不意打ち
【彩静のマンション:23:30】
夜は更け、部屋の中には小さなランプが一つ灯っているだけだ。スマートフォンの画面が放つ微かな光が、彩静の清廉な横顔を映し出していた。
彼女は柔らかな部屋着に着替え、普段は馬尾に結んでいる棕櫚色の長い髪を枕の上に散らしている。鋭さは影を潜め、どこか物憂げな雰囲気が漂っていた。彼女は当てもなく画面をスクロールする。彼女のSNSのホーム画面は清潔感があり、シンプルだ。たまに写真展の情報や数枚の風景写真をリポストするだけで、どこにでもいる、生活を慈しむ普通の大学生と何ら変わりない。
その時、画面の上部に一通の通知が滑り込んできた。
「浅野健二:今日のストロベリーシェイク、あれから全部飲めた?」
彩静の指が画面の上で二秒間止まった。普段の彼女が戦術データを処理する速度なら、この二秒は心拍を修正し、引き金を引くのに十分な時間だ。しかし今、彼女はその一行の文字が、指を焼くほど熱く感じられた。
すぐにトーク画面を開くことはせず、彼女は息を潜め、指先を軽く滑らせて浅野の個人ページへと飛んだ。
浅野のページレイアウトには非常に規則性があった。横一列に並んだ三つの投稿は、一つ一つ見れば異なる角度の廃墟や街角、あるいは光影だが、視線を少し引いて眺めてみると、この三枚の写真は一つの構図として繋がるようになっている。
それは、彼がレンズで編み上げた長編の巻物のようだった。静かで繊細な、どこか文学的な香りが漂うスタイル。彼は一枚一枚の写真のキャプションに、光と影についての注釈を添えていた。
『壁に留まる光の時間は、建築が語る声そのものだ。』
『ピントを合わせることは、混沌とした世界の中で、唯一真実の座標を見つけることだ。』
その言葉を見つめる彩静の長い睫毛が、微かに震えた。普段、組織の中で交わされる会話は「弾道軌跡」や「掃討効率」ばかりだ。しかしここでは、浅野が彼女の知る世界を別の方法で解釈していた。
「美」に対するその執着が、鏡のように静かだった彩静の心に、小さな波紋を広げた。
(意外と……魂のある人なのね。)
暗闇の中で彼女は唇を噛んだ。顔は相変わらず無表情だったが、心の中の「好感度カウンター」は、スクロールされる投稿と共に、静かに数値を上げ続けていた。
彼女はトーク画面に戻り、キーボードの上で指をしばらく彷徨わせた後、ごくシンプルなスタンプを一つだけ返した。
「(無表情で冷たい飲み物を飲んでいる子猫)」
送信に成功すると、彼女は素早くスマートフォンを胸元に抱え込み、天井を仰ぎ見た。心拍数は、明らかに「天才スナイパー」が保つべき冷静な範囲を逸脱していた。
胸元でスマートフォンが一度震え、浅野からのメッセージが再び飛び込んできた。そこには少しの躊躇いが混じっている。
「僕があんな風に撮った君のこと、気に入ってくれたかな? また作品として展示されるのは嫌だったりする?」
画面を見つめ、彩静は考え込んだ。答えは明確だ。指先で写真に触れたあの瞬間から、答えは「好き」だった。しかし、後藤彩静として「好き」の二文字だけを送るのは、あまりに断定的すぎるし、どこか「普通」すぎる気がした。今の胸の奥にある、ちくちくとした、跳ねるような感覚を伝えきれない。
そこで彼女はふと思いつき、自分でも驚くような決断を下した。
【浅野のマンション:23:50】
一方の浅野は、緊張した面持ちで画面を見つめていた。心拍数はマラソンでも走ったかのように速い。スマートフォンが震え、「彩静が動画を送信しました」と表示された時、彼は椅子から飛び起きそうになった。
プレビュー画面の中の彩静は、頬に淡い紅潮を浮かべていた。それはピクセル単位でも隠しきれないほどの羞恥だった。
浅野は震える指で動画をタップした。
動画の中で、彩静は柔らかなベッドに横たわり、片手でスマートフォンを掲げていた。視界は少しだけ揺れている。枕に散った長い髪、普段はナイフのように鋭い瞳が、今は月光を湛えたかのように潤んでいる。
「浅野君、私は気にしないわ……。あなたの作品、とても好きよ。」
動画の最後で、彩静はようやく全ての武装を解いたかのように、カメラに向かって滅多に見せない、輝くような優しい微笑みを浮かべた。その曲線は瞬く間に消え、動画は終了した。画面は赤く染まった彼女の耳の先で止まっている。
「可愛……可愛すぎるだろ……」
浅野はその場に呆然と立ち尽くした。スマートフォンの画面の余韻が彼の顔を照らしている。彼は自分の心臓が、かつてないほどの「不意打ち(爆撃)」を受けたのを感じた。その衝撃は、彼がこれまでに見てきたどの大師級の作品よりも遥かに強烈だった。彼はわずか数秒の動画を何度も繰り返し再生した。再生するたびに、金曜日への期待は狂おしいほどに膨れ上がっていった。
【彩静の部屋】
動画を送り終えた彩静は、即座に顔を枕に埋め、無意識に足をバタつかせた。
(私……一体何をやってるのよ……)
今の微笑みは、「観測」のためでも「データ」のためでもなかった。ただ、画面の向こう側にいるあの青年が、もっと嬉しそうな顔をするのを見たい。純粋に、それだけのためだった。




