自分の価値観と、相手の期待値
人の都合ばかり気にして、生きていた少女の話
最初は自慢に聞こえるかもしれないが、私は基本的に人と仲良くするのが得意だった。
いや、【仲良く】だと勘違いされると思う。
正しくは【都合のいい相手】になるのが得意だった。
男でも女でも、いじめっ子でもただのクラスメイトでも、
私はよく【都合のいい相手】になる事が可能だった。
前回もお話したであろうが、私は人に合わせることを好む傾向がある。
だからこそ、相手がどんなことを望んでいて何を聞いてほしくて、
何をして欲しくてどんな反応をして欲しいのか。
大体の予想がつく、だからこそ私は【都合のいい相手】になれるのであった。
これを読んでいる人にも心当たりがあるのではないのだろうか、【話してて楽】と思える人物が。
私はその空気を作るのが得意だった。
だから、多くの人は私を「話しやすい人」だと思っていたのかもしれない。
でも、それは【親友】とは少し違う。
いじめっ子にはきっと私は、
【ストレス発散に都合のいい相手】か【責任を押し付けやすい働き蟻】とでも思われているのではないか。
いや、自意識過剰かもしれないな。
でも、それぐらい私はやたらと責任のある仕事をやらされてきたし、やっていた。
だって、どうせ全て私の方へ責任がとんでくるのだから
自分でやって怒られた方が自分でも相手にも都合がいいのだ。
怒られることに恐怖し、何もせずいると【気の利かない子】
そんなことを言わせないために行動すれば、【余計な事】
どんなに精一杯相手のためになろうと努力しても、
「それは私がやろうと思っていた」
「今それをやろうとする必要はない、他の事をしろ」
「何でこの状況を理解できないの?もっとやることあるでしょ」
私は相手の手柄を奪ったり、手順を間違え、周りが見れない大馬鹿者とされる。
期待され、失望され、また期待される。
私はいったいいつになれば、あの人たちの、友人からの、母親からの期待から逃げれるのだろうか。
いったいいつ、この鳥籠から出れるのだろうか。
風切り羽を取られた鳥はいつ逃げれるのか、それは誰も知らない。




