第百六章 アリエス・マリア
俺が弓聖女が居るであろう建物の影に入るとそこには金髪を束ねた少女、いや、少年か? それが弓を抱えて佇んでいる。その荒い息を見るにガス欠か。
さもありなん、あれほどの射撃を行っていたのだ。あの威力と速さ、矢に聖女の加護をエンチャントしていたのだろう。その消費は相当なものだ。あの威力でわかる。
そして聖女の加護は祈りでしか回復できない。実質戦闘中の回復は難しい。だからこそ卓越した聖女はその配分も上手い。聖女は人間の心の支え。自身が落ちる事は人間への敗北を認める事になる。だからこそ、聖女は仕留めるのが難しい。
「相変わらずの慢心だな。アドナキエル」
その言葉は自然と出て来た。魔物に人間の表情はわからない。そして言葉も通じない。だが、少年でありながら聖女の加護を使え、その慢心に満ちた自己犠牲の表情は俺にも見覚えがあり過ぎる。
「聖女が力を使い果たしてどうする。また何も考えていないのだろう?」
アドナキエルの護衛は3人。力を使い果たしたアドナキエルを囲むように布陣している。剣とナイフと杖。魔法使いはいないようだ。魔法使いが聖女と共闘するのは相性が悪い。
「お前はまた味方を巻き込んで自滅か。いい加減学べアドナキエル。何のための転生だ」
アドナキエルは答えない。だが聞こえてはいるな。その表情でわかる。
護衛の表情はわからないが逃げ出す気はない様だ。人望もそのままか。
俺は剣の護衛に肉薄するとその加護を吹き飛ばし柄頭で殴りつけ壁に叩きつける。杖はヒーラーだろうが加護の守りを強引に押し込んで左手で掴み、地面に叩きつける。最後のナイフが奇襲をかけようしているが、遅い。巨体のオーガの俺よりも遅い。剣戟で加護を吹き飛ばして地面にそっと叩きつける。
弱い。爪を使ったら瞬殺だ。俺が加減が出来るくらいには弱い。壁の外レベルの冒険者だな。だがアドナキエルと話をするには丁度いい。流石に護衛を惨殺して楽しくお喋りはどんな創作でも通用しないだろう。
俺は剣をナイフ使いに向ける。
「やめろォォォ!!!」
アドナキエルの叫びが轟く。
やはり声が聞こえるな。魔物の俺と会話ができる。リブラの手腕か、アドナキエルが魔物堕ちしたからか、はたまた俺との因果があるからか、理屈は知らんが丁度いい。
「やめて欲しければグレートソードを出せ。そして俺と戦え。長くは待たんぞ」
しばらく迷っていたアドナキエルが弓をグレートソードに変える。そして切りつけてくる。いまはまだへっぴり腰だ。俺はナイフ使いに向けた剣をアドナキエルの剣戟を受けるために退ける。
弾くまでもない。
アドナキエルのグレートソードは俺の剣に当たって弾かれ、よろける。自分の剣戟に体が耐えられていない。だがすぐに体勢を立て直し二撃目が来る。その一撃は真っすぐに軌跡を描き、俺の剣を弾く。そして三撃目。アドナキエルの体勢が明らかに変わる。グレートソードを構え、腰を落とした体勢から剣ではなく俺の足を狙ってくる。俺はそれを剣で防ぐ。だがそのグレートソードは絡みつくように俺の剣をいなすとアドナキエルの体がほぼゼロ距離に迫る。そして俺の剣から離れたグレートソードが俺の首に迫る。
俺の剣が振れる間合いを見極め、その中に勝機を見出し、魔物の懐にすら潜り込む。
これは間違いないな。ノーネームドの大剣聖女が思い起こされる。奴は聖女の加護無しでも剣戟だけで人間最強のマントグレートソードに迫っていた。
俺は飛び上がると剣を支点にしてアドナキエルと対面する。追撃を剣でいなし、鍔迫り合いに持ち込む。
「お前は何者だ!!! なぜ私の名前を知っている!!!」
アドナキエル確定だな。
「忘れたのかアドナキエル。また神に選ばれたなどとのたまうのではないだろうな」
「私は神に選ばれた存在だ!!! この国の王子として聖女の力を得てここに居る!!!」
・・・どこから突っ込むべきか悩むな。この剣戟で思い出したかと思ったが流石にまだ無理か。
「お前は神に選ばれたのではない。忘れたのか。それはお前の意思だ」
「私が選んでここに居るというのか!!!」
「そうだ。思い出せアドナキエル。お前がそこにいる意味を。俺を討って王になるのではないのか?」
「私が王にだと!? 何を企んでいる鬼め!!! 私は神の意思で選ばれた!!! この国を守るためにだ!!! お前の言葉などに耳を貸さんぞ!!!」
これはどうするべきか。
「人類を救うのではないのか。リブラは何と言っていた。思い出せ」
「誰だそれは!!! 私はこの国の第三王子アドナキエルだ!!! お前達を滅ぼしこの国を救うのが私の使命だ!!!」
相変わらずすぎて話にならないな。この思い込みの激しさは間違いなくアドナキエルだ。
さてどうしたものか。アドナキエルは直情型だが頭は悪くない。もう少し成長を見るか。
俺は鍔迫り合いを解除するとアドナキエルと切り合う。戦況は魔物側有利。だが居城は手付かずだな。この状況で籠城は死を意味する。そこで戦闘は起こっていないようだ。アドナキエルの体力も限界だ。尽きる前にここに送り込むのがいいだろう。
