第百四章 決壊の塔
「準備は良いか王牙? 我の腹は決まったぞ」
ここは結界の塔。今は魔物達が避難してもぬけの殻だ。崩壊しかけているように見えて何一つ危なげのない不思議な塔。その力自体は弱体化して今や魔物の通行が可能になった。そして今、それを押し広げようとしている。
概要はこうだ。やはり結界の塔の完全破壊はリスクが大きい。俺がリブラから預かった神の塔を降ろせば確実に破壊は出来るのだろうが、そこは安全策を取って塔の崩壊を進めるだけに留める事にした。
方法は世界の改変、つまりチート能力の使用だ。かつてこの塔をボロボロにしたのは俺を操ったレオーネによる俺のチート能力だった。それを俺が意図的に使う。
だがそのままでは危険だ。そこで世界の改変の扱いに秀でているムリエルと相談し、合体を通して世界の改変の『解体』という方向で塔の崩壊を速める事にした。
俺は胸に魔物の口を開けるとムリエルを抱きかかえる。
「ヒィィィーーー!!! 聞いてはおったのじゃが、これはきついのじゃ!」
逃げ出そうとするムリエルを背後から抱きしめ魔物の口に飲み込んでいく。
「お、王牙の中、温かいナリィィィーーー!!!」
往生際の悪い伸ばされたムリエルの手を中に押し込めると魔物の口を閉じる。
俺は皇帝、牛車型の靴を顕現させると重力制御で上空に落下し、ジャイロで空中に静止する。見下ろす結界の塔はひび割れ、中心部は崩壊を防ぐために突き立てられた現身の塔で大穴が開いている。見た目には崩壊しないのが不思議なぐらいだ。
「ムリエル。行けそうか?」
(問題ないのじゃ。じゃがゆっくりと降りるのじゃぞ。上から徐々に崩壊させていく。消滅でなく崩壊じゃ。この塔の建材はそのまま地面に落ち、塔は消滅せずにその力を最低限にまで落とす。よいか消滅させるでないぞ)
「心得た」
俺は塔の最上階から球体状の世界の改変の解体を沈み込ませるように落としていく。球体に触れた塔の最上階が崩れ始め、中央部の開口した穴に落ちていく。ムリエルの卓越した解体の手腕で、塔の破片は消えることなくこの世界の瓦礫へと変わっていく。強制的に変化させるのではなく、自然と変わっていく。
世界の改変を安全に使おうというムリエルの研鑽は同期している俺にも伝わってくる。世界の改変で暴走した魔族たちを必死になって止めようとした、皇帝兼皇女のムリエルの姿が俺の中にある。その力はいつでもこの世界の者達を守る。楽園の守護者としての生き様をも、思わせる。
流石に俺が好意を双方向としただけのことはある。尊敬しその生き方に惚れた存在の一つだ。
(あの、王牙。『わたし』にもそれは聞こえているの。いつもののじゃロリの『我』が出しにくいの。王牙の中が私の思いで暖かすぎて我を維持できないよ)
これはムリエルの素か。素で居ると衝突が起きるからと、ムリエルはのじゃロリというキャラクターを被っていた。だが合体中は俺とムリエルだけだ。何を遠慮する必要があるのだ?
(我は甘えちゃうよ。好意だけじゃ済まさない。このまま王牙と一つになっちゃうよ)
なっているだろう。やはりお前はレオニスと何処か似ているな。
(レオニスに・・・。あ、マズい。どうしよう王牙。わたしのインナースペースがレオニスに触れたがってる。王牙の中にあるレオニスの領域に触れたくなっちゃう。レオニスとも一つになりたい)
それはマズいな。俺とレオニスは同化してインナースペースを共有している。俺がレオニスを右腕と呼ぶのはここから来ている。レオニスの魂は俺の中にある。それを合体中のムリエルが触れようとしている。
(駄目! 触れたい! レオニスの心に触りたい! わたしが止められない!)
塔の崩壊は残り三分の一か。
あと少しだ。俺の心じゃダメか?
(・・・シノの事しかないじゃない! 浮気者! わたしへの好意が少なすぎる! レオニスもそう言ってる!)
・・・レオニスと繋げたのか。
(繋がっちゃった。触れたのがバレて、わたしも覗かれちゃった)
ムリエル。お前は素になると本当に踏ん張りが効かないな。
(だから皆に嫌われるの。のじゃロリの仮面がないと、わたしに居場所はないから)
ふむ。そんな事は無いと言いたいが素のお前を知ってる身からすると頷くしかないな。
(酷い! 王牙の意地悪!)
