア持ちのジンバも問題ない。
問題はコアから生まれる生成魔法は対人戦には効果的で有効だが、対魔物には何の効果もない。魔物は三大欲求はもとより呼吸も脈拍もない。生物とはまるで違う。ファイヤやブリザードなどの温度系は勿論。氷や岩などの物理系も射出速度がない。ウインドカッターのような風も、大気を生み出す事でデメリットが生まれるのは気圧に敏感な人間の方だろう。
これなら魔素を生み出してぶつけた方がマシだ。魔素は魔法として機能していなければ魔物にコントロールを奪われることもない(第十一章 聖王都攻略戦⑥ 間奏参照)。
まあ、岩をぶつけるよりかはマシという程度だが。
・・・ハッキリ言ってこの魔道具は人間にとって邪魔だ。魔物との戦いでこんなものを使われた日にはどちらが敵かわからんだろうな。
そして懸念された異世界転生者の世界の改変も行われている。
俺がジンバを通して目撃しただけでも四人、いや四体と言うべきか。
世界の改変に慣れたであろう人間が一人。そして黒加護を纏った人間が三人。黒武器も持っている。
これが加護を得られなかった人間達が「これで俺達も魔物と戦える!」というような展開であれば見逃したが、流石は加護に見放された人間達だ。詳細は省くが私利私欲に走っていた。
俺はジンバのコアによる人間への擬態を解いて、魔物ジンバ王牙として相対する。この状態であれば目撃者がいてもジンバだとはバレないだろう。
最初の一人は世界の改変に慣れたであろう人間だ。当たり前のように他者に介入してきたのだろう。その動作に一切の淀みがない。
俺は禁止を極薄く、そいつにだけ効かせる。今までは禁止は全域に垂れ流しだったがこうすることで他の異世界転生者に気付かれずに禁止を使える。全域の禁止は異世界転生者の炙りだしには使えるが、今はまだ諜報中だ。
そして禁止を薄くしたのは相手にも気付かれないようにだ。案の定、相手は使っている気にはなっているが使えていない。実際には極弱く使えている状態だ。だからこそ自身の能力が禁止されているなどとは気付かないのだろう。これを見ても卓越した世界の改変使いとは言い難い。
俺は魔物武器で出来たスカートを鎖で繋がれた鉄球に変化させる。魔素で操作する武器は鈍器の方が有効だ。刃物の方が殺傷力は高いが、刃を立てるために相応の集中力がいる。雑にぶつける方が鎖を経ての操作はしやすい。
俺は鉄球を鎖を操作して放つ。そして一人目を潰す。世界の改変を使う事に夢中で無防備だ。鉄球がその頭を潰した所で鎖を引く。壁や地面に当たらないようにだ。暗器は物音を立てないからこその暗器だ。
次は黒加護武器三人衆だ。俺は鎖付き鉄球をいくつか追加するとそれを放つ。こちらは流石に反応が早い。世界の改変を他者ではなく自分に使っているな。俺が投げつける鉄球が壁にぶつからず寸止め状態なのを見越して、黒武器で鎖部分をからめとってくる。目も反応も判断も早い。そして鎖を引く筋力も強い。俺は三人衆に三つの鉄球をからめとられて逆に囚われている形だ。
惜しいな。これならば素直に魔物と戦えるだろうに。世界の改変を自己に収めて自己研鑽。ここまで出来て何故下卑た笑いが出てくるのだ?
俺は鎖を自身から放す。放たれた鎖が巻き取られ、奴らを縛る。俺は奴らに近づき鉄球に手を掛け、鎖の部分を操作する。奴らを拘束した鎖が勢いよく巻き戻り、肉を切り裂き血に塗れる。俺はそれに魔法をかけると血を吹き飛ばす。武器に魔素を纏わせ爆発させ武器を清潔にする。俺の唯一使える魔法。血糊飛ばしだ。少し不自然な血痕になってしまったが致し方あるまい。
だがここで意外な事実が判明する。敵は三人ではなく一人。本体が死ぬことで残りの二体が消滅する。世界の改変を使った自己の複製か? 俗にいう分身の術なのだろう。正に日本の忍術という所か。
そうだった。こいつらは異世界転生者だ。その想像力はこの世界の人間を超える。だが、だからこそ、碌な人間が居ないわけだ。その想像力を持ってして、する行動がこれではな。
俺は鎖鉄球をスカートを元に戻すとその場を後にした。
これが今の人間なのか?