俺はアドナキエルに受け止めやすい一撃を食らわすとそのまま全身を使って居城の方に投げ飛ばす。転がっている護衛も相棒で掬い上げ、アドナキエルの方に投げ飛ばす。創作ならここで全滅させて覚醒と言う所だろうが、奴の道を考えれば性能よりも死地に赴ける人の絆だろう。
ーーー
「王牙様、終わりでしょうか?」
「ああ。助かったジンバ。やりたい事はやり終えた」
ジンバは俺がアドナキエルと事を構えている間、静観してくれていた。ジンバも元は男聖女。思う所はあったのだろう。何も言わずとも理解が出来るこの感覚は男同士でないと機能しない。この場に居たのがジンバで本当に良かった。
「聞いてもよろしいですか?」
「ああ。奴は元聖女だ。俺に討ち取られ魔物に転生し俺を討とうとした。・・・そうだ。こういう方が早いか。お前のその体の元の持ち主だ。お前はアドナキエルと共に来た聖女の一人ではないのか?」
「わたくしは、・・・わかりません。この体に残る記憶は確かにあります。レオニス様に圧倒される聖女の記憶。ただこれが自分の物なのかどうか」
あの時か。俺がレオーネに乗っ取られた時だ。俺がレオの体で魔王の心臓を起動し、ダース単位の聖女を殺した。今思えばあれは新米聖女達だったのだろうな。
「・・・王牙様。わたくしは自分が何者なのかわからなくなる時があります。わたくしは、どうして、何故、ここにいるのか。悩む時があります」
「お前でも悩む時があるのか?」
「わたくしは繊細なのです。王牙様のように図太くはないのです」
「そうか? 俺にはお前が悩んでいるようには見えないぞ。お前の中には確固とした答えがある。お前の目指すべき場所があるのだろう? 悩んでいるのはその道筋か? 結果が同じならその道は何処を通ってもいいのではないか?」
「同じではありません。わたくしの道筋は、例えるならレオニス様の寵愛を受けるか、寵愛を与えるか、それぐらいに差はあります。どちらもレオニス様との寵愛を得られますがそれは別物でしょう」
「確かにな。ジンバ、お前は寵愛を得たい方か。だが今は庇護ではなく守護に近い。信用は得られるがその先に寵愛はない。与える側に立つしかないという事か」
それを聞くとジンバは興奮したようにまくしたてた。
「王牙様・・・! そうです! わたくしはレオニス様の寵愛を受けられない! だから与える側に立とうとしている! わたくしは、わたくしの望みに反している!」
「そうだな。レオニスがお前を寵愛するなら何も言うまい。だがお前が寵愛を与えるためにレオニスを変えようとするのならば俺は止めるぞ。誰もそれを望まない。ジンバ、お前自身もだ」
「ですが、わたくしは、まだ他に望みがあるとしたら、どうですか?」
「聞こう」
「わたくしがレオニス様を利用してある目的を達成しようとしたら? レオニス様は過程で、その真の目的があるとしたら? わたくしは、レオニス様を手に入れさえすればいい。それが寵愛でも信用でも変わらない。そういう立場に立てればいい。そうすればわたくしの目的が叶う」
「レオニスを傷つける意思がないのならそれでもいいだろう。そこまでしてレオニスに何を求める?」
「それは、わたくしが、もっとも会いたい人に会うためです。そのためだけに私はここに居た。私の目的は何も変わらない。変わらないのに。その道筋に迷ってしまった。道筋を違えれば目的が変わってしまう。目的が道筋になってしまう。私の目的はそんなにも安っぽいはずがない。私はあの人に会うためだけにここに居るのに。その他は全て意味のない物だったのに。道筋が意味を持ち出した瞬間。私の目的が霞んで見えた」
「その道にお前がいる意味があるからではないか? その目的と同等か、それよりも大きい物を見出した。ならば道を違えることになんの問題がある? 魔物はその動機が存在の動力源となる。お前が真に求める物を目指さなければ、その魂は霧散し消え去る。お前の魂は消えないのだろうがな」
「王牙。忘れて。今は、まだ早い。私は・・・」
なるほど。今は引こう。お前との決着はこのような形では付けられまい。
そして俺の意識は奴の思い通りに今の会話を忘れる。
それを俺が読み取れたからだ。
この力が何度も通用すると思うなよレオーネ。
ーーー
「わが父。私も聞かせてもらいたいものです」
ジンバとの雑談が終わるのを見計らってアリエスがやってくる。シスター姿でタウラスが形を変えたタウラスグレートソードを俺に付きつける。
「弁明をさせてくれ。ムカついた人間を投げ飛ばしたでは通用しないか?」
「王牙。魔物の王として聞きます。あなたは今、聖女を見逃した。意図して庇った。それは間違いない。それは背信ですか?」
冗談では済まされない様だ。
「奴は一度魔物に転生した聖女だ。それが今、人の世を変えるためにこの世に生まれかわった。聖女の力を纏った王子としてな。アリエス、お前とは違った道を進んだ聖女だ。その道筋が知りたい。かつて俺達が望んだ人として人の世を変えられる聖女だ。お前は違うと言うかもしれないが、お前がもっとも望んだ聖女像だ。その行く末を見たくはないか?」
「・・・わが父。私を魔物の背信者にするつもりですか?」
そう言ってアリエスは剣を下ろす。どこか浮かない顔だ。戦況はほぼ魔物側の勝利。魔素ジェネレーターの建設部隊も作業を始めている。何も問題はなさそうだが?