意地悪ではないがレオニスとの橋渡しには付き合おう。レオニスもそれほど怒ってはいないだろう。
(うん。・・・うん。レオニスも暖かかった)
さて、こちらはそろそろ終わりか。
破壊して再起不能ではなく、分解して機能停止状態。小山になった塔の土台は残っている。
お疲れだムリエル。
(王牙もお疲れ。凄い力だった。王牙の出力とわたしの制御があれば一塔ぐらいなら建てられるかも。いつでも言ってね)
俺の中で微笑むムリエル。素のムリエルはトラブルメーカーではあるが、本質的にいつものムリエルとは変わらない。頼りになり信用できる友人だ。
ーーー
「それはわかったわ。ムリエルが信用できるのは私も同じ。でも感情が許さないの」
それは塔の解体が終わった後だった。
降りてきて合体を解除した後、レオニスとムリエルは駆け寄ってお互いを抱きしめ合っていた。固く、それこそ一つになりそうなほど強く抱きしめ、二人の顔には涙が流れていた。
やはり二人は似た者同士。だからこそどこか受け入れられない所があった。そのわだかまりが解けたのだろう。合体した俺よりもその絆は硬い。そしてそれが解かれると、
俺には神呪足甲によるレオニスの神呪延髄蹴りが待っていた。
神呪の一撃でぶっ飛ぶ俺の体。呪いは発動してないが魔素への攻撃は強烈だ。魔物特攻ではないが普通の武具よりも強力なのは間違いない。
まあ、これで済むなら安いものだ。
何故? と問うレオニスに俺はムリエルの信用を盾にした。そして冒頭の台詞という訳だ。
「それで許してもらえるのだろうな?」
「ええ、勿論。お父様が娘を友人に売った件はこれでチャラ。二度としないでねお父様」
「聞こえが悪いが以後気を付ける。ムリエルとは問題ないか?」
「・・・少し難しいけどすり合わせていくつもり。ムリエルは本当に私に似ていたのね」
「ああ。いつか本当のムリエルと会わせたかった。その下心も働いていたようだ。今までのお前の知るムリエルとは違うが本質的には同じだ。信用出来て頼りになる」
「本人の前で言うでない!!! 汝ら親子は我を苛めて楽しんでおるのかえ?」
レオニスの飛び延髄蹴りに置いてけぼりにされたムリエルが追い付いてきた。
「事実だからな。友人とはかけがえのない物だ。そのために一肌二肌脱いだだけだ。では俺は外すとしよう。親同伴ではな」
「待つのじゃ。まさか王牙、汝、我を娘扱いしておらんか?」
「娘の友人だ。もう娘はいらんぞ」
「だったらいい加減我を妾か愛人に据えるのじゃ。レオニスと違って我は娘ではないからの」
「む。ムリエルは私が娘に逃げたっていうの?」
ムリエルの煽りにレオニスが乗る。
「王牙の愛を無償で得ているからのぉ。我のような苦労も知らぬ小童じゃ。我の友人に相応しいかどうか」
「む。私は敢えてここに甘んじてあげているの。この苦しみがわからないなんて二番手さんにはわからないかしら?」
レオニスが神呪の剣を抜くとムリエルが皇帝牛車の靴を顕現させる。
その後はじゃれ合いが始まった。
俺はただの当てつけだな。先の言葉通りここからは外れるとしよう。
ーーー
「お疲れ王牙っち。ホントに意味わかんない作業だった。なんていうか物理法則とかなんかがもう機能してなかった。意味不。世界の改変とかもう最悪。こんなモン建てて喜ぶなんてあーしには耐えらんない。神とかお伽噺とか物語の力は相性最悪。これを根絶するだけでも神を立てる意味があるわー」
俺は瓦礫の山を眺めるパルテの隣に立つ。
パルテの言う事ももっともだ。塔の土台ともいえる根元の部分に大量の瓦礫が入っている形だ。塔の瓦礫が全て詰まっている。言葉で表現すればそうだ。問題はそれが可能なのかという事だ。塔の全てが一階に収まっていると考えればいい。物理的に不可能だ。だが可能になっている。
パルテの魔王城を思い出せばわかる。アレは時空の狭間的なものに魔王城を構築して増築していた。魔王城は実質ただの入り口でその中身は膨大な空間だった。それが崩壊し、瓦礫が血液の様に噴き出していた。そして瓦礫の山になり、それが法則に従って繋がりを持ち、ダンジョンと化していた。
だが目の前の光景は違う。『塔の瓦礫が詰まった塔の一階』という怪奇現象が法則も何もかも無視をして存在している。魔法でも何でもない、そういう風に存在している。
「これは消滅させた方が良かったか?」
「どうだろうね。あーしはもう専門外。ムリエルっちが何も言わないなら問題ないっしょ。王牙っちはどうなの?」
「不快だが害ではないな。人の意思が込められていればそうなるかもしれないが、今はムリエルの無害な瓦礫という意思の元、大人しくしている。自然に害を及ぼす事は無いだろう。誰かが何かをしなければ安全という認識だ」
「なるほどね。あーしも一つ持ってるけどどう?」
パルテの手には掌サイズの瓦礫が乗っている。だがそれには見覚えがある。塔を壊す前にパルテが触れていた壁面だ。そしてそれが縮小している。
「サイズが小さくなったのか?」
「それだけならいいんだけどねー。そこの瓦礫見て見なよ」