魔物が迫って来ている有事だというのに、何をしているんだ? ここまで来ても人類は一つになれんのか? このような加護無し異世界転生者をレオニスの世界の査定には入れたくないな。
やはり加護を纏える人間達でないと話にならんな。加護の無い人間達は目前の魔物よりも同族の人間から身を守らなければならないとは。やはり人の世など関わるべきではないな。
そして事態は意外な方向へと向かった。
レオニスたちが退学になった。成績は普通。だが伸びしろがないという事で退学という事だ。
そして伸びしろがある素質ある人間達とは何か。ハッキリ言えば退学になった方が幸せであろうことは容易に想像がつく。
人間の切り札の一つはコアによるものか。それも相当に非人道的な代物だ。
最悪制御できないコア付きが出てくることもありえそうだな。
レオニスたちは引き続き諜報活動だ。次はウェイトレス。食事処こそ情報の宝庫だ。
ーーー
そこでも浮き彫りになったのは加護持ちと加護無しの格差だった。
神の加護を持つものは神の代弁者であるリブラに選ばれた者達だ。能力や人格はもとよりその環境をも考慮に入れて選ばれている。リンセスもその候補ではあったが、その家庭環境の厳しさから神の加護の顕現は危険だと判断され、神の加護は降ろされなかった(第七十五章 神の塔② 神肉食いシステム参照)。
神の加護を持つものは全てにおいて恵まれていることが条件と言ってもいい。能力、人格、環境。全てが満たされているからこそ、力を持った時に戦える。人類の剣となり盾となれる。それに相応しい者達だ。それは戦って来た俺が一番よくわかっている。聖女はその中でも飛びぬけて人格面に優れた人物だ。神の意思よりも人間を守る事を優先する。その高潔さと判断力を兼ね備えた人物を選んだとリブラは豪語していた。(第七十四章 神の塔① 正義の天秤参照)
そして加護を持たない者はどうかと言えば、足りていないというよりも、何も持っていないという印象だ。迫害はされていないが、全てにおいて劣っている。加護がないという事はそういう事だ。能力、人格、環境。そのどれかが欠けているだけでも勝てない、その上に神の加護という絶対的な壁が存在するのだ。
加護無しを迫害、軽蔑、差別する加護持ちはいない。そもそもそんな人間は加護持ちにはなれない。加護無しを迫害、軽蔑、差別する人間とは加護無したち自身だ。
永遠に報われぬからこそ、その鬱屈した感情は同じ境遇である加護無しに向く。
神に選ばれなかった者。
それは魔物との戦いに駆り出される事は無いだろう。だが魔物と戦えるだけの力と栄誉を求めない人間はそれほど多いだろうか? ただ守られ日々を過ごす事が出来るだろうか? 俺がもしも加護無しであったならば、その人生に満足できただろうか?
それが否である事はこれまで見て来た。銃火器を求めた人間の村(第四章 人間の村参照)。加護持ちに反旗を翻す人間達(第二十六章 デミ人間参照)。銃とコアは加護無しでも戦える唯一の方法だ。そして加護持ちに対抗するためにも、だ。
そうでもなければ自分という存在を維持できなかったのだろう。
加護無しが奪われたものは自分自身の可能性。それを間接的に奪われたのだ。
そして流布された人造聖女の噂。
加護を持たない者達が纏えるという新しい聖女の姿。
これはまだ噂の段階だ。そして異教とされた神の力の一極化。それは本来リブラが望んでいたものだったが、それが歪められて異教とされている(第九十五章 アドナキエル参照)。それを行った者達が神の加護を纏えているだろうか? これは俺の推測だが、この人間の国を牛耳る存在は神の加護を纏えていない。
ならばこの加護無しの統治者たちが神と崇める存在はこの世界にない。
他世界の神か、異世界転生者の魂か、そちらに移るのは不思議ではない。
嫌な予感がするな。
他世界の神エリマキアンコウのあまりにも脆弱だったインナースペース。そして未だに残っているアンコウドラゴンの棘。
予感というよりも確定だな。
勇者の取り込みに失敗した次は、俺と同じ異世界転生者の魂を狙っていてもおかしくはない。
ーーー
アドナキエルも元気そうだ。お忍びとして街に繰り出し、レオニスとの面識もある。やはり王族に向いたタイプではないのだろうな。そのカリスマ性は前線指揮官として暴れていた時の方が発揮できる。今の膠着した状態では戦果はおろか、実戦で得られる繋がりのような物も得られない。
だが色々と持て余している分、思考は進んでいるようだ。戦闘一辺倒ではない生き方だ。思い込みの激しい直情型では生きられない。アドナキエルには丁度いい機会なのかもしれないな。
剣を交えて体の記憶は呼び覚ました。あとはこの状況で奴がどう動くか。
レオニスとの仲は悪くはない。自由奔放な魔物の生き方だ。法ではなく力の世界。前線型のアドナキエルにはこちらの方が合っているだろう。共感はしている。
だがまだ救世と人類を天秤にかけるまでには至っていない。
まだ幼すぎるか。なれば前世の記憶を呼び覚ますほどの衝撃が必要になるだろう。
だがそれは俺には出来ん。次に奴が俺の前に立つ時には、その答えだけでも出ているといいが。次は手加減は無しだ。奴の用意が整っていようといまいと片付ける。聖女としての戦闘力だけはそのままだからな。魔物の勝利の障害になるのだけはわかっている。
しかし、この状況下で神の加護の一極化は噂程度だ。残念だが、このままでは神を立てるために人類の殲滅に切り替える可能性も出て来た。
魔物の大攻勢の準備は秒読み段階だ。人類を殲滅し、八割がたの神の加護を天に送る準備は出来ている。
その時はその前に神の塔を人類に落とそう。そこでリブラと人類の真意を問う。
あとはレオニスの結果次第だ。ここで得た経験でどのような世界を敷くのか。
それを知るまで俺の転生はお預けだな。




