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馴染みの剣鬼  作者: スタミナ0
五話「夕発ちの雷」前問
80/1102

3



 人や物の流れが入り乱れる。

 港町の道そのものが生きているように、常に賑々(にぎにぎ)しさでみち満ちていた。

 その中を。

 フィリアはそぞろ歩く。

「すごい」

 これまで長く旅をしていた。巡礼者となって早二年、海辺の街は初めてである。

 商店の彩りに目を奪われ。

 人々の歓談や商売の取引に耳を澄ます。

 異国の人間たちが公用語でたがいの認識を共有し合う光景は、平和な世界の象徴でもある。

 そして。

 拒絶し合わずに価値観の交換が行われる。

 ここは『文化(カートンケル)』が溢れていた。

 しぜんと胸が高鳴った。

 道の両手に並ぶ店の数々、その中に西方島嶼連合国の特産物の果物セリュックがあった。

 フィリアはそちらに駆け寄る。

 店員の眼差しも気に留めず。

 一つ手に取った。

 黄緑の皮をした楕円形の熟れた果実。重く、表面はごつごつと岩肌のように固く隆起している。

 しかし、ひとたび皮を剥げば芳醇(ほうじゅん)な香りを放ち、柔らかく甘みの強いが口の中で踊る。

 フィリアの大好きな食べ物だった。

「セリュックなんて久しぶり」

「なん、だってぇ?」

「ひっ」

 フィリアは小さな悲鳴を上げる。

 知らない間に、小男が隣に立っていた。

 故郷の物があるかもしれない。

 目に映らなくて久しい好物に想いを馳(は)せていたので、まったく気づかなかった。

 思わずその場から飛びすさる。

 小男がくつくつと笑った。

「それ、好きなんか」

「え、ええ」

 値踏みをするような目。

 小男はにたにたとフィリアを眺める。

 この猛暑にコートのような白い僧衣を着てていた。直射日光に弱いとしても、晒した顔は日に焼けた小麦色をしているので健康的に見える。

 ただ。

 異質なのは、瞳が縦に割れていた。

 瞳孔(どうこう)が獣と同じ形である。

 不気味に思って身構えて。

「あれ?」

「あ?」

 同時に覚えた違和感に眉をひそめる。

 ふと頭に引っかかった感覚。

 それはタガネと同じく――既視感(きしかん)だった。

「あの」

「何だよ」

「どこかでお会いしませんでした?」

「いいや、面識無いよ」

 小男が首を横に振った。

 フィリアは苦笑し、後頭部を掻いた。

「で、ですよね」

「それより、小娘」

「な、何でしょうか」

「アンタ、ここに来るのは初めて?」

「は、はい」

 ふーん、と。

 小男は小さく呟いて懐中から何かを取り出す。

 銀色の首飾りだった。

 意匠も無く、小さな琥珀の石があるだけ。

 それをフィリアへと差し出す。

「なーら、これやるよ」

「これは?」

「あと数刻すれば、祭りが始まる」

「祭り?」

「海に感謝するって体(てい)のな」

 フィリアは首飾りを受け取って。

 面前に持ち上げて見つめる。

 陽光を反射してかがやく銀は、高価では無さそうだった。

「これは」

「それはな、あの丘」

 小男が街の東にある場所を示す。

 遠目でも海に面した高台があった。

「あそこで開かれる食事会の参加証明だ」

「食事会、ですか」

「島嶼連合の料理も並ぶ」

「さ、参加してもよろしいんですか?」

「いいさ。ぜひ、ぜひ」

 小男がにたり、と手をすり合わせる。

 フィリアは首飾りを懐中にしまう。

「ありがとうございます!」

「それじゃ」

 そそくさと。

 小男はその場から去って行った。

 それを見送ったフィリアは、セリュックを一つ購入した。耳飾りを見られないよう振る舞い、セリュックを受け取って店の前から離脱する。

 皮を剥いて、一かじり。

 懐かしい味がする。

「今日は良い日だなぁ」

 今日は妙に人の縁に恵まれる。

 過酷な巡礼。

 それを最後までやり遂げた神からの祝福か。

 フィリアは喜色満面の笑みで、セリュックをかじる。最後の一欠片を口に放って、指についた果汁を舐めとった。

 また違和感。

 久しぶりの味なのに。

 何だか最近食べたような気がする。

「何でだろう」

 フィリアは記憶をさかのぼって。

 けれどセリュックは二年前から食べていないと悟ると、気のせいだと思考を打ち切った。

「早く教会に行こう」

 地図を開いて。

 街の南部にある教会を目指した。




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