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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
五話「夕発ちの雷」前問
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 荷台の震動に堪えて。

 フィリアは携帯食をかじっていた。

 そして、その正面には。

 タガネが剣を膝上に乗せて瞑想している。

 この暑さに託ち顔をすることもなく、フィリアの視線すら意に介さず沈黙を続けていた。傭兵というより、修行僧の様相である。

 それに少し興味を引かれた。

 フィリアは前のめりになって注視する。

 端整な顔が穏やかな呼気を漏らす。

 伏せられた瞼は涼しげだった。

「……」

「俺の顔になにか付いてるかい?」

「えっ、あ、いえ!」

 灰色の瞳が開かれた。

 フィリアが顔を引っ込める。そのとき、(なび)いた髪の下から耳飾り(ビュリッケ)が露わになる。

 翡翠の石をあしらった物。

 タガネはそれを見逃さなかった。

「聖バリノー教の?」

「あ、はい」

「そうなると、故郷は……」

「西方島嶼(とうしょ)連合国の東南部です」

 その回答に。

 タガネは納得して口を閉ざす。

 聖バリノー教。

 大陸西の海に浮かぶ群島(ぐんとう)を発祥地とする宗教である。

 信仰対象はヘルベナ神。

 魔神の討伐で偉業を成した三人――大魔法使いベルソート、英雄王バスグレイ、そして聖女ヘルベナ。

 討伐前。

 各地を来訪していたヘルベナに群島は疫病の災害から救われ、この世に奇跡が人の姿に権化した存在だと島々で彼女を神格化してあがめた。

 やがて、聖バリノー教と呼ばれ、海外でもヘルベナが訪れた記録のある地に教会が建ち、信仰の手を遠くまで紡いで広がった。

 しかし。

 聖バリノー教には、とある因習がある。

「おまえさん、幾つだ?」

「十五になります」

「……やれやれ、巡礼ってやつか」

 それは、ヘルベナ巡礼。

 聖バリノー教ではヘルベナが女性とあり、司祭なども女性が優先してなる。

 信者内では女尊男卑(じょそんだんぴ)の傾向が強かった。

 そのため市井でも煙たがられる。

 たしかに女性の横柄が通ることしきり。

 それに辟易(へきえき)する信者もいるが、聖女に近づける存在として宗教内では女性そのものが神聖とされている。

 なので害をなすことは禁忌とされた。

 だが。

 女性にも過酷な使命がある。

 若い女性の信徒(しんと)は、ヘルベナへの信仰心を示すべく、若い者の中から各教会を来訪して祈りをささげるための巡礼を強いられた。

 これが――ヘルベナ巡礼。

 あの耳飾りは巡礼者の証だった。

「本当、ご苦労なこって」

「……」

不躾(ぶしつけ)な質問だが」

 言葉を切って。

 タガネが荷台の側壁に背中を預ける。

「その巡礼に不満とか無いのかい?」

「……」

 フィリアが顔をうつむかせる。

 その反応に心情を察して、タガネは身を引いた。

 あっても、言えるわけが無い。

 巡礼の不平を吐露(とろ)すれば、それは背信行為に直結する。敬虔な信者でなくとも、口を(つぐ)むのが当然の理だった。

 フィリアは黙っている。

「すまん、困らせた」

「いえ」

 タガネは軽く頭を下げて謝罪した。

 フィリアは首を横に振る。

「故郷に、弟がいます」

「そうかい」

「今は叔母(おば)に預けていますが、やはり心配なので」

「まあ、ガキから目を離すなってのが無理な話よ」

 タガネが失笑しつつ言った。

 フィリアは目を見開く。

「妹や弟がいるんですか?」

「いっとき子の世話をしたことがあった」

「可愛かったですか?」

「いや、憎たらしかったよ」

 タガネは肩を竦めてみせる。

 言葉のわりに、満更でもないようだった。

 フィリアも相好を崩す。

 偏見からか、傭兵と聞いて与太者(よたもの)の印象が強いので身構えたが、良識がある上に穏やかな人柄だと感じた。