「どうしたアリエス」
「・・・私も、聖女を見逃しました。意図して見過ごしました。あんな情けない聖女なんて見たくなかった。かつてわが父と互角に戦った大盾聖女です。今はまるで見る影もない。ずっと怯え続けて、まるで、まるで、かつての私の様でした・・・!」
アリエスの顔が怒りに染まる。
「だが大盾聖女は前線に出ていたではないか? 寧ろ派手に暴れていたように見えたが?」
槍聖女と戦っていた俺でさえ気付けるぐらいには前に出ていた。・・・確かに初期のアリエスに見えなくもない。
「はい。わが父。前線に立つのは怯えているからです。正常な判断が出来ていない。ただ意味もなく最前線へ。私がそうすることで聖女としての功績を求めたのに対して、大盾聖女は功績を失う事を恐れていたようでした」
「どういうことだ?」
「はい。彼女は、味方の損害を極端に恐れていました。味方の損害が出るくらいなら自分が前に。それで足並みが揃っていなかった。つまりは味方を信じる事が出来なくなった。そこがかつての私と同じです。あれほど強大だった彼女がここまで小さくなるとは思ってもいませんでした」
・・・そうか。だがあの大盾聖女はほぼ独断専行で聖女を引き連れ仇討ち部隊を編成。それがほぼ壊滅だ。施された武器に仕様変更が入った元凶。つまり俺がレオの体で聖女達を施され武器で加護を無効化し一方的な惨殺を行った。
これで正常でいられるのは心臓に毛が生えていても無理だろう。内からも外からも責められたはずだ。
「・・・むしろあの後で戦場に立てるだけマシではないか?」
「そうかもしれません。ですがもう、人を引き連れ勝利を導く聖女という存在の面汚しです。むしろ私は彼女を終わらせるべきだったのかもしれません」
俺はアリエスの言葉で含み笑いをしてしまう。
「わが父?」
「ああ、すまん。結局俺達は似た者同士だ。聖女に人類の明日を見てしまう。例え討たれたとしても、それが俺達の望んだ聖女の切り開いた未来なら受け入れてしまう。お前もそうではないか? アリエス」
アリエスはすぐには答えなかった。熟考の末に口を開く。
「・・・私は、魔物の王サタン・アリエス。魔物による人間の支配を。私の信じる聖女の姿を我々が形作ります。それを人間には許しません。王牙。あなたも。私達は魔物です。そして守るべき人々とは魔物達です」
そう言ってアリエスは一息ついた。
「私はまた甘えていました。わが父、私達は討たれてはならない。人間に勝利を与えてはいけない。そうではありませんか?」
確かにそうだ。慢心していたのは俺の方か。
俺は頷く。そしてアリエスの言葉が続く。
「王牙。魔物の王の牙として立ってくれますか?」
「立とう。魔物の王よ。王の牙として魔物の勝利に影を落とすものは食らい尽くす。その勝利の光を魔物の王に捧げる」
「ありがとうございます王牙。その光を共に。人間の明日は我々魔物が作り上げます」
そうか。それが俺達の目標か。
「よくやく腹が決まったぞアリエス。礼を言う」
「はい。でもサタン・アリエスとは呼んで下さらないのですね」
「それはな。何度も言うが不吉な名だ。むしろそれで呼んだら魔物の勝利が遠のくぞ魔物の王よ」
「ではわが父。鉄拳制裁のアリエス・マリアというのはどうでしょう?」
「いいなそれは。大盾聖女と殴り合ったのか?」
大盾聖女は盾を捨てたモンク聖女スタイルがあった筈だ。
「はい。腑抜けた聖女に鉄拳の制裁を。私が敷く悪の姿が見えました」
確かに。暴力という悪で人間を叩き直す。人の悪を撲滅するのではなく、存在を認めて矯正をする。その方が健全だ。
魔物の王、鉄拳制裁のアリエス・マリア。
この戦いののち、この名は大きく広まる事となった。
・・・異世界転生者であれば知り合いをサタンとは呼びたくあるまい。自認していてもな。