パルテの視線の先に同じものがサイズ違いで転がっている。コピーなのかと周りを見回すとそうでもない。だがちらほらと同じものが見えてくる。混乱する思考を止めたのはパルテの声だった。
「気を付けなよ王牙っち。コレは考えちゃいけない。呑まれるよ。思考は捨てて、ただの瓦礫だと思うんだ。それで治まる」
パルテの言葉通り瓦礫に意味を見出さない様にすると先ほどまで見ていた光景が変わる。
「俺ですらこのザマか。世界の改変には一日の長があると思っていたが考えを改めた方が良さそうだな」
「そうさね。これは神に匹敵する存在が作ったんだろうね。アイツが作った世界の改変。あーしら異世界転生組の改変なんて足元にも及ばない。腐っても神の代弁者。敵に回さなかったのは正解だよ王牙っち。アイツにとっちゃあーしらなんて地上のアリンコなんだろうね」
パルテの様子がおかしいな。リブラをまたアイツ呼びか。余程恨みの根が深いのだろうな。
「・・・対等だと思うなという事か?」
「アイツが神を立てた後、本当に味方になるの? その世界に魔物は居る? 人間だけの世界が来るかもしれないよ?」
「それに関しては立てる神に依るだろう。人の神が立てばそうなる。奴に関しては素直にシステムと認識するのが正しいぞ。神を導くナビゲーターとしての意識が強い。それを曲げてでもこの世界を存続させている。人の世を求めてはいるだろうが、杓子定規に人類種限定の世界を望むとは思えん。それこそ人類殲滅などをやれば敵に回るだろう。だがそれ以外で敵になる要素がない。懸念点はこの世界を見捨てる可能性だけだ。今や頂点に立つリブラだ。自分以外は全てアリンコ。いうなれば全て同列。言葉を話し魂を持つものなら全てが同じに見えているのではないか?」
「アイツにとってあーしらはみんな同じ。同じステージにすら立てない。それでも信じられるの?」
「何故同じステージに上がる必要がある。天上の存在を嫌っていたお前がどうした。他世界の神々にでも勧誘されたか? 全ての選択権が奴の手にあるのは事実だが、その選択権を俺達に与えているのも奴自身だ。それを最後にひっくり返すというのか? リブラがそこまでの悪だとは思えんぞ」
「そっか。そうだよね。なんだろうね。あーしもちょっと疲れてるのかな。リブラっちと張り合ってもしょうがない。この塔に少しあてられたのかもね」
「そのようだな。俺でさえ目が眩む。慣れていないお前であればそうだろう。確かに少し様子がおかしいぞ。一度離れたほうが良さそうだ」
その場を離れようとするとジンバが馬形態でやってきた。乗るかとパルテに問いかけるとそれほどじゃないと言って俺達は別れる。その場には俺とジンバだけが残った。そしてジンバが人型へ。いつものメイド服だ。
「王牙様は天上の存在なのですか?」
「それはどういう質問だ?」
「この塔を破壊できた。これはこの世のものでは無理でしょう。わたくしは王牙様を良く知らないと思いまして」
「これに関しては違うぞ。お前の言う天上の存在は異世界転生者だ。お前にもあるだろう。世界を改変する力が。俺はそれが強いらしい。それでも本職の天上の存在には敵わないがな。お前は使わないのか?」
「わたくしはこの力が嫌いです。使おうとも思いません」
「気が合うな。俺もそうだ。今回も世界の改変ではなくそれの解体を行っている。嫌うのはわかるが相手が使って来た時は遠慮なく使え。もたつくと全てが相手の有利になる。最低限禁止だけでも教えたいが、こればかりは敵でないと使えん。訓練でさえ危険なものだ」
「それは良かった・・・ではなくて残念ですね。わたくしも参戦した方がよろしいですか?」
「いや、その時は俺を頼ってくれ。アレは関わらない方がいい。慣れている人間で片付けるのが最適だ。今のレオニスでも対処が出来るだろう。お前が戦うのは最後の手段だ」
「わたくしが、この力を使えたなら、もっと強くなれるのでしょうか?」
珍しいなジンバが力を求めるとは。
「やめておけ。これは万能薬ではなく劇薬だ。傷口を硫酸で焼いて火傷で傷が無くなったと言っているような代物だ。強くなったようでいて、実際は自身の魂が膿んでいる。俺はそれを止めるぞ。訓練に近道はない。求めるなら付き合うぞ」
「嫌です。結構です。ですがレオニス様に甘えられるシチュエーションが得られるなら世界の改変を持つ敵が出てくるのも悪くはありませんね」
やっといつもの調子が出てきたな。
やはりこの塔か。あまり良いものでは無い様だな。
ーーー
結界の塔は解体され実質落ちたのと変わらない。その機能は失われ、魔物が自由に行き来る様になった。
そしてアリエスが新たな魔物の王として君臨することになった。今までは前線の駒だったのが前線の指揮に変わり、能動的に前線を動かせるようになった。
魔物全体の指揮は魔物の統括者であるスコルピィのままだ。アリエスは最上位というよりも実質将軍のようなものだろう。
スコルピィの動向は早い。既に探索を済ませ、結界スクリーンに隠された居城を一つ発見。次の目的地はここだ。
まだ本拠地ではないただの城。これがどれほどのものか。それでこの先の進路が占えるのだろうな。