 幾ばくかの安堵で胸が軽くなった。

「港町にも教会があるのか」

「はい、実はそこが最後になります」

「へえ、そりゃ凄い」

 小さな拍手で称えられる。

 慮外(りょがい)の称賛にフィリアは恐縮して。

「い、いえ、そんな!」

 胸前で激しく手を振る。

 外気よりも顔が熱くなる感覚がした。

「前途は明るいな」

「……はい」

 そう言って。

 タガネが再び瞑想に入る。

 フィリアは荷馬車の先頭に視線を運んだ。

 夏の陽光は殺傷力すらある。

 荷馬車を目的地まで導く男は、倦怠感に満ちた背中にじっとりと汗をかいていた。地図のごとくしみが大陸を作っている。

 男の行く手の景色に海原が見えた。

 手前には栄える港町の景観もある。

「そろそろか」

 タガネが瞑想を中断して荷物整理を始める。

 目的地が近い。

 フィリアも降車の準備をした。

「タガネさんは」

「うん?」

「どんなご用事で港町に?」

「人探しさ」

 ふむ、とフィリアはうなずく。

「どんな方を、ですか?」

「気になるかい?」

「いえ。ただ各地を巡っているので、一助となる情報があるかもしれませんし」

 何かのお礼に。

 フィリアが笑顔で言葉を付け足した。

 タガネは手元を止めて振り返る。

「……栗色の髪の女魔法使いだ」

「うーん」

「小柄で、そのくせ大きな杖を携えてる」

 フィリアは目を閉じて唸る。

 必死に脳内の記憶をかき集め、『小柄で大きな杖を持った栗色の髪の女魔法使い』に関連する情報を探ったが、思い当たる節はなかった。

 がっくり、と肩を落とす。

 タガネはそれを見て苦笑した。

「すみません」

「いや」

「巡礼の後は、何がしたいんだ?」

「早く、弟に会いたいです」

「そうかい」

 タガネは荷物の麻袋に手を突っ込む。

 中から奇妙な光沢の石を一つ取り出した。

 フィリアに差し出して、掌の上に落とす。

「これは」

餞別(せんべつ)かな」

「餞別」

 フィリアが言葉を繰り返す。

「換金すれば良い金になる。渡海と、あとは土産を買うだけの足しにはなるだろ」

「ええ!?」

 フィリアは思わず驚倒する。

 手元の石を見て、落ち着かなくなった。

 そのとき。

 馬車が停止して、男が荷台をかえりみる。

「おう。着いたぜ!」

「世話になった」

 タガネが男に運賃を支払った。

 その後ろでは、フィリアはまだ混乱から立ち直れずにいる。

 何事もなく馬車から降りて去ろうとする。

 慌ててフィリアが呼び止めた。

「こんな高価な物、頂けません!」

「失礼な質問をした詫びだ」

「でも」

「弟と達者でな」

 タガネは背を向けて歩いて行った。

 その後ろ姿が港町を出入りする雑踏に紛れていく。あっという間に見えなくなった。

 茫然自失とするまま。

 フィリアは手元の石を見下ろす。

「貰って、いいのかな」

「おい」

 男がフィリアを呼ぶ。

 そちらを見ると、しかめっ面で立つ彼が後ろの街を親指で指し示す。

「着いたよ」

「あ、はい。すぐにお代を……」

「いや、要らねぇよ」

 にべもなく男が支払いを断る。

 きょとんとして、フィリアは途方に暮れた。

 差し出した代金を押し返される。

「後ろから話が聞こえたんでね」

「あ、うるさくしてすみません」

「いや、いや」

 男はズボンのポケットから紙を取り出す。

「港町の地図だ」

「え」

(しるし)を付けた宿は、オレがよく世話になってるところでな。名前を言えば、簡単に部屋を取れるだろ」

「運んで頂いた上に、そこまで」

「いいんだよ」

 男が破顔して。

 フィリアの肩をばしばしと叩いた。

「頑張んなよ」

「……ありがとうございます!」

 フィリアは深々と頭を下げた。

 その後、男に見送られながら、地図と石を大事にカバンの中へとしまって、賑わう港町へと走った。






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