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後宮の調香師 ~白蛇様の、愛弟子のいい仕事~  作者: 相良徹生
残されたものたち

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28/28

第28話 衣装会議

 香会を二日後に控えた、その日の朝。

 白屋敷の工房では色とりどりの宮衣が所狭しと広げられていた。いずれも若い女性用のもので、絹地に凝った刺繍が施された華やかなものばかりだ。

 衣服の山に囲まれて、白蛇と隼星そして雲華ユンファが、熱心に竹籠から服を取り出している。

 工房は何色もの香りと、色鮮やかな布地が散乱していた。


「あの……。なにが――あったのです?」


 朝の挨拶もそこそこに、杏璃は完全に呆気にとられて声をかけた。


「おお、杏璃。遅いぞ。お前を待っていたのだ。こちらに来い」


 白蛇は上機嫌に布の山をかき分けて、一枚の宮衣を取ると杏璃に差し出した。


「これを羽織ってみろ」

 言われるがままに、鮮やかな梔子色の上衣を羽織る。

 光沢のある絹に、金糸の刺繍と繊細な貝殻が縫い付けられていた。とんでもなく高級品だと言うことは分かる。

 杏璃はため息をついて、そっと上衣を撫でた。とろけるような手触りが心地よい。どう見ても貴人の方が着る服で、杏璃には縁のないものだ。

 しばらくうっとりとしていたが、全員の視線が自分に集まっている事に気付いて固まった。

 白蛇、隼星、雲華ユンファの三人が、完全に手を止めてこちらをじっと見つめている。


「どうだ?」


 白蛇が顎に手を当てて言う。一方、隼星は興味が無さそうだった。


「女人の服装はわからん」


「駄目ですね」

 雲華ユンファが厳かに宣言した。


「うん。駄目だな。黄色は似合わない。顔色が悪く見える」


 どうやら、勝手に品定めをされていたようだ。杏璃は理由もわからず、上衣を脱ぐと丁寧に畳んだ。


「なんの騒ぎです?」


「香会に着ていく服を揃えるのだ」


「服、ですか。白蛇様も白色以外のお召し物を着るのですね」


「馬鹿言うな。私のものではない。お前のものだ」


「わたしの服? ですか?」


 杏璃は下を向いた。今はいつもの灰色の袴姿だ。というよりも、これ一着しか持っていない。

 たしかに、香会に白蛇の手伝いで参加するのなら、ある程度の格の服装をしなければならない。貴人の行事であれば、この格好で出しゃばるのはありえない。


「今から一揃えしても間に合わん。それで我が友、隼星が用意してくれたわけだ」


「そんな――」


「気にするな妹達の物だ。一枚二枚無くなっても気にしやしない」


 隼星はなんでもないことのように片手を振った。

 そんな武官とは対称的に、白蛇と雲華ユンファは夢中で大量の宮衣をかき分けては、布地を光に透かしたり、遠くから杏璃の体にあてがってみたりと大騒ぎだ。

 隼星は半ば呆れた様子で茶を飲んでいる。


「お前の服を貸すのでは駄目なのか? お前も着道楽だろう」


「無骨者はコレだから困る。杏璃と私とでは、背も髪色も瞳の色も違うではないか。私の服など、この娘が着ると喪服になるぞ」


「白蛇様、笑えません」


「まぁ、歳もだいぶ違うしなぁ」


 白蛇が鼻を鳴らす。


「杏璃には赤毛に負けぬ鮮やかな色が似合うのだ。お前も将軍であれば、女子に気の利いた反物の一つでも送ってやれば良いものを。そうすれば、妹君の箪笥をこそこそ漁る必要もなかっただろうに」


「そうですわ。わたくしが将軍であれば、杏姐にはたくさん素敵な宮衣を贈ります」


「おい、それは問題だろう」


「おぉ、これはどうだ」


 隼星を無視して、次に白蛇が布の山から引っ張り出したのは真紅の上衣だった。

 深い赤色に虹色の糸で花が刺繍されている。おとぎ話の媛君のような華やかさだ。

 ――しかし。


「……その、それは、皇后様のお色です」


 真紅は後宮において、皇后のみに許される伝統色だ。たとえ、貴妃であっても身につける事は許されない。


「うむ。そうだな。杏璃、お前は太子に見初められる気はあるか? これを着れば後宮中の視線を集めるぞ」


「白蛇様!」


「冗談だ。赤毛に紅は論外だ」


 ああでもない、こうでもないと白蛇と雲華ユンファは議論は果がないようだ。

 年の離れた二人であるが、服についてはお互い一家言あるようだ。

 一方、杏璃は服については全く無知であるので隼星と一緒にお茶を飲むことくらいしかできない。

 それにしても……貴人のお供とはいえ、自分がこんなにも立派な宮衣を身にまとい、後宮に行くことになるとは思わなかった。

 憧れたこともない、夢のようなことだ。

 いや、子供の頃、商家の倉庫で反物を広げ想像したことがある。虹色の麗衣を着て、王宮で金の皿から異国の果物を食べる。そんな他愛もない夢だ。

 最も、叶わぬ夢であることは理解していたし、絹の服など自分には縁のないものだと思っていた。

 ――あ。

 そこまで考えて、杏璃の手がピタリと止まった。

 杏璃は私室に行き、一枚の上衣を取り出した。

 八仙バセンからもらった翠色の薄絹の上衣だった。あれから一度も袖を通す機会はなかったが、大切にしていたものだ。

 急いで工房に戻り、まだ議論している二人に向けて薄絹をかざす。


「わたし、この上衣を着たいです」


 二人の厳しい視線が突き刺さる。杏璃が不安になり始めた頃、ようやく白蛇が口を開いた。


雲華ユンファどう思う?」


「――よろしいでしょう」


「よし。であれば、合わせるのは鮮やかな深碧だな」


 雲華ユンファが喜びの声を上げて、すぐさま衣装探しを再開した。

 それからしばらく議論は続き、杏璃の宮衣一式がすべて揃ったのは昼を過ぎた頃だった。色とりどりの衣服に埋もれて、白蛇と雲華ユンファは満足げな表情を浮かべている。

 白蛇は隼星の方を振り返り、にやりと笑った。


「うん。やはり、武家の派手好みは良いな。お前の母君は趣味がいい」


 白蛇のそんな褒め言葉にも、隼星は全く興味がなさそうだった。

 彼は手元のお茶を小さく啜ると、杏璃の様子を窺うように鋭い一瞥をくれた。それから、低く硬い声で口を開く。


「それにしても、香会で芳蘭妃の死の真相を暴くつもりか?」


 真っ直ぐに突き刺さる隼星の視線を、杏璃は真剣に受け止めた。


「今はまだ、わたしの考えを証明できません。香会でなら、明らかにできるかもしれません」


「まぁ、いい。だが、くれぐれも危険な真似はしないように」


「なに、ぬかり無い。ついでに後宮の呪いも祓ってやるつもりだ」


 白蛇はいつものように不敵な笑みを浮かべる。


「お前も剣を磨いで備えていろ。きっと呼び出しがかかるぞ、嵐将軍殿」


 杏璃は胸元に抱いた上衣を、ぎゅっと握りしめた。

 散らばる鮮やかな宮衣と、複雑に絡み合うお香の残り香。それらがまるで、これから始まる奇妙な香会の暗示しているように思える。

 二日後、あの絢爛豪華な後宮へこの服を纏って飛び込むのだ。


 ――わたしは全ての謎を解き明かしてご覧に入れます――


 あの夜の言葉がよみがえる。

 もちろんです。白蛇様。杏璃は微かに微笑んだ。

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